55 真実のすべてが語ってよいものとは限らぬ
「ヘルツバール」
「何ダ?」
「あんなこと、言ってよかったのか?」
「?」
「ヴィスと淫魔王イディオファナが血縁関係であるということが、淫魔族にとってはどれほど重要視されるか、お前にも分かっているだろう?」
「デモナ、あいつは半幻妖ダ。俺が重要視しているのハそれじゃない。知っているダロウ?」
アルゲベルトの言っていることは分かるのだ。でも、それについての心配事は杞憂だとヘルツバールは感じている。ヴィスがイディオファナと同じ能力を持っていたとしても、ヴィスは次代の淫魔王になることは望まないだろう。彼は、ギネフェルディーナの傍にいたいのだから。
それに、淫魔族は血族を重視する。半分人間の血が混ざったヴィスが君主になるには、反発を招きかねない。
「それよりも、俺サマのカラダの方だよな…ったく、どーしようかなぁ☆」
まるで他人事であるかのような口調をしているヘルツバールに対し、アルゲベルトは眉をひそめる。それに対し幻獣王アルクレアラは冷静だった。
「イリュジオンとロワンモンド、そのすべては貴方様のものなのです。如何様にしようが貴方様の自由」
「ソレハ分かっているよ。でもサーー」
「ーー俺は ”あいつら” とは違って、この二つの世界に愛着を持ち過ぎた。今さら見捨てようなんて思ってないよ」
”あいつら” とは誰なのか? アルゲベルトがいくらヘルツバールに尋ねようが教えてくれないその存在は、この二つの世界にどのような影響を及ぼしているのだろうか。
「ずっと、俺と同種である ”アルノマル” を見てきた。あいつらが死んだのも、きっと俺のせいだ。だからこそ、世界は美しいんだよ」
「ヘルツバール、それは…言い過ぎだ」
「だってそうだろう? アルノマルは精霊の生まれ変わりだ。あいつらは人間に失望している。だが、それでも人間に転生してくるのは…俺が人間であるゆえだ」
精霊はロワンモンドでの神だとヘルツバールは断言している。ロワンモンドの神であるはずのソリテュードですら否定しないのだから、そうなのだろう。
ロワンモンドもイリュジオンも、多神教だ。ただし、それらを取りまとめているのがソリテュードとギネフェルディーナの兄妹ということになる。
「本当はな、幻妖と人間の間には子供は生まれない。俺がいるからな。だが…アルノマルの死に際を見てきた俺は、それでも同種の存在を欲しがった。ヴィスはそうして産まれたんだよ」
まるで自虐するような口調で、ヘルツバールは続ける。その様相にアルゲベルトは心配を催さずにはいられなかった。
「結局、すべての原因は俺なんだぜ」
つまるところ、ヘルツバールが願ったことで半幻妖であるヴィスは生まれたと言っているのだ。
「それならば、良いことではないか。結果はどうであれ、生まれる命には救いが与えられなければならない。子供を可愛い、守りたいと思うのは当然のことではないだろうか」
「………なら、あの男のヴィスに対する態度はどう説明すればいいんだァ?」
「ヘルツバール」
ヘルツバール・ラバス・ロワイヨムは、二つの世界を結ぶ、軛だ。彼がいなくなれば、二つの世界は同時に消滅してしまう。それは全く変わっていない、概念のようなものだ。
軛にかかり続けている負担。それをソリテュードは変えようとしている。トモエのことも…そうだ。
「まあ…今更だ。もう変えられない。行くぞ、アル、クレアラ」
「御意」
「………ああ」
彼は自分たちを従えていた。自分たちも従わざるを得なかった。これは自分の意思だった。
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「どうしたんダァ?」
動揺している鞆絵の元に、ヘルツバールはやってきた。鞆絵は慌てて立とうとするところを、ヘルツバールは無理矢理制した。
「トモエは神族の契約者ダ。俺サマに気を使ウ必要ナンテ、どこにもナイはずダ」
「そんな、そんなことを言ったってーー」
「またテューのヤツが余計なコトを言ったカ」
「ラバス様、どうしてそのようなことがーー」
「付き合い…長いしナ。このクライ、ナンテことはナイ」
そう言って、ヘルツバールは笑った。
「あいつは、トモエを次代アルモニーの長にしようとしているらしいな」
その言葉は、トモエとアベルに新たな衝撃を与えた。
「まさか…」
「トウゼンだろ? 竜族よりも神族のほうが中立性がアル。女神様を掲げてイルならトウゼンだよな?」
自分たちより幻想世界の神様であるギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムを長に抱える神族のほうが、アルモニーの長に相応しいとヘルツバールは言っているのだ。
「それニサ、竜族はこれから中立じゃア無くなる」
「何を…」
「淫魔族を敵に回すならトウゼンだよなア!?」
淫魔族を敵に回すことが竜族の中では決まっているらしい。いや、ヘルツバールが勝手に決めたのだろうか。真実は闇の中だった。
「ヘルツバール様」
「ナンダ?」
「淫魔族は皆の敵になるのです。それでも中立を破るとはいえるのでしょうか?」
皆の敵になるというのならば、中立性もありはしない。アベルはそう述べていた。今回のことで長年中立性を保ってきた竜族がそれを破るとなると…内部での反発が激しくなるのではないだろうか。果ては、アルゲベルトの君主退任さえも…
「いえるサ。あそこハ竜族ほどでもナイガ、鉱物の聖地であるカラな」
鉱物量は竜族が圧倒的に多いのだが、山の上に過ごす竜族よりも、平地にいる淫魔族のほうが便利であるということは事実であった。実際鉱物の輸出量は淫魔族が一番である。敵対することでモロに被害を受けるのは鉱物を加工したりする技術に富んだ小人族だ。それこそ今回の件で小人族は中立を保つかもしれなかった。
その考えを伝えると、アベルは納得した。神族は自給自足で成り立っているため、貿易に関することは疎い。
「言っとくガナ。これは昔っカラ…それこそアルが君主に即位して中立でイヨウとキメタ時点からキメテあった。誰にも指図はデキネェよ」
ヘルツバールはこうなることを予測でもしていたのでもいうのだろうか?
アベルには分からなかった。
幻想世界での女神の付き人であるアベルにとっても、このヘルツバール・ラバス・ロワイヨムのことについてはギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムと同等くらいに理解しかねた。
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「まったく…この愚娘が!!」
始まる、折檻。夫への苛立ちを娘である自分に向けているのは理解できた。結局のところ、この人はただ可哀想なひとで、悪いのは自分なのだから。
自分が優秀だったなら、夫にも見放されることはなく、レジニアにも愛情を注ぐことができたのだろう。それは可能性の話、空想上の話で終わる話だったが。
「ちっ…」
反応をよこさない娘に対し、苛立ちをさらに募らせたあと、母親はそっぽを向いた。
母親が去ったあと、娘は目を開けた。
(………)
気になるのはヴィス・コルボーという、自分の弟…だと思われる存在のこと。父親に縛られ、身動きもできない状態に追われ、今どうなっているのか。
(そうだ。連絡を…)
レジニアに魔封じの類は一切通用しない。父親はレジニアのことを見下していたため、その本当の意味を分かっていなかったのだ。
(エフォール…)
彼に助けを求めても、何もならないことはよく分かっている。でも、それでも助けてほしいと願うのは、一体どんな感情であろうか。
彼は、自分の悲痛な願いに応えてくれるだろうか。




