68 意図は行為に等し
鞆絵はようやく事態の重大さが呑み込めてきたが、そうだといって、自分自身ができることってなんだろう? という疑問に立ち戻る。
まだ非力で、護られることしかできない、自分が、幻想世界全体の危機を真剣に考えることなんて、できるのか。
(ダメだ。目標を見失わないようにしないと…)
先ほど会議は終わって、リョクはいない。彼はいま話し合っていた件で、幻想世界での対応に追われているのだ。
鞆絵は自室に戻ってぐるぐる考えながら、幻想世界に行く準備を進めていて…ふとそう思い至る。
たしかに頭に入れる必要性のある情報だった。このせいで幻想世界は揺れている。鞆絵はそんな場所に自分の意思で飛び込んで行くのだ。
決めたのは自分自身であって、他の人ではない。だから言ったことには責任を持たないといけないのだ。
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ーーほんとうは、怖かった。
ーーその力を意識して行使するのが、怖かった。
幼少期に試していた経験則か、ほんとうならば制御できていてもおかしくはなかった。だがあの男は、制御することを禁じた。
制御しようとするたびに男は気づき、強引に自分の精神に入って組み伏せてくる。頭が割れるように痛む。
あの男も判っていたのだ。この力はこの程度ではないということを。男も同じ力を使うことができたのだから。血の繋がりがあるから。
そして枷は強引に外され、特異な力だけが残る。
自分と同じ髪と瞳を持った男は、力の発現を見ているーー
「ヴィス?」
小声ながらも、その声ははっきりとヴィスに届いていた。
「大丈夫? 顔色悪そうだし、汗も出てる…」
「っ…ああ」
ここで立ち止まっている暇はない。アンディゴが突如考えを変える可能性も捨てきれないーーが、さすがにそれはないと、 “魅了“ が効かなくなった可能性を振り払う。
ヴィスはアンディゴをロワンモンドへ “誘拐” するつもりでいる。そのためにアンディゴには淫魔族が得意とする魔法である魅了を使った。
この魔法は思考を誘導するもので、効果も “洗脳” に比べたらはるかに弱い。ロワンモンドへ行くと決断したのは、ヴィスの魅了と、アンディゴ自身の好奇心が合わさった結果だった。
その好奇心が無くなってしまうと、強い魅了を使う必要がある。そうしたら行き着く先はーー自分の意志の破壊、すなわち洗脳だ。
そこまでヴィスはやりたくはない。アンディゴは恩人だ。恩を仇で返すような真似はできる限りしたくはないが…最後の手段としてそれをやることも頭に入れておく必要があった。
(非情だと罵るなら、罵れば良い)
アンディゴはまだ小さく、幼いが魚族の君主である。どんな行動を取られようが、反発は起こるだろう。その尻ぬぐいは自分の育て親の友人がやることになるだろう。多分、というか絶対に良い顔をしない。
それは分かっていても、ヴィスはやる。白い彼女をあの男から奪還して、謝罪しないといけない。それだけで許されるとも思っていないし、二度と顔を見せる権利も自分には無い。だが彼女を傷つけたという過去は変わらない。一度だけでも、ちゃんと対面して、罪を告白しないといけない。どんなことがあっても。
彼女が赦すかどうか、それはまた別の問題だった。
「もう一度確認するが、門はこの先で良いんだな?」
水中に門はない。魚族の君主宮はどうやら水中にあるとのことだったので、門については別に管理する必要がある。管理のされ具合は族の方針によって異なるのだが…
「うん…」
「あとは俺が引き受ける」
ロワンモンドに広がる海と、魚族が住んでいる水は違う。幻想世界では、陸の方が海より大きい。
ロワンモンドの価値観でことを運んで後悔するのは、こういった移動のケースで多い。
アンディゴが囚われていた孤島。しかし孤島とはいっても、海に囲まれていたら魚族である彼は、どこでも逃げれる環境にはあった。ヴィスを助けられたのも、そのことについて裏付けされている。
魚族は水の流れを操ることができる魔法を持つ。水を作り出すことができ、潮を作り出す。
アンディゴの魔法で、急速に門の居場所には着いた。あとは時間の勝負となる。アンディゴにはいざとなったら自分を言い訳にするように、事前に言っておいてある。 『絶対にしない』と言い返されてしまったが。
ヴィスは肉弾戦を得意とする。それは竜王であるアルゲベルトと仮契約していて、身体強化の魔法が使えるからだ。
あとはアルモニーが造る銃器であるが、どちらも使えない状態にあった。
何者かによって(ヴィスは見当がついている)仮契約が切られてしまい、武器も取り上げられている。そのため、自分の持っている力と…あまり使いたくはないが奥の手というか禁じ手。その二つしか使えない。
ーーもはや自分の力の暴走というリスクを考える余裕すらない状況だった。
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「もう良いぞ」
ヴィスはアンディゴに呼びかけた。門にいる兵たちをヴィスが倒しているはず…なのだが、その倒し方が独特だった。
兵を気絶させているわけでもなく、傷つけているわけでもない。知らないものから見れば、あたかも何もされていないように思えるだろう。もしかしたら魔法を受けた側もそうなのかもしれない。
こんなおそろしいこと、どうやら精神系統の魔法であろうが、許されるのだろうか…?
「どうした?」
「んっ…ごめん。少しボーッとしてた」
「………」
何も言わずにヴィスは先に進み始める。
魚族の門の建物はルカン・メール…すなわち契約している幻妖がいるためか、厳重に管理されている方であるらしい…というのをアンディゴは本人から聞いた。
ルカンはロワンモンドの重要性について常に意識していると言っていたが、それを聞いたときのアンディゴには、ルカンの意図するところがよく分からなかった。
幻妖たちはロワンモンドの存在は知ってても、自ら行くなんてことはしない。理由は単純で…あまり関心がないのだ。どうしてかはわからないがーー
(ヴィスの行動は…カン、かな?)
フラフラと歩いているように思えてその実…何かが見えているのかもしれない。ヴィスにしか視えていない何かが。
ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様と契約していたのだから、そんなことも出来て当たり前のような気がしてくる。
ヴィスの身の上話しは聞いたし、半幻妖であるということも打ち明けられた。
アンディゴは人間という種族を知らないから、魔法が使えないという状況がどういうことなのか、具体的に理解ができなかった。
できなかったのだが…興味は湧いた。目で視るに値するものであると、後先考えずに思ったのだ。
(早く見たいんだ。あちら側の世界が)
きっと、それだけに集約されてしまうのだろう。
ロワンモンドの海が見たい。どのくらい広くて、綺麗な青なのだろう。アンディゴの想像は広がる。
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気づかれるとは思っていた。だから若干身構えてたりはしていた。
急に目の前に現れて、なにかされないようにと、受け身の体勢を取る。
「………っ」
いた。もう身体も十分に動かせないくせに、 “転移” なんていう身体の負荷が大きい魔法を使いやがって。と悪態をつきそうになるところを、口を噛んで堪える。
向こうが膝から崩れ落ちたため、ヴィスは慌てて支えに入らずを得なかった。赤い長髪が空間を舞う。




