66 探せ、そうすれば見出すだろう
レイアーナの方に用があったのだが、それよりも前に、鞆絵は樟葉に謝ることにした。樟葉は鞆絵の謝罪を受け入れてくれた。
「樟葉は優しすぎるよ…あんなことを言ったっていうのに…」
涙の残滓を残しながら日本語で話しかけたら、樟葉は上品に笑っていた。 “赦す” という行為は、簡単にできるものではない。
鞆絵自身だって、諦めきれないことがあるし、どうしても譲りたくないものがあるのだ。そんな気持ちを少し “折る” ということがどれほど大変なことか。
「でもね、急ぎたいっていう気持ちは、本当なの。これは変わってない」
「………」
樟葉は鞆絵の方をひとときの間見て、口を動かした。
「ーーバカね」
「へっ?」
「貴女が言ったんじゃない。帰ってきたらそう言ってちょうだいって…」
樟葉は苦笑している。黒を基調とした着物の裾が揺れる。
「何か他の方法を考え出したようね」
「そう、だよ」
彼女にとってはお見通しであったようだ。隣にいるレイアーナにも。でもさすがに鞆絵の要望については考えが及んでいないだろう。
テューやヘルツバールにスラスラと言えたことが、彼女ら二人に対しては、なぜか言いづらかった。
(なんでだろう…)
きっと、彼女たち…特にレイアーナを巻き込むからだ。しかし、その重みに圧しつけられたままでは先に進めない。鞆絵は今後について、取りたい行動を二人に話した。
「なるほど」
少し間を置いて、声を出したのは巻き込まれる側の方であるレイアーナの方であった。
「それって、私の幻妖のことも考えて言ってるんでしょうね。しかし…」
レイアーナはクロードと契約していることを大まかには公表していない。それはクロードの属する導師族の問題のためであった。導師族も契約しているのはレイアーナただ一人だけ、という状況だった。
「極秘か極秘じゃないかだけでもかなり違ってくるし…クロードとも、そしてラバス様にも確認を取らなきゃならない。私の仕事の引き継ぎもあるし…すぐには決められないわね」
「なるべく早めに決めてもらえれば…嬉しいです」
「うーん」
肘をついて何かを考えていたようなレイアーナが、突如として鞆絵に疑問をぶつけてきた。
「トモエ、貴女は何のために幻想世界に行くの?」
「簡単に言えば…幻妖を、特に神族、リョク、そしてギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様を…知るためです」
鞆絵の答えに、場は静まり返った。
鞆絵は唇を噛みしめ、場の雰囲気に呑まれないようにしながら、レイアーナの返答を待った。
「知ってどうするわけ?」
「知らないと、判断ができないからです」
アルクレアラが止めてくれたことを自分なりに考えたら、そうなってしまった。
結局のところ、足りてないのは判断するための材料となる知識だ。鞆絵は神族のことを何も知らないに等しかった。そして、ヴィスが以前愛した彼女のことも…
「もし真実を知ったとしても、後悔するかもしれないわよ」
レイアーナは真剣だった。こちらを見極めようとしてくる。
「そうだとしても…立ち止まりたく、ないんです」
話しを途中で止めさせようとしない三人に感謝しつつも、鞆絵は口を開き続ける。
「死に急ぎたいってわけでもないんですけど、 “背伸び” をしてみたいなって思って。ならやるときはいま、この瞬間しかないんじゃないかって私は思うんです」
「 “背伸び” ねぇ…」
レイアーナは輝く瞳をこちらへ向けてきた。好奇心旺盛の子どもが放つ瞳に良く似ているような気が、鞆絵にはした。
「クズハ、いい言葉だと思わない?」
「…成長期の背伸びは注意しておかないと、骨自体を痛めますよ?」
樟葉の方はずっと良い顔をしていなかった。鞆絵のことをまた心配してくれているのかもしれない。心配させて申し訳ないという気持ちはもちろんのことあるのだが、それよりもやりたいという気持ちの方が強かった。
樟葉自体はヘルツバールに頼まれごとをされているし、蟲姫という立場上、動けないだろう。鞆絵も樟葉に何かを頼むつもりはなかった。
「とりあえず、トモエの言いたいことは判ったわ。あとは時間をちょうだい。なるべく早く結論を出すから」
レイアーナはそう言い、この場は切り上げとなった。
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修業をいったんは終えたエフォールの状態は凄惨なものだった。特に顔つきというのが鋭敏になり、気迫を放っているようにもみえる。カラダの出ている素肌にはどこかしらの火傷のような焦げあとがあった。
「跡は数日経ったら治るゆえ、大目に見てくれよ、竜王」
火球を操ることは大体できるようになったというが、逆にそれだけしかできなかった。大きさを変えるのと目的の場所に当てる、そして何よりもアルクレアラの魔力になれるための訓練だった。
訓練中は暴走する可能性も含んでいたため休息できる時間はなかったという。ひたすらに身体と精神を虐めながらの三日間だったそうだ。
これはエフォールがやると決めて、実際に実行したことだ。ヘルツバールはできについては何も口を挟まず、監視付きで休息させることを部下たちに言い渡した。彼の治療にはレイアーナも参加した。
万全の状態で淫魔族のところへ送り出さなければならない。そのための作戦会議のメンバーには契約していない、人間のアルモニーの者もいた。アルモニーと淫魔族の族領は交流がないため、式典でもない限りは門で移動することは不可能だった。だからこの救出作戦にも数日間を要し、エフォールは万全の状態で出発させないといけないのは誰もが承知のうえだった。
エフォールは竜族の幻妖だ。翼があるために山越えはすんなりと済むだろうと思われた。
それと同時進行で鞆絵のアルモニー行きの準備も進められた。リョクとも相談し、必要なものを自室から持ち去っていく。
何しろ異世界だ。鞆絵はヘルツバールのおかげで一瞬しか連れて行ってもらっていない。そう考えると我ながら一大決心をしたものだ…と鞆絵は少し思った。
食べものが合うか、水が合うかとか、衛生状態は…とか心配事は色々あるが、空気が良いというのはリョクから始めて聞けた情報だった。
幻想世界は基本的に種族が固まって集団で生活している。ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムが祈るだけで恵みが増し、幻妖は潤う。そんな世界であるらしい。
そんな世界の中でも特に中心部に位置する神族の族領は、人間が思い浮かべる天国や楽園と呼ばれるような場所と、そう変わらないらしい。何もしていなくとも、生きて呼吸をするだけで幸せだと思える、そんな場所である、と。
(そんな場所が、本当にあるというの?)
だがリョクの話を否定するわけにもいかなくて、鞆絵はやはり “よく分からない場所” というイメージしか思い浮かぶことができなかった。
鞆絵が異世界に行く直前のことだった。
“ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様がイディオファナ・エロン・ロワイヨムと結婚するらしい” というウワサが、幻想世界に蔓延しているということを、ヘルツバールは蟲姫である樟葉から入手した。
鞆絵はリョクと共にヘルツバールから召集された。面子は前回会議したときと一緒だ。族の頂点である君主たち。そして傷が癒えたらしい竜王の息子エフォール・シエル。
「情報ノ真偽ヲ確認させてホシイ。アベル、単刀直入に聞くガこれは本当ノコトカ?」
「………ええ」
リョクの肯定に、周囲にどよめきが起こる。
「アベル・エーグル殿、現時点でギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様と、直接連絡を取ることは可能なのか?」
魚族の幻妖であるルカン・メールが問う。
「会うことはできませんでしたが…主君がお書きになられた、文だけは届きました。淫魔族の使者がこちらの族領にやってきて渡されたものです。筆跡だけで確認しても…本物です。主君が書かれたもので間違いない」
リョクは、問題となった手紙を懐から取り出して、一同に見せた。




