54 真に愛する者は真に罰する
新章です。
サブタイトルは 可愛い子には旅をさせよ と同じような意味合いです。
どこか分からないところを彷徨っていた。
自分の下にいるのは見知らぬ女。血塗れのまま息絶えていた。
『…成功だな』
何かを拾い上げ、笑う男。
『まさか成し得ることが出来たのか…これは収穫だ』
『お前は歪だ。初めから因果を背負っている。普通の人生は送れないだろう』
それを祝詞のように呟いた。
『何をしている?ーーほう、力を顕現させたか。面白い』
『………』
その男は度々、その子供の元にやって来た。子供はそれに対してさほど反応を示さず、男に対して赤い瞳を向けていた。それに対し、男も赤い瞳で応対する。
『ふむ、今のところ出生してまともに育っているのはお前だけだ。さすがにその小さき身体では負担になるか』
『………』
『気になるか? 歪な繋がりだ。それを好む者がこの世界にも、もう一つの世界にもいるということが信じられないな』
『………』
『ましてはお前は半の身。そのような不安定な真似は出来ん。折角育った実験体を失うのは辛いところだ』
『………』
『しょうがない。育つまでひと時待つとするかーー好きにしていいぞ。この場所にすむ生きとし生けるものを。私はそれを歓迎しよう』
その子供は何も知らされなかった。知っていたのは自分の力が自分以外の他者に影響を及ぼすことだけ。それを使い、他者に何かをさせることによって、その子供は生きるために必要なことを覚えていた。ただし、それを実践できる相手がいなかった。自分の思い通りに相手を行動させる能力を持つ彼であるが、時たまやってくるその男だけが自分の思い通りになれない存在であった。その男は彼が行動を起こそうとする前に意味不明な言葉を投げかけて勝手に去っていく。
そういった日々に新たな風が吹いてきた。
『…ホォ、珍しいナ。こんなところニ子供がイタとは』
いつもやってくる男とは別の赤髪の男が眼の前に現れた。
『これも、お前の仕業カ?』
『………』
『どうシタ?』
『………ぁ』
初めて自分の思い通りにならない ”他者” に対してその行為をしたように思えて、子供は目を見開く。
『ぁ……あ、ああーー』
『残念だがな、俺には干渉系の魔法は通じない。体質なんだ』
『………?』
『もし他に魔法を持っているなら、俺に怪我でもさせると良いさ』
『……っ!!』
『出来ないか? なら…アル、お前はどう思う?』
赤髪の男は見知らぬところにいる誰かと会話しているようだった。
『まぁ、連れて帰るかーーなに、能力は謎だが、俺には効かないんだから俺が保護すればいいだけのこと。この子も ”アルノマル” だろう』
彼は子供に手を差し出した。
『俺は、クレアシオン・ヘルツバールだ。普段はヘルツバール・シエル・ロワイヨムって名乗っている。お前、名前は…?』
子供は無言のままだった。
『無いか。なら、どうしようかな…お前は黒髪だから、鴉、コルボーはどうだ?』
彼は頷いた。
『じゃア、お前の名前はヴィス・コルボーだな。鴉は不幸の象徴でもあれば幸福をも招くと言われている。お前にはピッタリだろう? どうだ?』
子供はもう一度頷き、彼の手を取った。
『決まりだな。お前には、誰よりも幸せになる権利がある。この俺なんかよりもーーなってくれよ…頼む。そのためだったら俺はなんだってやる』
その時から、子供はヴィス・コルボーになった。
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「大丈夫ですか?」
ヴィスは目を覚ました。
「貴女は…何者?」
「私? 私は淫魔族の幻妖、レジニア・ソワンと申すものです。貴方はーー」
「ヴィス・コルボーだ」
「………っ」
レジニアは息を詰まらせた。
今までの記憶が一切ない。それに、ここがどこなのか分からない。身に覚えのない場所だった。
「ここは…?」
「貴方は、ここがどこか分からないのですか? …まさか」
「っ! ディーナ…ディーナはどこだ!?」
ヴィスは急に慌てだした。その状態を見つつレジニアは考える。
「ディーナ…?」
「お前たちの神様だ」
「神様…ギネフェルディーナ様のことですか? それなら、我らが王イディオファナ様が婚姻の手続きをーー」
「あいつが…まさか!」
レジニアは困惑していた。父親とは違う。でも似すぎている。瓜二つと言っても差し支えのない端整過ぎる容貌。自分にはないもの。
「落ち着いてください。私は困惑しています。貴女のような…王に似たようなものがーー」
「待て。どういうことだ? 俺の顔は髪で隠れているはずだが…」
「あっ、済みません。たまたま…見えてしまったのです。元々…魔法無力化の能力があるようなので、魔力で隠していたとしても本来の姿が見えるのです」
「無力化…? 特殊だな」
「そのおかげかこのザマです。どうしようもないですけどね…」
乾いた笑みを浮かべるレジニア。その様子にどこかしらの共感を感じたヴィスは彼女に向き合うことが出来た。
「顔を良く見せてくれませんか?」
あまり気は進まなかったが、無力化が催す効果を考えたヴィスは、自分の顔をレジニアに見せた。
「やはり…王にそっくりです。あの方に、血縁がいるとは聞き及んでいませんが…」
「王、イディオファナ・エロン・ロワイヨムのことか?」
「ここでは危険なので、私の部屋に行きませんか?」
「………」
「ふふっ、警戒しているのですか? 私はそういうことはしませんよ」
レジニアは茶目っ気のある笑みを浮かべた。そんな彼女に対してヴィスは若干緊張感を保ちつつ、ついて行く。
気をつけながらも、二人は移動していく。レジニアの動きは確かで、この宮殿の構造を熟知していた。普通の淫魔族の幻妖ではないだろうとヴィスは思った。
「ここは淫魔族の本拠地、君主城です」
「…俺は、何でここにいるのか分からない」
「多分…淫魔王に関係しているのでしょう」
レジニアはそう言った途端、顔を曇らせた。ヴィスも何者かの気配を感じ、身構える。
「その通りだ」
「っ!…」
「魔力を解かれたと思ったら、お前だったか。ふん、どこまでも厄介なことをーー」
その男は唐突にそこへ現れた。その姿に、ヴィスは取り乱したように顔を振る。
「おい、お前! どうしてここに連れてきた!!」
「………」
「っ…本当に、あれが俺の記憶なら…お前が俺の父親ということにーー」
ヴィスはその男の顔を思い出していた。自分と同じ、黒髪紅眼の男はヴィスのことを見た。
まるで映し鏡のようだと、ぼんやりと思ってしまった。
「そうだ。どうやら洗脳が解けた影響で記憶が戻ったようだな。だが、解けたならかけ直すだけのこと」
「ちっ!」
ヴィスはその男ーーイディオファナに殴りかかった。地面に押し倒すことには成功したが、身体を殴り飛ばすことはできなかった。イディオファナは物理的には何も動いていない。だが何かしらの力が働き、自分の行動を押さえつけているかのように拘束してきた。
「ふっ、それくらい反逆的な方が良い。そちらの方が…洗脳のしがいがある」
「っ!…うっ、ああっ!!」
「ギネフェルディーナはお前がいないと目を覚まさないらしい。だが、逃げられては困るのでな」
ヴィスは頭を抱え、苦しみ始めた。その間に、イディオファナはヴィスの手から逃れた。
ヴィスの瞳が黒色から紅色に変化している。あまりの苦しみ具合に心が痛んだレジニアはヴィスの方へ手を伸ばそうとした。しかし、その腕はイディオファナによって阻まれた。
「お前を母親の場所で軟禁する。ヴィスに会ってもらっては困るのでな」
一定期間苦しんだヴィスは、突如糸が切れたかのようにイディオファナの方へ倒れ込んだ。イディオファナはそんなヴィスを片手で抱え、もう一方の手で頭を撫でた。
「連れて行け」
兵を呼び、レジニアは連行された。その間、ヴィスはイディオファナに抱きかかえられたまま、全く動かなかった。




