58 火をもてあそんではならぬ
意味:わざわざ危険に身をさらすようなまねはしてはいけない。
金狼王グランド・クル・ルーオール・ロワイヨムは疑問だった。蟲族が個人的な理由で狼族に話しかけてくることがあるのか、と。理由は簡単で、狼族は蟲族を喰らうことがあるからである。グランド自身、蟲族を喰らったことは何度もある。
「蟲姫殿、一体何用で?」
それでもグランドには蟲族を蔑視する気はなかった。グランドは蟲族の恐ろしさを理解していたからである。
「火を忌避する我々がここに集まっている。それが何とも滑稽でしてね?」
彼女と契約する幻妖が警戒をしていることをグランドは悟り、神狼態に戻ることにした。本来の姿よりも殺傷能力が劣るため、この姿になるだけで蟲族に気を遣い、譲歩したも同然である。
「何を起こっているのか、貴女には分かりますか?」
「こちらへ来てもらえますか?」
火は水によって鎮火しつつあった。火も魔法であったし、水も魔法であった。火と水がよく見える場所にクズハはグランドを促すとそこには銀髪の男が居た。
例の会議の場にいたので彼のことは知っていた。魚族の指導者ルカン・メールと契約しているリジニス・イロンデルだ。
狼族と魚族は仲が良いというわけではない。草原と水中という異なる族領で過ごす彼らには接点が全くない…といえば嘘になった。狼族の族領には川があり、川魚を好んで喰べる狼族もいるからだ。あくまで狼族の主食は肉であるが、食糧不足になった場合はそれに限らない。近年は特にそうだった。
「金狼王も来られましたか」
「火があるなら、様子を見に行くのが当たり前だ。強い者が危険に対して勇ましく立ち向かって行かなければなるまい」
「なるほど」
その会話が終わると、再び水の中にある火が勢いを増した。
「あの中で何が…」
「簡単に言えば、魔力慣れの最中としか言いようがないですね」
「魔力慣れ?」
「詳しくはラバス様に聞いて下さい。一番高い場所にいらっしゃると思います」
「そういえば火炎がその場所に飛んで行ったようだが…」
「大丈夫です。ラバス様には火の魔法は効きませんから。ラバス様ご自身が魔法で誘導したのだと思います。あんなに強い魔力になるとは思いませんでしたからね…私の失態です」
「こんなに強い魔力…となると竜王ぐらいしか」
火を扱う幻妖は多々存在するが、一番威力の高い火の魔法を扱えるのは間違えなく竜族であった。火には殺傷能力が高い。ゆえに忌避するのだ。
「いえ、これは幻獣王の魔力です。私もルカン・メールも驚嘆しています。この場合、契約者である私だけだと不相応かもしれない」
「魔法の衝突になるからですか?」
「蟲姫、その通りです。制御なら契約者の方が勝る場合もありますが、我々の魔法は借りもの。本人が魔法を使用した方が効力が出ますからね?」
なら何故に契約などという所行をやるのか、グランドは問いたくなってきた。
魔力が増す。それは良いだろう。だが自分が使用できるものを他者…しかも異なる世界である人間が使用できるとなると顔をしかめる幻妖もいるだろう。争いを望まないギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの影響もあってか、幻妖は自らの力を秘匿する傾向にあるから。
(理由があるとすれば…ヘルツバール・ラバス・ロワイヨム殿のアレか)
ハザマノセカイという場所で見たヘルツバールの惨たらしい状態には、さすがの金狼王であるグランドも心を痛めた。例えるならば大量の血を大地に流しているが、痛みも感じることもない、死にかけの生き物のような状態であったから。
あの状態で立ち歩き、物事を思考し、行動できるとは並外れた精神力である。
「蟲姫殿。ヘルツバール・ラバス・ロワイヨム殿の元へ向かいたいのだが…案内を頼めるだろうか?」
「承知しました、こちらです」
「イロンデル殿も、我は契約者のことについては無知にも等しいが…あまり無理をなさぬよう」
「お気遣いありがとうございます」
「では失礼」
+++
「良いコッタ。被害を減らすためにワザワザ俺の方へくるように誘導した。まさか俺サマに当たるとは思わなかったガナァ☆!」
笑いながら誰かに返事をしているヘルツバール。
壊れた箇所はテューがあっという間に修復し(しかもリョクが言うに、それは魔法ではないらしい)、一応事なきを得ている。
…一応、は。
「おい、良い加減にしろ。俺含めてみんな青褪めたぞ」
通話が終わり次第、ヘルツバールに詰め寄ったのは、壁の修復を終えたテューだ。
もしかしたらヘルツバールは自己犠牲精神が備わっているのかもしれない。自ら危険を冒そうとするたびに他人の反応を見ているように思えた。その部分が、ヴィスに良く似ている。
「別に良いじゃナイカ」
「お前自分の立場をーー」
「あーあ、説教はイラネ。そんなことよりモ…説明ヲ」
ヘルツバールは雑な動作で、椅子に座り込んだ。
「そうダナァ、トモエ。アレが誰の魔力か理解できるカ?」
少なくとも、竜王様ではない。
竜族の魔力は過激だ。さっきのはそれとは違う、どこか柔らかみのある温かい焔。
「………あの方ですよね? 幻獣族の女王様」
「正解ダ☆」
鞆絵がそれを当てた後、その場にいる皆は何らかの表情を返した。
リョクは視線をこちらに向け、テューは目を若干見開いている。ヘルツバールはいつものニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「まあ、もう少シ待テヨ。どうせアレを感知して駆け込んでくるヤツらがいるはずダ☆」
この最上階に入れるのは限られた者のみだ。アルモニーでもかなり上の立場にいる者、そして来賓扱いとなる幻妖でも立場が上の者。鞆絵はどちらかというと後者の方だ。あとはヘルツバールから直接呼ばれることが多い。
やって来たのは金狼王グランド・クル・ルーオール・ロワイヨムと蟲姫である樟葉だ。彼らは共に来賓である。ここに来るにあたって、身分がヘルツバールによってちゃんと保証された者たちだ。
「火がこちらに…」
「ああ、それナラ何も問題ハない。俺サマには火ガ効かナイからナ☆」
そう言うとグランドと樟葉、樟葉の契約している幻妖達は顔を曇らせた。あんなにも脅威な存在であると認識している “火” をこうも軽々しく対処されると、なんとも言えなくなってしまうのだ。
ヘルツバールが火の存在を軽視しているとは思えない。彼は火を扱う側である。扱うということは、その存在について良く知っておく必要がある。もちろん危険性だって熟知しているはずだ。だというのに、こうも軽々しく言われてしまえば…対処に困るのだ。
「まあ、お前たちの言いたいことは分かっている。俺も久々にひやっとしたところだーー竜王に知れたら一体どうするつもりなんだ?」
「何とデモいえば良いサーーどうせ “黒い獄炎” を味わった身だ。アレに比べれば、何もかも温い」
ヘルツバールの発言にテューの方が言葉を詰まらせた。
鞆絵は “一体何のことなんだろう?” と思いリョクの方を見れば、彼は考え込むような表情をしていた。
何か心当たりがあるのかもしれない。もしかしたら、触れてはいけない案件なのかも…しれなかった。




