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L'amour pur -純愛-  作者: 鶯花
libération -解放-
75/92

72 傷つけるのは真実しかない

いつも着ているヴィス・コルボーの黒の服が、傷つき、ボロボロになるまでに汚れている。しかし眼光は死んではいなかった。赤い光を発した、底冷えしたような視線が、リョクの方へと突き刺さっていた。


リョクの方は、頬だけが膨らんで若干腫れているが、目立った傷跡はない。服装もヴィスとは対照的に白に近い色合いだ。天からの使いのように見える色合いであるが、髪と目の色は突飛で、実際に現実にいるかのような…ここにあるように見えなかった。

黄緑色の長髪は陽光を反射して眩しい。日の光に反射して射すそれは、天の使いといってもいいほどの荘厳さが存在していた。ヴィスとは対照的な完成された美貌だ。


(目の色が一緒だ)


ヴィスの方は暗く点滅するような光であるのに対して、リョクの方は陰りのない光。混じりあったら普通の赤になるのだろうか。交じり合わせないといけないほど、互いを拒絶しているのか。




「いいか。俺にはおまえたちに言う資格もないことは分かっている。分かっているが言わせてもらうーー誰も、言わないだろうからな」




リョクの方は、先程の衝撃からさめておらず、一言も喋らずに放心していた。

無理もないことかもしれない。鞆絵が生まれる前の過去、彼自身がギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの素性を明かして、幻想世界イリュジオンに連れ帰ったのは知っている。ヴィスの方が解約リベラシオンしたのだ。ヴィスの方は彼女とつながりがないと思い込んでいた。周りもそうだと思っていた。けど…実際はそうではなかったらしい。


ヴィスのボロボロになって素肌が少し見える、そこからは、新たな血が出ていなかった。黒いコートに飛び散った血痕が目立っていて、その落差に目を見張る。

この力はヴィスが以前、契約コントラしていたギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムのものであるらしい。リョクの主君で、幻想世界イリュジオンの当主ともいえるべき女神様。




「あいつが…ロワンモンドに来たのはーー逃げたかったからだ。苦しかったからだ。過剰な期待と重責に肩を重くして、ガチガチに周囲に固められて、動けなかったからだ。

ほんとうは自由が、自然が、何よりも自分がいる世界のことが、誰よりも好きだというのに。その主張すら言い切れない状況を作ったのは、おまえたち神族だっ」




ヴィスが声を張り上げた。彼が声を荒らげる姿を見たことがある。あれもギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムに関する話だった。

鞆絵は暗い気持ちに苛まれる。


「くっ…だから我が君は逃げたとでもいうのかっ!?」


リョクが苦し紛れに声を発した。

苦痛に顔を歪めても彼の顔が崩れることはない。

彼ことリョクの顔とヴィスの顔だち、どちらも気が離れそうになるくらい秀麗だが(特に初めてみたヴィスの素顔については、コメントを残せない。畏れ多すぎて何を言おうとしてもダメな気が鞆絵にはした)、雰囲気だけは似通っている。どちらも人を寄せつけようとしない。


鞆絵ならば、見た目だけなら避けるタイプだった。こんなに綺麗な美貌だと何かと厄介が付き纏うような、そんな気がする。けど、ヴィスの方は人柄は穏やかだし、リョクの方はなんだかんだ優しい。いい意味で見た目によらないのだ。




「俺のことはなんとでも言えばいい。ただディーナに関することは通してやってほしい。俺は彼女がこれ以上傷つくのを見過ごすわけにもいかない」




緊迫感はあっても、戦闘する気配はない。本当ならば気を下ろす場面なのかもしれない。しかし、ヴィスが語るギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの姿は熱意がこもっていて、彼女への感情がどれだけ強いのかを意識させられる。

ヴィスのことを想っている鞆絵にとって、あまり良いことではなかった。


その間にもヴィスとリョクの問答は続く。


「お前のことは、信頼を寄せるわけにはいかん。ただ…主君がお前のことを呼んでいたことは知っている。つ、腹立たしい。なんでお前ごときがーー」


「それは俺も知らない」


これはギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム本人にしか、知り得ないことなのかもしれない。

鞆絵は彼女のことを、見はしたものの、他者の話しだけでしか知らない。


自分のパートナーであるリョクが、悩み、怒り、強い感情をみせているなかで、ブレないで立ち続けていられるかは怪しい。

けれど鞆絵は何かしてあげたいと思った。成り行きだったが、契約コントラした相手として付き合いは続く。たぶん、一生。

その重さを考えたら途方もないが、そばに居続けれたらと、今はそんなふうに思っていた。


ヴィスの答えに一旦は納得したらしく、リョクは剣を直した。顔は不満がありありと浮かんでいたが、少しはふに落ちたらしい。


「すべてはこの騒動が終わってからだな。主君を取り戻さなくては、我ら神族の騒ぎも収まらん。貴様の処遇はそのあとだ」


「…ああ」




鞆絵は地面を眺めていた。

よくよく考えてみれば、自分はリョクを呼び出すためのエサ…にされたということだ。

悲しいし、悔しい。でもそんな気持ちを誰に吐き出せというのか。


(うっ…)


樟葉に言えばいいのか? ーー彼女は同郷とはいえ時代が違う人間だ。友達だとしても分かり合えない部分がきっとある。それが悲しい。いっそ同じ時代に生まれてくればよかったのに。


思い出す顔といったら両親の顔…だけ。この世のどこにもいない。


「トモエ」


ヴィスを想う気持ちだって、ぐちゃぐちゃにしたまま消し去った方が楽だというのに。きっとそうだ。誰も分からないまま、一人で消して仕舞えばいいのだーー


「済まない」


「あやまるっ、必要なんて…」


リョクに当たる必要なんて、どこにもなかった。ただ行き場のない感情を吐き出しただけ。


「私がっ、いたのは、知りたかったから…だしーーでもっ」


ヴィスの姿がにじんで見えない。




「ううっ、くやしい、くやしいよっ!」




ここまでうまくやってこれた方だった。これからも頑張ればなんとかなると思っていた。しかしこればかりはそうではない。人の心なんて、本質は魔法マジーを使ったって変わらない。


このささくれ立った心のまま、立ち続けなければならない。そうしなければヴィスは鞆絵を置いたまま、先に行ってしまうのだろう。ずっと、ずっと先に。




傍にいてくれたのは、パートナーであるリョクだけ。何も言ってくれない、彼のことがどうしようもなく憎たらしかった。そして心強かった。






+++






ヴィスはエフォールのところに向かっていた。彼と一緒に異母姉であるレジニアを救う手立てをたてる。それはヴィスがいてもいなくても変わらないことだった。

この作戦に参加することについては、ヘルツバールを説き伏せるのに丸一日かかった。彼はまだ完全には納得はしていないだろう。それが親という存在なのかもしれない。


ヴィスは去る際にトモエの涙を見ていた。それがどういう意味だということもわかっていた。これに関しては彼女には悪いと思っている。すべてが終わったら謝らなければ。しかし今のヴィスにはそんな余裕もなかった。


(…清算を)


進むにも、戻るにも、行動を起こさなければ始まらない。ヴィスはそのことを怠っていた。単純に怖かったからだ。

事態はヴィスの生温い気持ちに反して、悪い方向に進む。猶予は今しかなかった。






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