59 自らを助けよ、そうすれば天は君を助けてくれる
意味:人に頼らず、まず自分からやらなければ、成功はできない
幻獣王アルクレアラは自身の魔力を隠匿する気はないようで、今回のことは、表向きでは “要人であるアルクレアラの気まぐれ” ということで収めるそうだった。
そもそも幻獣族は生態がほとんど知られておらず、その中でもアルクレアラの存在は特に謎に包まれている。それが幻妖の中では常識だ。そんな彼女だからこそ成立するといっても過言ではない。
アルクレアラがヘルツバールの信望者であるという事実は、例の会議に出ていた者以外だと、片手で足りるほどしか知られていない事実であるらしい。
ヘルツバールは先ほどの始末に関する指示を思念で飛ばしながら、こちらの疑問にも応答していた。
「それはあまりにも…危険なのでは?」
エフォールがレジニアを救いに行くことを知り、鞆絵の隣にいるリョクは難色を示した。
「ホントウはお前が一番適任だろうよ。ダガナお前の場合、レジニアより主人の方を助けに行くダロウ?」
ヘルツバールはそのまま説明を続けた。
竜族は淫魔族と敵対することが確定しているが、その他の族は決定していない。今回の件は淫魔族の族領を無理やり侵す行為に等しく、他の幻妖が動くのは得をしないと。
それに事情を説明した者たちはいずれも要人であり、容易に動けば最悪自分の族の存続に関わる可能性があるというのだ。なぜそこまで言うのかというと、幻想世界の神様であるギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムが淫魔王の手に渡っているからである。
あの場にいて動ける存在は竜王の息子という肩書きがありながらも、あくまで一兵卒という身分であるエフォールしかいなかったのである。
「失敗すレバ父親であるアルから切り捨てラレル。アイツはそれを理解してイル」
慈悲もなく、残酷とも思えるその仕打ちに鞆絵は心を痛めた。しかしそれは彼の選んだ決断であり、自分がどうこうできる問題ではなかった。
「アア、そう言エバ制約に縛られナイ者はいるナ」
ソリテュード・パンはロワンモンドの神様であるために制約がない。制約がないということは自由気ままに行動できるということであり、助力するかは彼自身の気分による。彼はヘルツバールの体調のことを一番に気にしているため、エフォールに助力するつもりは無いようだ。
それにロワンモンドの神であるソリテュードが幻想世界に対して力を貸すのはヘルツバールの体調を変調させる恐れがあった。
「というワケデーークズハ、協力を頼メルか?」
ヘルツバールは蟲姫である樟葉に頼んだ。
「淫魔族ですねーー至急、頼みます」
「偵察には蟲族が鉄板ダナ!」
蟲族はどこにでも存在する。しかも小さく数も多いゆえに他者の居場所に平然と侵入することが可能だ。
個々の能力は他の幻妖に劣るかもしれないが、情報共有も迅速で偵察や陽動に優れているという。
ヘルツバールはその能力を重宝し、時々蟲族とは対等な立場で協力を要請するという。庇護されている立場から強制させることも可能だろが、ヘルツバールは決してそのようなことはしない。
「アッそれと、俺サマがワザと当たりに行ったナンテことをクレアラにはくれぐれも話すナヨ。エフォールを巻き添いに自害シヨウトするだろうカラナ☆」
とてつもないことをサラリと言ってくるヘルツバール。彼の調子は全く変わっていない。
物音を聞きつけてか、さすがに治療師の長であるレイアーナ・ペルーシュがやって来た。診察のために服を脱がすと言い出したため、テュー以外は退出することになった。
本部の最上階はヘルツバールの執務室のみだ。待ち合い室は一つ下の階に設けられている。最上階と一つ下の階はエレベーターでのみ行き来可能になっている。エレベーターは古めかしい作りだが、これがまた規格外の広さであり一部屋丸々入れそうなスペースがあった。
鞆絵は未だにこのエレベーターの作りに慣れない。
(要人用というのは分かるんだけどなぁ…)
見渡せば、何度も思うが錚々たる連中が揃っているものである。そんな中に自分が混ざっていると考えると、自分自身を卑下するつもりは全くないが、少し思うべきところは…ある。リョクことアベル・エーグルが側にいるため、何ら心配ないとは思っているが…
(それよりも、ヴィスさんのことを考えないとーー)
多分、死んではいないだろう。周辺の態度をみればそれは明白だ。
ヴィスはギネフェルディーナを誘き寄せるための餌にされたのは、鞆絵でも理解できることだった。餌にするために狼族の君主であるグランド・クル・ルーオール・ロワイヨムを洗脳し、利用した。
自らの利のために、他人を害する…というのは、この世界では良くあることだ。もしかしたら幻想世界ではあまりないことが起こったから君主でも操られてしまった、ということなのかもしれない。
ヘルツバールから事情を聞いた以上、黙ってはいられなかった。それが幼いゆえの直情的な行動だと言われようが、構わない。何よりも囚われているヴィス・コルボーは鞆絵にとっては命の恩人である。助けにいくのは当然のことだと考えたーー表向きの理由は…そうだ。
しかし、本当は別の理由がある。
(………っ)
ヴィスが囚われたのは、自分の原因だ。自分が全て悪いなどと自惚れるつもりはなかった。
元々あれは鞆絵の卒業試験のはずだった。それが予想外の出来事が重なり合い、結果が先延ばしになっているだけのこと。
君主と戦闘になることも、予想外のうちの一つだった。そもそも鞆絵は戦闘という出来事を遠回しにしか観ていないし、自分が戦闘に向いているなどとは全く考えていない。
ーーそれでもヴィスが襲われている時点で、何か出来たはずだ。それこそ彼女のように身を投げ出せば良かったかもしれないと、今さらのごとく考えるのだ。
鞆絵は、今の結果に納得していなかった。ヴィスとギネフェルディーナが恋人同士であることも、命の恩人であるヴィスのことを助けられなかったことも。
自分の気持ちが見失うくらいに強烈な感情の波を彷徨っていた。
ヴィスを助けることは最優先事項だった。何が何でもやらなければいけないことだった。そのためなら今度こそなんでもやってみせると自らを奮い立たせることしか、今はできないのだ。
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(バカみたいだな)
アベル・エーグルは自嘲する。
腐れ縁のクロード・グルーからも主君馬鹿と言われるほど主君のことしか考えられなかった自分が、なんて変わり身であろうか。
主君のことは敬愛しているし、彼女の命じる判断が間違っているなどとは毛頭も考えてないが、少し多方面から物事を考えられるようにはなっただろう。それもこれも隣にいる少女ーートモエ・マツモトのお陰である。
(リョク)
待ち合い室で思い思いに待機していたのだが、トモエが唐突に投げかけた。
(私はリョクと契約したから、神族の一員って扱いになるんだよね?)
(そうらしいな…)
ーーあの状況は契約しなかったら死ねといわれているようなものだった。
アベルは主君の兄だと自称するソリテュード・パンのことを、それほど信頼における存在だとは思っていない。
魔法とは全く原理が違う事象を使いこなしている時点で、主君と同じように普通の人間でも、幻妖でもないことが分かる。その結論が、逆に警戒心を招くのだ。
主君の反応と判断を仰がない限り、そのような得体の知れない者を信頼するはずがないし、それに…どうやらトモエを巻き込んで良からぬことを考えていることが分かっているのだ。アベルからしたらこの上なく苛々する相手でもあった。
もしかしたらトモエの方はソリテュードに唆されて衝動的に契約してしまったと、今更ながら思っているかもしれない。しかしアベルの方はそうではない。
得体の知れない存在の発言を鵜呑みにするなんて馬鹿げているし、そもそも自分からやりたいと望んでそうなったというのに、主君と同様にトモエはこちらの方を見ない。
ーー全ては、あの男が悪いのだ。
八つ当たりとでもなんとでも言えばいい。現に主君を危険に晒しているのだ。これは言い訳ができない歴然とした事実だった。




