57 骨髄を得るには、骨をくだかねばならぬ
成功を勝ち取るには、困難を克服せねばならないという意味です。
門はロワンモンドの様々なところに存在するが、アルモニーの本部にも存在している。そこから幻想世界のどこにも自由に行けるのだが、君主宮の中など重要な拠点には当然ながら衛兵が存在している。
淫魔族の族領は君主であるイディオファナ・エロン・ロワイヨムがロワンモンドのことを嫌っていると表向きにされているためか、門の管理が厳しく、容易にロワンモンドへ行くのは不可能。逆もしかりだった。
「お前、竜神態の状態で翼を生やすことは可能か?」
アルクレアラはエフォールに問いかけた。
竜族は神族に近い状態、すなわち人間に近い状態である竜神態になることを可能にするが、竜神態の状態で、本来の姿である竜態の力を使おうとすると普通なら鍛錬が必要となる。気を抜けば容易に元の姿に戻ってしまうためだ。
「今回は隠密に行動しなければならない。翼が大きければ変装で隠せなくなるからな」
「大丈夫です」
エフォールは答える。それは軍に入るための入団条件の一つであったからだ。君主の息子ということで、父親の一存で容易に入隊することは可能であったし、お飾りであろうが要職に就くことも可能であった。だがそれはエフォール自身が拒否した。最初は色眼鏡で見られることが多かったが、日数が経つごとにそれも徐々に減ってきている。まだエフォールのことを軽視しているものは少なからず存在しているのだが。
「先に力を渡しておこう。この場所には結界が張られているから力を試して見ればいい」
場所はヘルツバールの屋敷の一室である鍛錬室だ。過去にヴィスがヘルツバールやソリテュード相手に鍛錬をしていた部屋でもある。ヘルツバール本人も気分転換に使用するという。
今回は極秘であるために幻想世界に戻らず、ヘルツバールに許可を取ってこの場所で鍛錬をすることになった。
『三日で使いコナセ。できなケレバ全部チャラだ』
ヘルツバールに許可を得るときに彼はそう言い放った。アルゲベルトは止めを刺そうとしていたが、彼は頑として聞かなかった。それもそのはずで、三日だけで幻獣族の女王であるアルクレアラの力を使いこなすなど通常は無謀に近い。
『できないってコトハ、すべてムダだったってコトダ』
ヘルツバールは作戦や計画を立案する場合、結果を重視して過程はほとんど見ない。今回もそうで、一室を貸すことは認めたものの、この場に来て様子を見ることはしないようだ。
今回の作戦はあの場所にいたもののみが知り得ていることなので、ヘルツバールは元々多忙であることに加えて上記の理由で来ない、アルゲベルトは幻想世界に帰り、ソリテュードは行方知らずだ。ヘルツバールの屋敷自体、限られた者しか入れることができないようになっているため、ここに来れるものは皆無であろう。
アルクレアラが一呼吸置いた。一瞬の間に赤色をした魔力が空間を漂い始めた。
(………これは)
アルクレアラの方は揺らいではいないが、エフォールの方は巨大すぎる魔力に頭が昏みそうになっていた。父親譲りの髪が揺れ、汗が噴き出している。
「いくぞ、小僧」
アルクレアラが手をエフォールの方へ向けた。そうして空間に漂っていた魔力がすべてエフォールのもとに向かった。
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「シオン様、なぜあの場所をお選びに?」
ヘルツバールは思った。
確信犯だった。何故あの作戦を知らない者のいる前でその話題を出すのか。
「…神族は探知に一番長ける種族ダ。その種族のNo.2のいる場所の前で隠し通すことは困難ダロウ?」
探知に長けるということは、魔法を使うときにいち早く反応できることを意味している。魔法が探知できるということは消費される魔力も探知できるということだ。契約者の素質を神族が測れるのも、契約者の素質が魔力に似るためである。
「違うな。貴方の支配領域である “狭間の世界” で鍛錬すれば良かったんだ。あの世界では例え神族であったとしても、俺であっても、妹であっても、あいつらを探知または知覚すらできないというのに」
「………」
「何か意図でも?」
「そうダナ…暴発シタラ、お前が俺サマの屋敷を直セ」
ヘルツバールはそう言ったあとに鞆絵の方を向いた。
「トモエ、前に契約者の素質の話をしたコトヲ憶えてイルカ?」
「はい」
「この世界に幻妖がやってくるのはそれを喰うためダト教えたことがあるが…もし喰うことが成功した場合、喰われた側ではなく…喰った方はどうなると思う?」
考えてもみなかったことに鞆絵は頭を傾げる。教師であるリジニスからも教えてもらっていないことだ。
「魔力を増やすために素質を食べるのは知っています。でも…それはラバス様の求めていらっしゃる答えでは…無いと、思います」
「モノゴトには基本的に上限がアル。自分が許容できるモノ以上をねだってしまえば…暴発する。契約者と全く変わらない事実が幻妖にも降りかかるってことだーーつまりな、暴発しないためには…それを抑え込むための意思が必要なんだ」
突如ドゴッ! という大きな音がして揺れた。
ここはヘルツバールが普段仕事をする執務室であり、アルモニーの本部の中では一番高い場所にある。衝撃があった場合には一番揺れやすい場所にあるが、あらゆることを想定されてか滅多なことでは揺れないような設計になっている。
「ほぉラ、言わんこっちゃネェナ。そうやって俺サマの方に来るんダゼーーだがな」
皆が身構えていた。リョクは隣に座っている鞆絵を片手で抱いて側に近寄らせた。
この場にいるのは鞆絵、リョクことアベル、ヘルツバール、テューことソリテュードのみだ。その面々をヘルツバールは制し、窓側に立った。
リョクは疑いの目をヘルツバールに向けている。契約している以上、彼も感じ取っていることを鞆絵は感じ取ることができた。ただし幻妖であるリョクが拒絶しなければの話であるが。
「ーー俺には」
炎がこちらへ迫っていることをリョクも感知していたし、鞆絵も感知していた。だというのに一番危険であるはずの窓側に、ヘルツバールは自ら進んで立っていた。
「炎は効かない」
と言った途端に、ヘルツバールは赤い炎に包まれた。
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蟲族にとって炎は天敵であった。自分たちの命を奪うばかりか住処まで奪うのだから。幻想世界の中でも蟲族はどこにでも存在しうるものであるが、蟲族の族領ではことさら森と共存することを良しとする種族であった。それはエルフ族もそうだし、妖精族もそうであった。
一方、狼族にとっても炎は敵であった。草原を焼くため、主食となる獣が逃げてしまうから。狼族は族領の中を絶えず移動し、獣を喰らう。移動するにもルーチンが存在していて、炎はそのルーチンを壊す存在であった。
二種族にはそんな共通点が存在していた。
グランドは目で空を飛ぶ火炎に気がついた。人間を遥かに超える動体視力はいかんなく発揮され、予測される行き先を違えずに捉えていた。
一番高い建物に火炎は飛んで行っている。狼族は人間や神族のように建物の中にこもって生活することはない。神族の君主宮よりも高い建物は最初に見たときは、あんな場所にまでモノを積み重ねることが可能なのか? と驚いたものだ。
炎が発生した場所を察知し、グランドはその場所へ向かおうとする。
神狼態を解いて本来の姿で駆ける。途中にいる人間たちが自らの姿を見て恐がっていたが…そんなことに一々時間を取っている場合ではなかった。
鼻が効くままにその場所を目指していると…一際大きい建物が目の前に現れた。あれが竜王アルゲベルトが言っていたヘルツバール・ラバス・ロワイヨムの住居であろう。
炎は収まっては居ないが、炎を水が包み込んでいる。明らかに魔法だった。
「金狼王」
この状態で話しかけてくる者は自分の正体を知っているものか、よほど自分に興味を引かれてそれが恐怖に勝ったかのどちらかである。炎から目を逸らして声の主の方に琥珀の両眼を向けると、そこに居たのはこの場には似合わぬ異国の服装に身を包む少女。少女の側には羽根を生やしたり、触角が生えているが、神族に似た姿を取った者たちがいた。
蟲姫、クズハ・ヒイラギと彼女と契約している蟲族の幻妖たちだった。




