60 高貴は拘束す
トモエは主君に似ていた。
衝動的なところもそうだし、博愛主義なところも主君と似ている。
すべてのものが説得すれば、納得してくれるだろうとも思ってそうな愚かさ。死に急いでいるようにしかみれない儚さ。それら全てが愛おしいのだ。
彼女たちが望む世界は優しく、それゆえに一番実現させることが厳しい。だから傍で守りたいと本気で思っている。
「なにか…私に手伝えることはありませんか?」
「トモエ!!」
言い出しそうな気はしたが、まさか本当に口に出してくるとは。
クズハ・ヒイラギとグランド・クル・ルーオール・ロワイヨムがこちらの方を見ている。
クズハの契約している幻妖はヘルツバールの要望に応えているため、いない。
「私にできることは少ないと、分かっています」
「お前はまだっ…見習いだろう! それにもう…自由には動けないんだぞ。よく考えて発言しろ」
苛立ちを隠せなかった。主君以外の件でこんなに感情を荒だてたことはない。
なぜここまで強く言っているのか、トモエには分からないのかもしれなかった。とは言っても、強く言うのを止めるつもりはなかった。
強く言わなければ…消えてしまいそうで。
どうしてそんな死に急ぐようなマネをするのだろうか。理解ができないし、理解したくもない。
「いつもなら、リョクの言うことを聞き入れたと思うよーーでも、時間がない」
「………」
「リョクだって分かっているはずでしょう? ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様を早く取り戻さないと」
「理由がない介入は…武力行為とも取りかねん」
遠い遠い過去の過ちゆえに続く慣習だ。容易に変えることは不可能だった。自分だけが動いたところで、変わることはない。
「我々神族は…蟲族とは真逆の性質を持っている。女神を抱くがゆえに、どこにも介入することはできず、自由に動くことを許されていない」
「それって誰が決めたの? ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様がお決めになられたの!? 違うよねぇ! …そうじゃなきゃ、ヴィスさんがあんなふうに怒ったり…しない」
トモエは折れることなく立ち向かっている。主君と同じように。
(何故だ…何故、あの男を庇うようなことをーー)
昔からあの男は周囲を惹きつけた。それは淫魔族の君主の息子ゆえか。やはり血筋なのか。
「みんなを守るために、みんなから離れるって、私はおかしいと思う」
「っ…!」
あの男を守るために、慣習を破ろうとするのか。
慣習は…自らを、そして皆んなを守るためにあるというのに、それをトモエは理解できないのか。
これは若さからくる、感情的な…浅慮な言論だ。個人の気持ちに合わせて慣習を変えられるのならば、それは慣習にはならない。ただのワガママになるというのに。
「はい、待ったまった!」
「クロード…!」
「頭を冷やせーー君らしくもない」
激昂に任せて彼女を傷つけるつもりはなかった。そもそも女性に手をあげるなど、女性を主君と抱く神族の一員にとってはあってはならないことだ。
「わざわざ世界を跨いで様子を観に来たら…案の定これだよ。君は人のことをまったくといって良いほどしらないんだからさあ…」
「間違ったことは…何も……言ってない、だろう?」
腐れ縁のクロードは呆れていた。
「契約者と契約する幻妖は別々の考えをもっている。同じじゃないんだ。いいか、自分の意見だけを妄信して相手を丸め込もうとするなーー後悔したくないのなら」
それでもアベルはクロードを睨んだ。
聞くことはできても、受け入れるかどうかは別の問題だ。
(っ! 何で、なんで届かない…!?)
感情的になっても、自分の声が彼女に届くことはない。唇から血が出るまで噛んでいた。
ーー今度こそ喪いたくない。それだけだというのに。
+++
リョクを怒らせてしまった…とぼんやりとしながらも鞆絵は思ってしまった。なんで彼が感情的になって怒るのかは理解できなかったけど。
リョクは頭を冷やすと言って、友達であるクロード・グルーと一緒にどこかへ行ってしまった。ほとぼりが冷めたら、謝れる機会を作れるだろうか。
彼が容認しない限り、鞆絵は魔法を使用することはできない。頭の中で呼べばリョクに届きはするだろうが、返事をしてくれるかは分からない。
(………)
魔法が使えなければ、普通の人間と同じ。このアルモニーにいることすらきっと許されないはずだ。
自分は上手くいっている方では無かったのかと自嘲しそうになる。
そもそも命をヴィスに救われた時点で幸運だったのだ。普通ならあの時点で殺されているというのに、まだ生きながらえている。不思議だった。
「鞆絵、なんでそんなに急ごうとするの?」
「樟葉…」
「…ヴィスさんが心配?」
「うん」
「…そう」
樟葉はそれ以上何も言わなかった。向こうを見ると金狼王グランドがこちらの方を伺っている。
この場の空気を悪くしたのは自分だ。早く謝らなければ。
「樟葉様、金狼王様……申し訳ございません」
何と他人行儀な言葉が口から出るのだろうか。
「でも何かやりたいのは事実です。リョク…アベルがいないと何もできないのは分かっています。それでも!」
結局のところは自分の意志次第だった。後悔することなんて、あとでいくらでもできるのだから。
「…エフォール様のところに行ってみます」
「正気か?」
金狼王が問いかける。
「口で言うことなら、いくらでもできます。でも…今の状態ではどんなに言葉を重ねても嘘にしかならない。だから…行きます」
魔法の制御だけは得意とするところだった。周囲も褒めた。
ならそれが煽てる行為ではないように実演するしかない。
「鞆絵! …さすがにそれは」
エフォール・シエルのところは危険だ。それを先ほどヘルツバールに言われたばかりだというのに。
それほどまでに鞆絵は急いでいた。
「樟葉。やっぱり自分でやらないと…納得できないの。あとで帰ってきたらバカだって…私のこと…罵ってね」
「ともえ!」
ーーああ、なんで。なんでそんな悲痛な声をしているのか。
いつも超然としてて、笑みを浮かべているのに。命に関わるようなことには成り得ないというのに。なんでそんな悲痛な顔をしているのか。
鞆絵には理解できなかった。
それくらいには魔力のことも魔法の危険性も、鞆絵の頭の中から抜けていた。
+++
ーー身体が痛い。
気がついたときには息苦しさを感じた。夢中で何かを吐き出し、目眩がしながらも、周囲を見やることにする。
一応軍に属していた身だ。自分の状態はある程度自分で分かると勝手に自負している。もちろん判らない部分もあるが。
(じじい…?)
竜王との仮契約が切れている。あの男が俺に命じて強引にやったのだろうか。
「大丈夫かな?」
倒れついている場所は…岩場。そして水が近くにある。
そして遠く目を凝らせば、幻想世界の中心地、白い神殿が見えるはずだ。
「魚族か?」
声は霞んでいた。視界が明るいのは、前髪が無理矢理切られたからであろう。
視界が開けた感覚は、随分と久しぶりのことのように感じた。彼女が傍から居なくなってからは、意図的に眼を隠すようになっていたから。
「俺を見ない方が良い。良くないことが起こる」
「自分の魔力を制御できないんだーー僕と同じだね」
見渡したら、少年の姿をした幻妖がこちらを見ていた。鞆絵よりも小さい姿は、誰かに庇護してもらわないとたちまち害意に晒されそうだ。
「君は淫魔族だろう? ーーここは島だ。誰かが流れ着いてくるなんて、水流の問題でありえないんだけど」
どうやら見かけによらず聡いようだ。
「門を通ってきたの?」
「………」
「僕たちの族領に淫魔族が入ってくるなんてね。君、僕の話し相手になってくれない?」
ヴィスは不審な目を向けた。
「お前は、誰だ?」
「僕はアンディゴ・ソヴァジヌ・ロワイヨム。傀儡の君主だよ」
蒼い、うなじまでの髪の揺らしながら、少年の姿を取った幻妖は笑った。
次話から新章です。




