49 すべては過ぎ、すべては忘れられ、すべては滅する
「グランド殿、ロワンモンドは初めてであろう?」
「はい」
グランドはアルモニーの本部の光景に目を見張っていた。そんな彼を見ながらアルゲベルトは落ち着いた口調で話し出す。
「この場所は自然を愛する貴方にとっては住みづらい場所でしょう」
「竜王、私の部下は…」
「あなたの部下は完全に淫魔の王の術中に嵌っています。ヘルツバールが言うには淫魔の王の力が一切及ばない場所、狭間の世界に幽閉したままだと」
「 "ハザマノセカイ" …?」
「先ほどまで私たちがいた場所です。グランド殿、世界は私たちの世界とロワンモンドの二つではなく、 "狭間の世界" も入れて三つ存在するのです。この場所はロワンモンドですが、狭間の世界と密に繋がっています」
アルゲベルトは草原が生えている場所へとグランドを案内した。ここには狼族とは有効的な幻妖の契約者だったり、幻妖本人も存在していて、談笑していたりした。
そんな彼らが、竜王と金狼王の姿を見つけたことで一気に緊張が走った。君主は幻想世界では有名人である。特に竜王に関してはアルモニーのトップであるヘルツバールの契約している幻妖である。こんなふうに空気が変わるのはいわば当然であった。
彼らは一様にして君主に話しかけてきた。ここにくるまではアルゲベルトが気を利かせて人や幻妖があまりいない場所、すなわち抜け道を通ってここまで案内してきたため、あまりすれ違うことはなかったのだ。
「アルゲベルト殿、我はどうしたら良いのか分からんのだ」
一通り挨拶を終えたところで、草原に座り込んで話し出した。君主の命で誰にも近づけないようにして、アルゲベルトが防音の魔法を張った。
「我はギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様を傷つけ、更には貴方の盟友まで怒らせている。今、かなり罪悪感に打ちひしがれているのだ。それに我の大事な仲間まで……取り返しのつかないことをーー」
「金狼王。少なくともヘルツバールについては大丈夫ですよ。ヘルツバールの中で多少の禍根は残るでしょうが、故意ではないことは本人にも分かっています。許されざるは貴方を操ってその行為を強要した、淫魔の王イディオファナ・エロン・ロワイヨムですーー私も…娘をイディオファナに洗脳されて……当初は私の力で無理矢理閉じ込めていたのですが、激しく抵抗するので、今は貴方の部下と同じく狭間の世界に幽閉させてまして…回復の兆しが一切みえないのです」
「娘…を?」
グランドにもたくさんの子供がいるため他人事のようには思えない。むしろなぜそんなに感情を荒立たせることなく話すことが出来るのか。グランドは不思議でならなかった。自分ならーー荒れ狂っているはずだ。
「ですが、ヘルツバールは何か抱えているようです。ヘルツバールが私に話すことをせずに何かを抱えこむことはしょっちゅうですが…今回、身体の惨状を改めて見て、ちゃんと聞き出す必要があると感じました」
空を見つめつつも、アルゲベルトは話し続ける。
「言い方は悪いかもしれませんが私はただの竜王、竜族の君主です。死んでも替えがいます。ただし、ヘルツバールはただのヘルツバールではないのです。替えがいないのですよ。だからソリテュードも私もヴィスも、かなり気を使っているのです。それに加えて、ヘルツバールはアルノマルなれど人間ですからーー」
ヘルツバールは噤んだ。一時の間…そして。
「ヘルツバールは…我々 幻妖のことが、誰よりも憎いのですよ」
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「俺は………両親を契約者に殺された。そのとき庇護してくださったのは我々の主君、ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様だ。最初はそこからだったんだ」
プリンを食べ終わった後、リョクは自分のことについて話し始めた。軍服姿の彼と対面しつつ、鞆絵はリョクの話に耳を傾ける。
「神族は他の恨みを買いやすい族でもある。だから比較的力の弱い神族を狙って殺害するケースはそこそこあるんだ。主君は俺を導師族の君主に預けた。クロードとの仲はそこからだな。神族は主君の命令が絶対命令だ。そこに個人の感情を挟むことは決して許されない。その点に関しては…俺は失格だった」
「ギネフェルディーナ様に、恋をしたんだね?」
「なぜ分かる?」
「いや、その流れだったらそういかない方がおかしいんじゃないかって思う」
逆に分からない方がおかしい。鞆絵はギネフェルディーナの姿を遠目からしか見てはいないが、この世のものとは思えない絶世の美女だということだけはわかった。あの美貌なら誰もが欲しがると思うだろう。護ってあげたいような、庇いたくなるような…そんな魅力が彼女にはあった。
「リョクはギネフェルディーナ様に惚れていたのだけど…彼女はヴィスさんに惚れていた」
「ーーああ」
「私には…身を投げ出すなんて、できなかった」
「普通はそうだろう。しかもお前は戦闘経験がほぼ皆無だ。身体が傷つく痛みには慣れていないだろう?」
「だとしても…愛があればーーそんなことも乗り越えられるんじゃないの? ギネフェルディーナ様のように」
「………俺なら、それが出来ていた。でもそれは責務だからだ。主君が傷つけられるのはなんとしてでも避けなければならない」
ああ、なるほど。と鞆絵は理解した。ギネフェルディーナにとってリョクたち神族の忠誠は重すぎるのだ。だからこそ、ヴィスはリョクを "狂信者" と詰ったのだ。
(リョクの話を聞くに、ギネフェルディーナ様は相当お優しいお方だ)
普段ツンツンとしているリョクが惚れる相手である。だから、慈愛に満ちた相手でしかあり得ないんじゃないかと鞆絵は勝手に結論づけた。
(だからこそ、ツラい…)
自分が自由に出来る時間なんて限られるのかもしれない。四六時中守られていては…息つく暇もないだろう。でもそれをリョク本人に伝えるのは躊躇われた。なぜなら、自分も当事者ではないもののリョクことアベル・エーグルの契約者である。ということは既に関係者だ。外側から意見するならまだしも、関係者であるというのに軽々しく意見してはいけないと鞆絵は思った。それは、リョクのことをよく考えているならば、おのずと出る答えだった。
「俺は個人的感情を押し殺して忠実に職務を遂行していた。イリュジオンの女神が特定の幻妖に肩を入れれば、よく思わない幻妖が出てくるのは確かだ。争いごとは主君の御嫌いになられるところだし、俺がその感情を伝えると新たな争いの火種が生まれることは分かりきっていたーーだが、あいつが現れた」
「ヴィスさんね?」
「主君は突如脱走してロワンモンドへ逃亡した。そこでヴィス・コルボーに出会った。俺は諸々の厄介ごとをなるべく早く終わらせてロワンモンドに向かったが時に遅く、主君とヴィス・コルボーは互いに愛し合っていた。しかも契約まで果たしていた」
(ああ…やっぱり)
『確かに、ディーナとヴィスを離すのは正解だったさ。妹は幻想世界の神だ。俺の世界に長居してはいい影響は現れない。だが、別れ方が悪かった。
ヴィス、お前はディーナと解約した。そのあとお前が失意のどん底にいた一方、シオン様は昏倒していた』
ギネフェルディーナを治療し終わった後、テューはそう言っていた。ということは…
「リョクが二人の仲を…裂いちゃったんだね? ヴィスさんに解約を迫って、ギネフェルディーナ様を幻想世界に戻した」
「ああ…概ねそうだ。あいつは当時、幻妖の存在は知っていたが、契約の概念は知らなかったらしい。だから主君の方から契約を迫ったらしいが…当時の俺はそんなことは一切信じられなかった」
リョクは上を向いた。
「悲しんださ。悲しんで悲しんでーーその気持ちをロワンモンドに置いてきてしまった。その気持ちがいつの間にか精霊になっていたんだ」




