69 似た者同志は集まる
五周年記念投稿。
「うっ! なに、これ…それに、ラバス様も!?」
契約していない幻妖がロワンモンドに来た場合、一番に馴れないといけないのは空気の違いだ。
契約していない幻妖は、ロワンモンドに来れば弱体化される。元の世界に戻れば、弱体化された状態は元に戻る。それをヴィスは事前にアンディゴに説明しておいた。
これは二つの世界の支配者が違うせいであり、ロワンモンドでは魔力を受け付けないせいであるということをヴィスは知っていた。
ーー例えるならば、重力が急に2倍3倍かかったかのように、身体が重くなるらしい。
そんな状態を始めて味わい、苦しそうに膝をつきつつも、迎えに来た男の容態を気づかうことのできるアンディゴは、優しい性格だな…とヴィスはぼんやりと思う。
それはヴィスにとって、必ずしも褒め言葉に当たるような言葉ではなかった。
「大丈夫か、じじい」
「………その前に、いうことがあるだろう」
小声ながらもしっかりと届く感情。
額を下げ、赤毛の髪が覆っているため、どんな表情をしているかは見えなかったが、はっきりと声で伝えてくる。育ての親は怒っていた。
「ほんとうに、すまない。また迷惑をかける」
「………」
ヘルツバールの無言の間が痛々しい。
謝罪はしなければならないと、思った。ヘルツバールはこの件については何も悪くはない。きっかけを作ったのは間違いなくこの男だが、その後に起こした問題行動はヴィス・コルボーの独断場だった。
その度にヘルツバールは文字通りに身を削っている。いまやボロボロの状態のまま、治っていないのだ。彼の保護者的な立ち位置にいるテューが、これ以上無理をさせるはずがなかった。
「帰ってきたか」
ヴィスが予測した通り、ヘルツバールの次に現れたのはテューことソリテュード・パンだった。彼女の兄であり、この世界の神さまだ。
育ての親とは違う色合いの赤黒い髪を傾げ、ヴィスの後ろにいる存在を見る。
「余計ないざこざも増えたみたいだが…」
「すまない」
こちらには素直に謝れた。やはり育ての親とは立ち位置が違うのだ…とヴィスは感じることができた。
それともヘルツバールが近すぎるだけなのだろうか。
「ーーやはり途切れていないようだな。 “運がいい” ことに、お前に対して怒り狂っているやつが、ちょうどいないところなんだ」
“途切れていない” という意味を、ヴィスは把握している。契約というものの正体を、ヴィスは避けて通ってきたが、いま一度ヘルツバールに確認する必要があると思った。
(それと、例のアイツがアルモニーに滞在しているのか?)
遠い昔の記憶のことを探り当てる。そういえばあの男はトモエと契約を交わしていたはずだった…ことを今更ながらに思い出す。
そのときのヴィスはそんなことに目が行く状況でも無く、ただあの男のことを詰って終わったはずだった。まだ話しすら終えてなかった。
トモエとあの男が契約したのは、狭間の世界という場所から出ることができなかったからだ…そういうふうに、テューが誘導させた。
「じじい、大丈夫か?」
「あア、なんトカナ…さっきヨリカハ良くナッタ」
「そうか」
ヘルツバールはよく強がる。たちが悪いのは、それが力がないゆえの強がりではなく、力があるゆえの誤魔化し方であった。
彼は大抵のことがひとりでできてしまうため、他者の助けなど要らない…というか、 “助けを求める” という行為に対して、一種のトラウマともいえるくらいの異常な過敏性をみせるのだ。
こんな弱々しい姿だって、真に信頼しているものでしか、みせない。アンディゴが居合わせたのは、ヘルツバールの想定外のことであり、普段いる門の守衛のものたちが一切見えないのも、ヘルツバールが強権執行で無理矢理追い払ったからだろう。
「アンディゴ、おまえの方は大丈夫か?」
「う、うん…なんとか。ラバス様を見ていると、僕の苦痛が吹っ飛んじゃったよ」
「…っそうか」
アンディゴの症状は慣れるしか方法がない。
例えば、高い山を登る場合の対策として、徐々に慣らすという行動があるが、それすらできないのだ。
これに対しても適応するには個人差があるらしく、慣れる時間はそれぞれ違う。共通しているのは、治すには待つしかないことである。
「とりあえず…遅くはなったが、ようこそロワンモンドへ。魚族の小さき王さま」
「………」
「どうかしたか?」
「いや…」
少し慣れたのか、アンディゴは胸を押さえながらもなんとか立ち上がってきた。青い瞳がこちらを見る。どこか不安げだ。
(まあ、いきなりこんなのを見せられたら…なあ)
ヘルツバールとアンディゴは顔見知りのはずだ。君主会議にアンディゴの方が正しく出席しているのならば。
君主の称号である “ロワイヨム” であることを名乗れるのは、一族にひとり。名乗りをあげることが会議に参加する必須事項である。連れ添いがいたとしても、あくまでの君主のお供として認識される。
幻獣族の君主のような特殊な場合を除き、彼らは神族の君主の招集に従う。従わないと族のメンツに関わってくるからだ。
「ヴィス、帰れて良かったね…こんなに心配してくれる人がいるんだもの」
「………っ」
「それだけで僕がロワンモンドに来たかいはあったかな」
ヴィスの顔は引きつり、微かにアンディゴは笑った。
「アンディゴ…なんでオ前マデいるンダ?」
「ヴィスが心配だったからね。ヘルツバールに育てられたっていうヴィスの言葉が、いまいち現実味がなくてさ」
ヘルツバールとヴィスの姿を少し見て、アンディゴは首を横に振った。
「いま見てはっきりしたよ。そして事態は急を要していることもーーヘルツバール、君がいなくなっては双方の世界が成り立っていかないことぐらい、僕だって分かるんだから」
これは本能なのだろうか…と疑いたくなるくらいに、アンディゴはこちら側への理解に早かった。
たぶん一番理解できると思われる幻妖もしくは君主に、彼女がヴィスを導いたのだ。
+++
ほぼ同時刻。
鞆絵は幻想世界行きの準備を整えていた。
ヴィスとアンディゴがこちらにやってきたとき、鞆絵は何も判らなかった。
それは鞆絵がリョクの力を使っていないせいでもあり、ヴィスの状態が以前よりも様変わりして、気配が変わってしまったからでもあった。
しかしそんなことになっても、変わらない気配があった。一つは生まれつきのものであるが、問題はもう一つの方だった。
探知に長ける幻妖である神族、その中でも他族の君主と渡り合えるほどの実力をもつ、リョクことアベル・エーグルがヴィスの帰還に気がつかないわけがない。
だが彼らがやってきたそのときには、偶然にもリョクは幻想世界にいて、鞆絵はリョクの魔法を使わず、かつヴィスが帰還したことを知らなかった。
鞆絵にその情報を伝えるということは、リョクの方にも伝わるということである。
リョクはヴィスのことを心の底から憎み、怒り狂っていた。それは今回、ヴィスだけが元いた場所に戻れた、という理由だけではない。単純にアベル・エーグルはヴィス・コルボーのことを厭い、嫌っていた。
鞆絵は幻想世界に行く前日になっても、ヴィスのことを案じていた。レイアーナの了承も得て準備を整え終わったいま、何もしないときに想うことはヴィスのことばかりだった。
それが良くも悪くも因果が巡り巡って、無意識にリョクが使える察知の魔法を使ってしまい、異常な気配を察知してしまう。
それは魚族の君主であるアンディゴの方だった。ヴィスの気配はアンディゴの圧倒的な気配に圧されながらも、細く長く繋がる糸のように、鞆絵の感覚を揺さぶってきた。
これは鞆絵のヴィスに対する執心の結果でもあった。ヴィスとは断定できないが、似たような気配が感じると、鞆絵はまだ拙い能力で読み取ることができた。
トモエは神族の一員である。その価値はどの種族よりも尊ばれる。
このアルモニーの本拠地でもそうだった。ヘルツバールが創り出した結界に守られた空間の中で、トモエは羨望と、いくらかの嫉妬の視線を織り交ぜた視線でみられつつも、彼女の行く先を遮るものはいなかった。




