64 人はそれぞれ自分の見方でものを見る
昼ドラやってるので注意しましょう。
中尉という身分は結構高い身分なのだ。この身分になっているのだって、保護者兼養父の影響であろう。ヴィス・コルボーという個人を見て判断しているわけではない。
“媚びを売る” という行為は、自分の意思でやるものではなく、勝手に行われることだ。
(このままあそこにいたら、どうなっていただろうかーー)
そんなことを考える余裕ができたのは、案外早かった。
誰かに手引きされているかのように、脱走劇は上手くいった。行きすぎるくらいだったので、 “保護者” の介入を疑ったが、自分が反抗していることを未だに反省しているのか連絡はない。
ーー彼女、ギネフェルディーナとの旅は、楽しかった。良くも悪くも彼女に振り回されて気が休まらなかったが、それも緊迫したものではない。彼女の美貌によって何度か…いや何度も厄介ごとに遭い、その度に顔を隠すことをヴィスは提案したのだが、彼女は逆にヴィスの前髪を拙いハサミさばきで切ってしまったーー “これでいっしょだ” と、彼女は笑って言った。
そのときに感じた感情を、ヴィスは押し込めようとした。他人に期待して裏切られることには慣れていたからだ。だが押し込めようとすればするほど、ギネフェルディーナの無意識の魅了が利いた。
彼女は自覚しないうちに周囲を魅了し、空気を清浄化しているような気がした。少なくともヴィスはそう思った。
ーー壊れることを恐れるように、恐る恐る触れる日々だった。苦い本心をすべて押し込めた。
“なぜ自分だったのか?” という問いも、 “彼女は何者なのか” という疑問も聞けなかったし、問えなかった。そんなことをしたら、ギネフェルディーナはいなくなると思ったからだ。
確かにヴィスのその推測は間違っていなかった。ギネフェルディーナの真摯な翠の両眼から目を逸らしつつ、逃避行は続いたが…限界は近づいていた。
轟音が周囲に響き渡り、耳を割った。
「ーーお前かっ!」
突然仕掛けられた攻撃を避けれたのは、奇跡に近い。弱体化しているとはいえ、それほどまでに戦力差があった。
「お前が、我が君を…さらったのか!?」
最初、その男をヴィスは軍の追っ手かと思った。がしかし、そう断言するには容姿が派手すぎた。黒や茶、金の髪が多いなかで、薄緑色の長髪に赤い瞳を持った端整な男なんて、この世界ではそうそういないーーギネフェルディーナと同じく、まるでこの世のものではないような。
ギネフェルディーナが制止を呼びかけていたが、相手は引こうとしなかったーーそれほどまでに男は怒り狂い、悲しんでいたんだと、ヴィスは後になって思い返すことになる。
怒り狂って剣を振るう相手に対して、ヴィスは愛銃を向けた。向こうは銃の存在を知らなかったので、予想以上の牽制となり、一旦は難を逃れることに成功する。
「アベル…」
ギネフェルディーナは彼、アベル・エーグルのことを案じていた。案じていたのは私的にロワンモンドという場所まで、彼がやってきたことであり、同族として単に心配しただけであるらしい。
が、ヴィスはそう捉えなかった。彼女を知っているという事実がヴィスの頭のなかを予想以上にかき回してしまった。
「ーーどういうことだ!? なぜアイツのことを知っているっ!?」
ヴィスはギネフェルディーナに裏切られたと思い込んだ。余裕なんてどこにもなかった。
相手は強い。一閃振っただけで周囲のものが破壊され、なぎ倒されてしまったのだ。自然災害でも起こったかのような凄惨さ。相手は明らかに人間ではなかった。
人間とほぼ変わらない姿でありながら、 “バケモノ” である神族の幻妖のことを、ヴィスは知らなかった。彼の人生のなかでは幻妖は身近な存在であると同時に、離れたいとずっと願っていた異物であった。
裏切られることは嫌いだった。だから周囲に期待することを止めた。
どこかで違うという声が聞こえようとも、その気持ちを強引にねじ伏せた。
彼女は、彼女だけは違うとヴィスは勝手に思っていてしまった。愕然とした。そして訳が分からなくなった。
ーーそしてヴィスは凶行に出た。
+++
「まあ…脆いんだよな。俺もじじい…ヘルツバールも」
ーーその後のことは、さすがにアンディゴには聞かせられない。
ヴィスが身体を欲したら彼女は応え、繋がりと力を求めたら、彼女と出逢ったときから契約はなされていたそうだ。ヴィス自身はまったくそういったことは感じなかったが、彼女は幻妖の中でも特別なので少し感覚が違うかもしれない…という結論にはなった。
そして、彼女の力を用いてアベルになんとか勝ったのはいいものの、彼から彼女に関することを知らされ、また動揺したヴィスは結局アルモニーに事実確認したあと、解約して彼女を還すことにした。
解約したら普通は死んでしまうらしいというのを、後になって知ったが、ヴィスの場合は堪えた。おそらく実父イディオファナの血のおかげであろうと、養父ヘルツバールは言った。
最低の行為をしたことは自覚している。だがそのときは最低な男だと思う自分から離すことを、どこか正当化していた。すなわちアベル・エーグルの主張にヴィスは屈したのだ。
解約した影響からか、半身がどこかにおいていかれるような感覚がして、その後数年間のことをヴィスは覚えていなかった。直後は養父の呼びかけにも応えることはなかったらしい。
最近知ったことであるが、ヴィスの身勝手な考えは養父の身体にも変調を及ぼし、養父も苦しんでいた。というのに彼はそんなことをおくびにも出さずにヴィスにずっと接してくれた。そのことに対してはヴィスは感謝している。感謝…できるようになった、というのが正しいところだが。
ロワンモンドに行くのは数日後にした。理由はヴィス自身が流されてきたせいで体力を消耗していたからだ。気持ちは急いているものの身体は本調子ではなかった。
アンディゴに自分の過去を話した、話そうと思ったということは、心も疲弊しているのだ。本調子ではない状態で何かを成そうとしたところで足手まといだ。
「すごい想われているね」
「…そうか?」
「きっとヴィスの周りにいるひとはみんないいひとだったんだよ」
ヴィスは野宿するつもりでいたが、陸の孤島にもアンディゴが快適に過ごせるだけの小さい居城が存在した。アンディゴが孤島に住んでいる生きものに協力してもらった結果らしい。
“魚族の幻妖であるはずのアンディゴが陸の居城をつくるとは…” とヴィスは思ったが、言わなかった。多分この少年は自分と同じ変わり種だ。
「シーニュ様のことは、たしかにすごいひとであるという認識はあったけど…なんか少し怖かったんだ。容易に触れてはいけない、別のところにいるお方だって、そう思っている幻妖もいるかもしれない。だからこそ惹かれるんだろうけど…けどね」
アンディゴは君主であるために、君主会議でも彼女の姿を見ることがあったようだ。彼は正直に彼女のことをヴィスに語ってくれた。
ーーアンディゴの言っていることも分かるのだ。確かにヴィスも最初はアンディゴのように思っていたりした。でもそんな感覚を崩してきたのは彼女だし、すり寄ってきたのも彼女だ。そんな彼女に応えることもなく、関係性を崩したのはヴィスの方だった。
アンディゴの話を聞きながらも、陸の居住から空を見る。光は空の一端に沈みつつある。
幻想世界の空は自分たちの住む世界とほぼ変わらない。こちらの世界では太陽は恒星であり空の果てにあるのだが、この世界ではどうなのだろうか。
「ヴィスの話しを聞いて思ったよ。僕と置かれた状況と似通っているって、親近感が持てた」
アンディゴの視線は真摯で、彼女やトモエを思い出してしまう。
「きっとシーニュ様はさみしかったんだよ」
「…だろうな」
「ほんとうのことは、シーニュ様に聞かないと分からないけどね」
それは事実だろう。だがヴィスはギネフェルディーナの真意を彼女から聞くのが辛かったのだ。
そのことをアベル・エーグルは責めているーー彼とも決着をつけないと、いけない。彼がトモエ・マツモトに寄ったのは偶然では無いのだろう。きっと。
ヴィスが予想以上にゲスい。どうしてこうなった。




