51 親の愛は下に下りる、そして遡らない
「さてーー」
鞆絵は見渡した。
この場に居るのは自分、リョク、樟葉。そして鞆絵から見て右奥にレイアーナとクロード、右手前にリジニスと彼の隣に座って居る見知らぬ老人。彼はリジニスの契約している幻妖、ルカン・メールか。正面一番奥に座っているのはヘルツバール、その両隣に立ってるのが竜王アルゲベルトとテュー。アルゲベルトの近くにいる見知らぬ青年。左手前には金狼王グランド。
(あそこにいるのはアルゲベルト様の御子息であるエフォール・シエルだ)
リョクが鞆絵と面識のない青年ーーエフォールのことを説明した。
この部屋は食事会でも出来そうなほどの広さを持ち、これだけの面子が居てもまだ余裕があった。鞆絵はリョクに連れ添いレイアーナとクロードの近くに座った。樟葉もその隣、なるべく竜王に近い位置を取った。
「あとハ、クレアラか…」
「ヘルツバール殿、本当にアルクレアラ女王は来られるのか?」
そう発言したのは、ルカン・メールと思わしき老人だった。その声音には詰問の様子を見せず、好奇心だけが渦巻いている。
「ルカン。そう慌てルナ。彼女は定刻通りに来るンダ」
鞆絵がやって来たのが丁度3分前だった。ヘルツバールの言うことが本当なら、もうそろそろ来るはずだ。
と、鞆絵が来て閉まったはずの扉が再び開いた。
現れたのは2メートル以上もある長身の美女だった。真紅の髪を床まで垂らし後ろの一部分を編んで結んで居た。まるでヘルツバールを模倣しているかのようだった。背中からは身長以上の大きさもある大きな翼が折りたたまれてあった。
「アルクレアラ、只今御身の元に参上致しました」
「済まないナ。ロワンモンドの方に呼んでしまってヨ?」
「いえ、貴方様の御元であれば、どこへでも参上する所存です」
頭をヘルツバールに垂れて、彼女は忠誠の意を示す。
「…貴方様の護りし子供はいらっしゃらないのですね」
「アルクレアラ。ヴィスなら俺の妹のところにいる。用でもあるのか?」
「いえ…」
「まア、とりあえず座レ…とお前ニハ言えないからナ。燃えてしまうシーーとりあえずこちらニ来いヨ」
その意に従って、アルクレアラはヘルツバールの元に寄った。鞆絵は周囲が騒ついていることに気がついた。
(彼女のこちらの姿は俺も見たことがなかった)
(そんなに珍しい方なの?)
(ああ。基本的にアルクレアラ様はヘルツバール様としか接点を持ちたがらない。ヘルツバール様の崇拝者みたいなものだ)
幻想世界ではギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムが神様のようなものだと聞いていたのに、アルクレアラはヘルツバールの方を崇拝しているという。何ともおかしな話に…思えた。
「これで全部だな。シオン様、宜しいか?」
「あア。さて、どこカラ話すべきカ…」
「トモエ」
「あっ…はい!」
急に自分の名前を呼ばれ、驚いた。
「どこから知りたいか?」
「え、えっと…」
何がなんだか分からない状態だった。だが、前日リョクとも少し話をしたが知りたいことはたくさんあって、未だに接点が見つかりそうになかった。
「ヴィスさんは、以前ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様と契約してて、リョクの介入もあって解約して…それでも大丈夫だったのは "アルノマル" のおかげだって聞いたんですけど」
「そうダ」
「 "アルノマル" って、何なんですか?」
鞆絵の質問に、少し間を置いてヘルツバールは解答した。
「アルノマルというノハ、簡単に言えば魔法を使える人間のことだ」
「魔法を…使える?」
「故に、死にやすい。幻妖からも、人間からもな」
憎悪と侮蔑の込めた声でヘルツバールは続ける。その対象は一体…誰だろうか。
「幻妖からは餌とされ、人間からは異端者として排除される。ロワンモンドにも幻想世界にも安らげる場所はないーーそれが俺ら、アルノマルさ」
それから、ヘルツバールはヴィスとの初めての出会いのことを語り始めた。
「ヴィスとはアルモニーの敵対する組織の中で出会った。俺がたまたま立ち寄ったときのことだから本当に偶然の出来事だったよ。だが、その組織では非人道的な行為が繰り返し行われてた。
人間と幻妖との交配。交配させて生まれた子を戦力にするつもりだったらしい。けれどそんなことは簡単に出来るわけがない。そう……俺がいる限り、簡単にはーー」
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「………誰だ?」
尋常ならざる気配にヴィスは振り返らずに答えた。
目の前にはディーナがいる。彼女のことを今度こそ護らなければならなかった。
「私のことを忘れているのか。まあ、しょうがないな。私がそうしろと命じたのだから」
そう言って、彼は嘲笑する。
「私に抗おうとしても無駄だーーさあ、城に戻るぞ……結婚式の準備だ」
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「ヘルツバール様!」
ヘルツバールの使用人はヴィスとギネフェルディーナが消息不明になったことを伝えた。
「何だと! どこにもいないのか!? まさか…あいつ!!」
立ち上がったリョクは声を張り上げ、苛立ちを示した。それに対してヘルツバールの方は冷静だった。
「場所は分かってイル。だからみんなを集めタんだ」
「何だと…まさか………いくら貴方であっても我が君を独り占めするようなことがあればーー」
明らかに狼狽しているリョクに対し、テューが加勢する。
「落ち着け、アベル・エーグル」
「落ち着いてなどーー」
「この世界は俺の領域だ。身動きを取れないようにしてやろうか」
テューの口から不意に発せられた威厳のある声に、リョクは竦んだ。
「リョク。ここは落ち着いてラバス様たちのお話を聞こう? こんなふうに言ってるってことは最悪の事態は避けられているはずーー」
ギネフェルディーナのことは知らないが、ヴィスのことに関しては鞆絵は知っている。もしヴィスに危機が迫った場合、ヘルツバールはこんなに冷静ではいられないだろう…多分。
「アベル」
「………」
親友であるクロードもリョクに対して宥めるように呼びかけた。
「………あぁ」
「危害は加えられていない。これは…お前なら分かるだろう?」
ギネフェルディーナが危害を加えられた場合、幻想世界はただごとでは済まされない。そうなったら、部下から連絡がかかる。テューはそのことを暗に言っていた。
「ソリテュード・パン。私はあなたが主君の兄君であるということが受け入れがたい」
「…そうだろうな。何なら幻想世界のやり方のように、実力行使でも構わないがーー」
「アベル・エーグル。ソリテュード・パン…いや、シゴーニュ・テュードゥヌス様がギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様の兄君であることは事実だ。私が保証する」
「アルクレアラ様まで…」
「言っておくがでたらめの類いではない。更にはシゴーニュ様はこのロワンモンドの神だ。イリュジオンとロワンモンドが繋がっているのは知っているだろう? これはこの二柱が御兄妹であるゆえだ」
「………」
「御兄妹ゆえに二つの世界が繋がっているのですか?」
「そうだ。クロード・グルー」
その言葉にクロードは考え込む仕草を取った。
「…ちょっと信じられないですね。とりあえずそのことが事実であるということと仮定して、これだけのメンバーを揃えた意味を早く教えて頂きたい。私も…主君の御身が心配なので」
告げられた側は皆んな困惑していた。テューがこの世界の神様なんていきなり言われても信じがたいことだ。その事実を当人以外である幻獣王アルクレアラが保証したのだからなおさらのこと。
鞆絵も困惑しながら会話の続く先を聞くほかなかった。




