50 すべては結局わかること
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
「樟葉さん」
翌日。樟葉の方から会いに来てくれた。
リョクは早々に主君のギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの容体を自分の目で見るために、不在だ。
「調子はどうですか?」
「快適ですよ。幻妖たちもそう言っています」
「彼らは参加するのですか?」
「…いえ。面子が面子ですからね…気圧されるのではないかということで、私が代表で参加する形になるました」
蟲族の幻妖は弱い。そのため、力の強い幻妖と一緒に長期間いると体調を壊す幻妖が出てくるらしい。また捕虫されてしまうかもしれないという本能的な察知から、逃げる幻妖も存在するらしい。だからこそ蟲姫はそれらの対応もするのだと。
(それって、身代わりなんじゃ…)
そう鞆絵は思ったが、樟葉は全く不満の形相を帯びておらず、平然としていた。
そもそも日本人形のような美しい顔立ちをしている樟葉は、あまり表情を変えることはない。その場に佇んでいたら本物の人形と勘違いしてしまうかもしれないと思うほど、表情は希薄だ。ただ声音で表情を出す。
「樟葉さんは…楽しいですか?」
「どういった意味でしょう?」
「過ごす日々…というか。契約者としての毎日に」
「うーん、難しい質問ですね」
樟葉は首を傾げた。ストレートで長い黒髪が顔に合わせて傾く。
「確かに鞆絵さんの思っている通り、契約して後悔する契約者はたくさんいます。ですが、幻妖側に後悔をする者はあまりいないんじゃないでしょうか」
「…そうなんですか?」
「彼らは自分が真に望まないと契約しませんから。稀に性格の不一致などによって契約したのを後悔する幻妖もいると聞いたことはありますがーー私はまちまちでしょうかね? 見る人によって変わるでしょう」
樟葉は曖昧な言葉で濁した。
「私の場合は周囲に望まれてこうなったんです。そこに私の意思は入っていません。そんなことは…考えもしませんでしたから。でも、こうして貴女のような人に出会えたのは非常に幸運だと思っていますよ」
「樟葉さん…」
鞆絵の中で嬉しい気持ちが込み上げてきた。
「ぜひ樟葉と呼んでください」
「じゃあ…樟葉。私も鞆絵って呼んでください! これで友達ですよね!!」
「えっ、今まで友達じゃなかったんですか?」
とぼけた口調の樟葉に対して、鞆絵はおずおずと話しかける。
「これからも、お話を聞いてくれますか? 私、ここでの同性の友達ってあんまりいなくてーー日本にいたときも仲のいい友達はいなかったんですけど…」
「勿論。いつでも相談してください。私は普段、幻想世界にいますが貴女なら…君主は通して下さるでしょう」
+++
「トモエ」
友人となった樟葉と談笑していたら、リョクことアベル・エーグルが近づいてきた。
鞆絵は樟葉の顔が若干強張ったのを目にした。
「蟲姫と話していたのか?」
「うん、そうだよーーリョクは? ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様の体調は…」
「一旦クロードに預けてきた…一応言っておくが会談にヴィス・コルボーは出ないだと」
「なんで…」
「ソリテュード・パンが言うに、あの男はほぼすべてを知っているだと。だから会話に参加する必要はないらしい」
そうリョクが言うと、樟葉は納得したようだった。
「そうでしょうね。彼に関する隠していた話を公表する訳ですから…彼からしてみれば決していい思いはしないでしょうね」
「樟葉…」
「誰にも詮索されたくないことは1つや2つあるでしょう? しかも長き時を生きる契約者なら、なおさら」
「あの男はまだ若いけどな」
「とはいっても、ラバス様のコルボーさんに関する過保護ぶりは尋常ではありませんから。私が初めて見かけたときから、変わっていませんよ」
「そこも…話してくれるのかなぁ?」
「今回のことと関連性があるなら、きっと話してくれるでしょう」
樟葉の表情は、若干曇ったままだ。
「蟲姫。貴女はどう考えている?」
「私はーー100%関連があると思っていますが」
「俺もそうだ」
「今回の会談であえて公表しようとしているわけです。しかも面子から見るに…」
「そうだな。何か主君とは違う別の状況が…絡んでいるに違いないな」
黙った2人に対して、鞆絵は感心していた。
「2人ともスゴイね。私はそこまで考えつかないよーー私は…ただヴィスさんを救いたいだけ。あと、ヴィスに関わっているギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様とも話をしたい」
「…鞆絵。貴女にはその権利がある。なぜなら貴女はアベル・エーグル様の契約者コントラクターなのですから」
権利が得るためには覚悟が必要。それはリジニスとの会話で確認していたはず。けど、リョクの立場を利用したかのようで、気に食わなかった。
鞆絵は樟葉とは違って、表情の変化を隠すことは好いていない。だからこそ、容易に他人に考えが読まれてしまう。そのことを鞆絵は嫌がっているわけではなかった。
「嫌なことばかりではありませんよ」
「そうだトモエ…俺もいる。今後のことはゆっくりと話し合えばいい。時間はある」
こういう風に誰かに理解してもらえるから。隠す理由も思いつかなかった。
「そろそろ行くぞ」
「…うん」
こんなとき他人の存在がとても頼もしかった。
+++
集合場所はヘルツバールの自宅だ。どこに集まっているのかは分からなかったが、鞆絵たちの顔を確認した使用人が先導してくれた。
「これは…」
リョクが驚嘆している。そういえばここにくるのは初めてだったっけと鞆絵は思った。
(幻妖と芸術の感性は共有出来るんだね)
ヘルツバールの造る芸術は万人が驚嘆する出来だ。良い悪いよりも超越して先に訪れる感情がそれであった。
「私、芸術はからっきしなんだよね…」
「教えましょうか?」
「樟葉?」
「絵画ではありませんよ。ただ、日本舞踊なら私にもできますから」
「舞踊!?」
一体樟葉はどの時代に生まれた日本人なんだろう。日本舞踊は今の時代、ごく限られた人しか知らないというのに。
「日本人の感性って、外国人には分かりづらい気がしますから…」
「それは…そうだね」
「だから私としても、教えるなら同じ故郷の人に教えたいと思っています」
逆に鞆絵には樟葉に教えれることなどなかった。あるとすれば………現代機器の扱い方? スマートフォンは両親が亡くなってからというもの連絡する相手がいないため宝の持ち腐れ状態であり、パソコンは…自分の部屋にあるがーー
「トモエ」
「なに?」
「背伸びをする必要はないーー言っただろう? お前はお前なんだ。これからは…やりたいことをやりたいようにやればいい。俺も協力する」
契約したことで自分の気持ちが簡単に契約相手に伝わるようになったのかは謎だったが、このリョクの発言は的確なアドバイスだった。
「…ありがとう」
取り敢えず鞆絵はリョクに対して、お礼を言うことにした。
そんなこんなしている内に皆が集まっている場所へと着いてしまっていた。
非常に大きな扉が開かれた。
これからが、本番だ。




