56 生木にまさる火なし
サブタイトルは若者の活動力ほど生き生きとしたものはないという意味です。
揺りかごの中にいるような、穏やかな眠りだった。彼女にとって、その行為は後悔するようなことはなく、このまま何もしなくても良いような…気がしていた。だが…何かが心詰まりだった。その詰まりが澱みのように降り積もり、溜まっていく。
溜まっていき、溢れ出しそうな手前で…彼女は動き始めた。
紅い目が自分を見つめている。以前もそのようなことがあっただろうか。
いやあった。確かにあった。なぜそのような大切なことを今まで忘れていたのだろう。
「御機嫌はいかがでしょうか。私の姫君」
「………?」
身体は動かせる。緩慢な動作ながら、ギネフェルディーナは起きあがった。
「ヴィス!!」
直立不動で目を見開いたままのヴィスに対し、ギネフェルディーナは呼びかけた。彼は自分の呼びかけに微動だにせず、反応をよこさない。ギネフェルディーナはヴィスの真後ろにいたイディオファナ・エロン・ロワイヨムに問いかけた。
「イディオファナ、なにをしたの?」
「どうやら貴方の目には誤魔化されないようですねーー良いでしょう」
言い終えたあとイディオファナはヴィスを荒々しく、その場所から払いのけた。ヴィスは抵抗すらしないまま床へ崩れ落ちる。
崩れ落ちたヴィスの身体をイディオファナは脚で踏みつけた。ギネフェルディーナの顔が変わる。
「取り引きをしましょう」
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あの会議のあと、各々が情報を整理するために一度解散した。あの後に話し合われたことは情報交換ではなく、今後どうしていくかの話であったが、まとまりをみせることはなかった。
幻想世界の調停者の統率を取るはずのアベル・エーグルは沈黙しており、彼の契約者である鞆絵は机上の議論に対して目を回していた。アベルは神族の長であるギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムが囚われている以上、淫魔族の件に関して手が出せないのだ。万が一にも淫魔族に攻め入ったとして、ギネフェルディーナを人質に取られて彼女の口から命令を出されてしまえば何もできない。他の権力者は言葉に出さずとも熟知していた。
アルゲベルトとエフォールはヘルツバールの屋敷の一部屋を借りていた。他の者たちも良待遇を受けて、このアルモニーの本部へ滞在している。
「ーーってことなんですけど」
ここにいるのは、アルモニーの長ヘルツバール、竜王アルゲベルト、竜王の息子エフォール、そして同じくヘルツバールの部屋を借りている幻獣王アルクレアラ、そしてロワンモンドの神ソリテュードになる。
「こっちの情報は軽く伝えたか?」
「……はい」
テューの質問にエフォールは答える。
ヴィスの親代わりであるヘルツバールの許可を得て、エフォールはヴィスのことをレジニアに伝えている。
「あそこにギネフェルディーナ様がいることも確定しているみたいですね。しかし…」
レジニア自身も幽閉されているのだ。成すすべがないのではないか。
エフォールはそう思っていた。
「…どれ、我が助力しようか」
「アルクレアラ殿、さすがにそれは…危険では?」
「父さん、一体何のことを言ってるんだ? 教えて…下さい」
レジニアにはヴィスの暴走を抑えることができるらしい。ならば、プランナを始めとしたイディオファナに洗脳された者たちも救えるかもしれないというのが共通認識だった。
「そうだな…幻獣族は一個体が強大すぎる力を持ち、持っている力がそれぞれ大きく異なる…ことは知っているだろう?」
「はい」
「つまり、アルクレアラ殿には異界へ力を譲渡ーーすなわち契約のようなものだがーーを使える。その力をもって、レジニア・ソワンを救おうと言っているのだ」
竜族としては彼女を手厚く保護したいという考えだ。ソリテュードと幻獣族の女王であるアルクレアラは基本的にヘルツバールの意向に従うため、この場では反対意見は出るはずもない。
そのためにわざわざヘルツバールに近しいメンツで再び集まっているのだ。
「じゃあ、なんで父さんは反対しているんだ?」
「アルクレア殿の力が強すぎて、レジニア殿の体が持たないかもしれないと懸念しているのだ」
体内にいつも以上の力がかかるということは、それだけ負荷が増すということに等しかった。
「それハ、甘やかしスギだ。レジニア・ソワンは次期淫魔王だ。俺サマが保証するゼ」
アルゲベルトは黙った。実際、軛であるヘルツバールにこう言われてしまったら反論ができない。彼が自然の摂理そのものなのだから。
彼が言う通りに進む。それはギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムと似て非なる力だ。
「そのクライ耐えられナキャ…君主になる資格はねェよ」
君主になるためには何よりも覚悟が必要であった。アルゲベルトは君主であるため、それについては良く分かっている。
「レジニアが…」
エフォールは思案していた。自分は無力である。それは妹の事件からよく学んでいる。
だが…それでも何かがしたいと願うこの気持ちは…偽物ではない。純粋な願いだった。
「アルクレアラ様」
「何だ?」
「その力について、詳しく教えて頂きたいのです」
「例えばーーどういうことを?」
「もしレジニアに力を譲渡する場合、相手の同意は要りますか?」
「直接の同意がいるな」
「なら…私がアルクレアラ様の御力を賜り、レジニアを救うというのはどうでしょうか?」
エフォールの言い分はこうだった。
彼女は監禁され、精神を磨耗している。その状態で門まで逃げなくてはならない。なら、自分がアルクレアラ様の力を賜ってレジニアを助けに行った方が効率が良いと。
「レジニアを、救いたいのです」
願いは覚悟を呼ぶ。
「敵の本拠地だ。危険だぞ」
「分かっています。私が思っている以上に危険なことも…」
「では、なぜ行くのか?」
「レジニアを助けに。それと…ヴィスを助けに」
「お前が傷ついても誰も助けてやることは出来ん。それでも行くのか?」
「ええ」
覚悟を受け取ったのか、アルゲベルトは一息ついた。
「ヘルツバール。ヴィスとギネフェルディーナ様の件は…一旦置いといても大丈夫か? ーーとりあえずはイディオファナ殿の娘であるレジニア・ソワンを保護し、情報を得ることが最優先だ。分かってくれ」
「洗脳の魔法の解除方法を探さなケレバ、君主は結託もデキナイし、手も出せないカラナ」
「やけに物分かりが良いではないか?」
こうして淫魔族の領土にエフォールが侵入することで話が進められた。
その間、ヘルツバールは無言を通した。
ある程度、計画についてまとまりをみせたのちに、皆は散会した。しかしヘルツバールはその場に残った。
ヘルツバールは無言のまま、紅茶を飲む動作しかしない。それを見てかテューことソリテュードが場に残っていた。
「シオン様の盟友がえらく心配していましたが」
ヘルツバールは応えない。そこでテューは切り口を変えた。
「ヴィスもああやってして、お前の手から飛び出して行ったんだったよな?」
ヘルツバールはようやくテューの方を見た。
「エフォールやレジニアに対してコンナ口を聞ける資格は本当は…ねェんだ。俺サマも、後悔はしてるんダゼ」
「…まあ、大丈夫でしょう。貴方は気長に待てばいいのですから」
「気長に待てるか、このクソヤロウが」
ヴィスを縛り付けた。
もし、そんなことをしなければギネフェルディーナに逢うこともなく、別の人生を歩んでいるのではないだろうか、とヘルツバールはよく考える。
アルノマルはどうしても数奇な人生を送ってしまう。それを止めることは、ヘルツバールとしてはやりたくなかったのだ。
今回の件はあまりにも規模が大きくなってしまっていて、その遠因は明らかに自分であった。こんな身体でなければ、自分が全て決着をつけるべきだったという気持ちは今でも変わっていない。
「ヴィスは絶対に帰ってきますから。何よりも信じていないのは貴方なのでは? 過去に浸りすぎて、あの子が特殊であるということをお忘れで?」
「そうダナ。まだ納得はいってねェんダガな」
ヴィスは今までのアルノマルとは違って半幻妖だ。行き着く先も今までとは異なるだろう。
ーーそう、思いたかった。




