47 誰が生き、誰が死ぬものかわからぬ
「トモエ」
「はい」
「ここでアベルと契約しろ」
「えっ!?」
テューはギネフェルディーナに続いて、ヴィスに治療を施した後、鞆絵にそう言い渡した。
「お前たちの契約は今物理的なことで繋がっていて不完全だ。元の場所に戻ったら…いや、戻れるか些か不安だ」
「金狼王はどうなるんですか?」
「金狼王はシオン様がなんとかするだろう。だが今のシオン様にはあまり御負担をかけられない。今、契約しない場合はお前たちのも入れて…御負担が三倍になる」
「私…いや、俺は…良い。あとはトモエ次第だ」
鞆絵はリョクが簡単に了承してしまったことに驚いた。
「えっ! ちょっと…そんなに簡単に決めて良いの?」
「お前だから、頼んでいる。 俺を見つけてもらって感謝しているんだ」
「でも、契約は一生のことで。人間じゃなくなるかもしれないって、テューがーー」
「人間でありたいかどうか決めるのは、そいつじゃなくてお前自身が決めることだろう?ーートモエは俺と契約しても変わることはないと思っているが…」
そのリョクの言葉は、鞆絵を大いに勇気づけた。契約すると、何か別の自分になってしまうのではないかと…ずっと思っていたからだ。
「それに契約してからでも話し合うことは出来る。話し合って…それから決めることもできる」
「仮契約は…」
「仮契約するくらいなら、契約した方が良いと俺は思うが。あと、契約しても精霊との契約とは違って四六時中一緒にいるわけではないぞ」
鞆絵は考える。
いないときはリョクがいないことを悲しがっていた。いるときはリョクと話すのが楽しかった。
ーーなら、結論は…出てるんじゃないだろうか。
「………分かった。リョク、これからずっとよろしくね」
安易な考えだろう。だがリョクは自分の夢想とも思われかねないことに、否定をすることもなく、新たな視点やアイデアを組み込んでくれた。こんな幻妖は…きっと他のどこにもいないだろう。
肯定の意志を表しても、後悔する気持ちは湧いてこなかった。
「どうすれば良い?」
「頭に思い浮かべて願うといい。魔法と同じく意思は形を持ち、実行される」
「じゃあ、トモエも一緒に願えーー俺と、永久にいることを」
「な、なんか…プロポーズの言葉っぽいね」
「………」
リョクは答えなかった。
両手を繋ぎ合わせて、リョクはトモエの目を見て、トモエもリョクの目を見て、同じことを願った。地面に黄緑色の美しい魔法陣が輝き、2人をひとときの間照らした。
「あれ、もう終わり?」
「終わりだ」
「アベル、そしてトモエ。助かったゼ。大分楽になっタ」
ヘルツバールが上半身を脱いだままで近づいてきたので、リョクはトモエを咄嗟に抱きしめて視界を防いだ。
「ホラ、腕がこんなニモ元に戻っタ。さすが神族、ダナ」
「………」
実際、ヘルツバールのそれは両手首まで進行していたが、今は肘のところまでに後退していた。隣にいるヴィスは表情は芳しくなく、黙ったままだ。
「その状態のままで、近づかないで下さい」
「えー、なんデ?」
「ヘルツバール、確かにお前に非はないが…もうちょっと気遣っても良いのではないか?」
「ここデハ、俺サマに性別はないようなモノなんだけどナ…」
「いや、それは知っている。だがそれに抵抗感を覚えるものもいるのだ」
「………」
動かないヘルツバールに、ヴィスが無言で服を着せて事は収まった。
「じゃア、帰るカ」
様々な思惑を残しつつも、その場は瓦解した。
ヴィスはチラリと女神の眠る姿を見たが、すぐに視線を逸らした。
+++
任務も終わった。
ギネフェルディーナはヘルツバールの屋敷で眠りについたまま。その部屋に誰もいないことを確認してヴィスは入る。
「………」
彼女の顔を、久々に見た。
何も変わっていない、美しい顔。
それを一時見つめた後、ノックが鳴った。
「ヴィス、居るだろう? 入るぞ」
「ああ」
入ってきたのは、ヘルツバールだった。
彼以外の者が入ろうとしたならば、ヴィスは拒絶していたであろう。
彼はヴィスから少し離れた場所に座った。その動作は、何も知らないものが見れば身体がほぼ全身木に置き換わっている惨状とは夢にも思わないくらいに、自然としていた。
「アベルから聞いたが、ギネフェルディーナは自分の意思でお前のところに向かい、お前を庇ったんだと」
「………」
「正直言って、俺もどうすれば良いのか分からない。正解の選択肢を選び取ることがどれだけ至難の技か分かっているつもりだ。だがーーお前を死なせはしない。絶対にだ。お前が死にそうになったら、俺が庇う」
「…そんなボロボロの身体でか?」
「俺は人間だ。だが同時にアルノマルでもある。普通の人間や契約者よりかは丈夫に出来ている。お前だってそうだーーだがそれは、他者から疎外されることを意味する。普通に生きることは不可能だ。向き合うのか、向き合わないのかは、お前次第だ。俺は、お前の決めた道を捻じ曲げるつもりはない」
ヴィスはヘルツバールと向き合い、ネックレスを取り出した。
ぶら下がっている飾りはふたつ。一つはヘルツバールが付けているものとまったく同じ、硝子の細工のような鴉の羽根の飾り。もう一つは、ギネフェルディーナが嵌めているものと同じ、指環。
それを見たヘルツバールも羽飾りを取り出し、ヴィスの羽飾りと合わせる。
ーー鳥は翼が二つなければ、飛び立つことが出来ない。
「なら、言うぞ、 "クレアシオン・ヘルツバール" 。俺のたっての願いだーー "頼むから、無理をするな"。お前が死んだら、俺は泣き叫び、狂うぞ」
二人同じものを合わせたまま、ヴィスはそれを言い放った。
「………」
「どうだ?」
「お前がそこまでいうならーー聞こう」
「俺はディーナと話して、何かしらの結論を出す。お前の問題は…それからだ」
ヴィスは "微笑った" 。それがヘルツバールには確かに見えた。
力の封印も催していない以上、今のヴィスは誰かを傷つける可能性があった。だが、彼が望まないことを無理矢理させるつもりはない。
以前はーーしたことがあった。それは彼の幸せを思うからこその行動である。それに反発したヴィスはヘルツバールの庇護から離れて自由になろうとした。その際にーーギネフェルディーナと出逢った。
(そう簡単に…ことが運びわけがない)
ヘルツバールには分かっている。ヴィスが向き合わなければならない相手はギネフェルディーナだけではないことを。
(俺がそれに介入するのは…相応しくない)
関われるとしたら、彼の契約している、あるいはしていた幻妖くらいだろう。ソリテュードの言い分だとギネフェルディーナはそれにいち早く気がついていたそうだから。
(もしギネフェルディーナがこのままの状態で、接触された場合…それでも、俺は介入すべきではーー)
ヘルツバールは悩んでいた。悩んだままでいようとした。だが、自分の状態が周知になった以上、何かしらの行動は起こさなければならないとも考えていた。
(アルと、クレアラにーー話してみるか)
別に話す必要もないのかもしれない。だが、止まったままだった息子同然の存在であるヴィスは動きだそうとしている。
そして、自分が生きられるのもーーもしかしたらあと数年かもしれないと思うと、動いたほうが良いような気がした。
次話から新章です。




