53 もし山が我々の方に来ないなら、山の方へ行かねばならぬ
「レジニアによると…イディオファナ様の双子と思わしき者と遭遇したと」
「そうか…ヘルツバール」
「わかっテるサ。すなわち二人は無事だ…ってことダナ」
訳がわからない皆んなに対し、ヘルツバールは珍しく真面目に説明を始めた。
「ヴィスを見つけたあの日、俺はアルモニーの敵対組織を潰そうと思った。だが実際にはその組織はイディオファナの洗脳下に置かれていた。やつは人間と幻妖の配合実験を行っていたその組織に興味を持ったんだ。で、俺がやってきたときにはもう…」
リョクが怪訝な表情を浮かべている。
「淫魔王がロワンモンドに興味を…?」
可能性としては一番あり得ないと思われていた組み合わせだった。彼は一度もロワンモンドに対する興味を示したことがない。いや、なかったはずだ。
「そのときにはレジニアは放逐されていた。奴は自分に従う傀儡が欲しかったんだ。それがヴィスだーーあいつには元々魅了の力があった。それは…洗脳の一種でな。あいつと…イディオファナの洗脳の魔法と同等のものだ」
一度切ったヘルツバールだったが、吐き出すかのようにその真実を出した。
「ヴィスはイディオファナの実の息子だよ。しかも人間との間に生まれた半幻妖だ」
鞆絵は周囲が再びざわつくのを感じ取った。違う世界に住む者の子供。にわかには信じられないことだったが、そのようなことがあり得るのだろうか。
「嘘でしょ…だって確かイディオファナ様って、人間を軽蔑しているんじゃなかったのかしら? ヘルツバール様、貴方だってーー」
「そう、そこが問題なんだ。ヴィスはイディオファナの力を継いでいる。だが半幻妖として、人間の血が入っているヴィスを軽蔑している。だからこそあいつは、自分の息子を俺に投げて時間が経ったら奪還するつもりだった。俺と出会う前にイディオファナはヴィスに強力な洗脳の魔法をかけていた。ヴィス本来の力が制御できないのはそこと関係ある」
「ということは…ヴィス・コルボーはイディオファナ様に洗脳されているってことですか?」
「今は…そうだ」
その言葉に、リョクは過剰になった。
「ヘルツバール様、あそこには主君もいるのですぞ! もしあいつが主君を害することがあればーー」
「アベル殿、それはさすがにないかと。淫魔王は前からギネフェルディーナ様との婚姻が目当てであったはずですし…ヴィスが淫魔王の支配下にあるのは、ヴィスが脱走することを防ぐためでしょう。幸い、私との仮契約はまだ切れていない…」
「ということは、今まで私が見たヴィスさんの魔法はアルゲベルト竜王の仮契約によるものですか?」
「察しがいいなトモエ。そういうことだ」
そう考えると辻褄があう。ヴィスはギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムと解約したあと、アルゲベルト竜王と仮契約して、いかにも竜族の幻妖と契約しているようにみせかけていたのだ。
「取り敢えず…イディオファナ様の洗脳の魔法を防がなければ、彼が幻想世界の覇者になるということですね? それで、ここにいる皆さんが協力して対抗する…ということで宜しいですか?」
「そうだ。だが、現時点ではイディオファナの洗脳の魔法に対する策がほぼない」
「俺サマがイディオファナの元に行って転移させれば話は早いんダガ…身体がボロボロなんでナ」
「イディオファナよりも強力な力を持つ者が対応、もしくは抵抗出来る可能性が高い。例えばーーアベルとトモエ。お前らとかな」
ソリテュードは試しにきた。
「待って頂戴! もし洗脳でもされたらどうするの!? 私たちでもあれは治せなかったのよ!! 危険だわ!!」
治療のスペシャリストである導師族でも治せない魔法。それを治せるものがいるとしたら、それを教えたギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムだけなのかもしれない。その彼女を治療したテューについてはよく分からなかったが。
「ヴィスを奪還しろ。ギネフェルディーナには洗脳は効かないから、イディオファナはヴィスを人質に結婚を要求している可能性が高い。イディオファナと結婚する場合だと…君主を招かないわけにはいかないだろうし、洗脳の魔法はイディオファナ自身が目で見なければ効果がない」
「結婚式のタイミングで奪還しろだと…? バカな!」
「アベル・エーグル。お前だけで淫魔族を相手にするのか? 神族であるお前がそのような無謀な手段、果たすわけには行くまい」
神族は幻想世界の秩序を守ってきた。その秩序は公平に振る舞わなければならない。今回の場合だと、無理矢理淫魔族の領土に侵入した場合、淫魔王から異議申し立てをされる可能性がある。それに主人であるギネフェルディーナからそれに関する証言が聞けていないのもネックだった。イディオファナに無理矢理攫われたという証拠が今のところ一つもないのだ。
「こうなった以上、俺が表に出るしかあるまい。ここにいる人数なら幻想世界にいようが、洗脳の魔法から守れるだろう。本部はシオン様の結界があるし、ここにいれば安心ではあるが…」
「こちらへ避難させた方が安心ですか?」
「そうなるな」
「なら、蟲族はその手配を致しましょう。とはいえ…我々は弱者ですから、ロワンモンドに来るのに耐えられるか…」
「そこも問題だよな。それはシオン様の体調次第だな…」
「キビシイかもしれナイ。でも、幻想世界の崩壊は…今回の邂逅のおかげで免れたハズだ。取り敢えず…最低限のことダケハーー」
ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムが一歩踏み出し、嘗ての恋人と再会した。これにより確かに彼女の感情は動いた。それはリョクも確認している。ただし、彼女はまだ目覚めていなかった。
彼女が目覚めたとき、事態はどう動くのだろうか。鞆絵はまだ予測できなかった。
「リョク、貴方はどうするの?」
「竜族に協力して情報を集める…しかないかな。幻獣王が言っていた通り、こういうときの神族の動きは鈍いからな。単独では動きようがない」
「ロワンモンドには戻る?」
「あちらは待機を命じておくことにする。あそこにいたところで…どうにもならないからな」
一旦、休憩が取られた。各々が話し合うための時間だ。
ヘルツバールは竜王アルゲベルトと幻獣王アルクレアラを連れて、どこかに行ってしまった。テューはこの場にいる。
「俺の言ったことは考えてくれているか?」
「お前…トモエに一体何をさせるつもりだ?」
「…シオン様の身体を見ただろう? あれ以上御負担はかけられない。ヴィスも望んでいない。だからトモエ、お前を頼っている」
「私が…?」
「そうだ。今やお前は二つの世界を左右する者の一つだ。お前の行動によって二つの世界がどうなるか…決まる可能性がある」
これでこの章は終わりです。
これ以降の更新ですが、ストックがないのと作者が忙しいのが重なって、非常に遅くなります。ご了承ください。




