46 神は自らの身内の者を見捨てず
(一体、我は何をしていたのか…)
金狼王、グランド・クル・ルーオール・ロワイヨムは葛藤していた。
この場にいるのは、自分以外だと、ギネフェルディーナ、アベル、ヘルツバール、アルゲベルトという錚々たるメンバーと、ギネフェルディーナの兄を自称する謎の男テューとアベルの手を握ったままのトモエ・マツモトと呼ばれた少女。そしてーーターゲットのヴィス。
(確か、イディオファナ・エロン・ロワイヨム殿と対面したときから…)
大災害のあと部下が報告したのは予想だにしないものであった。淫魔族の王の訪問である。
狼族と淫魔族は仲が良いとはいえない。族領は遠く離れていて中心部にある神族の族領よりも遠い。それはプライドが高い淫魔族が "野蛮な" 狼族を含めた獣の幻妖との交流を嫌ったためである。
遠い昔、淫魔族は獣の幻妖たちを嘲笑し、それに獣の幻妖たちが総意で嫌悪感を示した。だが、さすがに淫魔族といえども彼ら獣の幻妖すべてを敵に回すのは困難だ。そのため当初の淫魔族の君主は譲歩した。しかし嘲笑された彼らの遺恨はおさまることなく子孫に受け継がれ、今に至る。
グランド自体は淫魔族に対して何の感情も持ち得ていなかったが、部下たちはそうではなかった。
「グランド殿。落ち着いたかな?」
「アルゲベルト竜王…」
「貴方は思考の一部を支配されていた。だが、この場所にいれば干渉されることはない」
「支配…?」
「そうソウ。どっかノ厄介者ノせいダロウ? どうせ…」
「ヘルツバール。いやここでは…本名の "クレアシオン" のほうが良いのかーー」
「アル」
「あっ、ああ。分かった。 "ヘルツバール" というのも姓であるが、本名には違いないからな」
グランドは幻想世界にいる契約者と契約している幻妖の関係を数例だが見たことがある。だがこの1人と一匹の関係は特に変わっている。まるで契約者であるヘルツバールの方が幻妖であるかのようなーー
そうは思いつつもアルゲベルトの実力を甘く見ているわけではない。本気で戦った場合自分が勝つ未来が一切想像することが出来ない。それほどに竜王の力は強大であり、他の追随を許さない。その竜王が、自分より弱者のはずの契約者に対して恭順のような意を表すのは…何故か。
「まっタク、 "ロワイヨム" も思考の一部を操レルとなると…危険度ガ更ニ増しタナ。更にあいつは弁舌が上手イ」
「私はお前が無茶をしないか、それが一番心配だ」
「アルゲベルト竜王、ヘルツバール殿。ギネフェルディーナ様の御身は…」
「大丈夫ダ。信じてイナイだろうガ…テューのいったことは本当ダ。コノふたりの構造は普通の人間トハ違ってイテナーートイウカ、そもそも人間ジャないガ」
「我から見れば…貴方も普通の人間としての度が過ぎているように感じますがーー」
「ソレはそうダロウ。事実ダナ」
ヘルツバールはあっさりと認めた。
「因みに…俺サマはカナリ怒ってイル……良かったナ。ロワンモンドにイタラ…半殺しダッタナ」
凄みを聞かせてこちらを睨んで来るヘルツバールに対してグランドは怖気がした。
ただのか弱い人間なはずなのに…この男は何なのか。なぜそこまで幻妖を怖がらせることが可能なのか。
「ヘルツバール」
「こいつはヴィスを傷つけた」
「それは、淫魔の王に思考を操られたせいであろう? …故意ではーー」
「もう、分かっているだろう? ほとんど事実のようなものだ。だから…っ!」
突如話の途中でヘルツバールは、苦痛な声を上げしゃがみ込んだ。
「ヘルツバール!」
「ヴィスさん! ラバス様が…」
「!?」
そんな彼にアルゲベルトが寄り添い、鞆絵が異変をヴィスに告げた。ヴィスはアベルとの対決を完全に忘れ去ったかのように、反応は早くすぐにヘルツバールのところへ駆け寄った。しかしヴィスが駆け寄ったときには、ヘルツバールはへろっとした何ともない顔で応対した。
「おい、じじい! どうしたんだ!?」
「ん~? 何ガ」
「お前、さっきーー」
「簡単だ。俺は幻妖をまた拒絶した。だから反応で発作が出た」
「?」
ヘルツバールはため息をついた。
「アル、テュー。もう…隠すのは限界だな。それに俺様は少し…いやかなり、疲れた」
「どういうーー」
「ヴィス。ヘルツバールの上半身を見てみろ。すぐに分かる」
「!? …まさかーー」
テューの指摘にヴィスがヘルツバールの服を脱がせる。ヘルツバールは抵抗しなかった。その様子に気になったグランドとアベルが近寄ってきた。
(良いか。お前は良いと言われるまで…見るな)
(ちょっと! 裸になるのは上半身だけでしょ!?)
(それでも、だ。後ろを向いておけ)
アベルは声を出さずに鞆絵に会話をしてきた。それは契約が続いている証拠であり、いつものリョクの様子に鞆絵は安心した。
ーー未だにリョクがアベル・エーグルであったのは信じられなかったが。
ヴィスがヘルツバールの異変を視認した後…
「ーーーーー嘘だろう?」
鞆絵が聞いたヴィスの声はギネフェルディーナのときとは違って、感情が篭っていなかった。
「俺が以前見た時は…」
「急に進み出したノハ最近ダナ」
「じゃあ…俺か? 俺がディーナと仲違いしてからか?」
「違うぞ。そればかりじゃない」
「いや、大部分はそうだ」
テューがこちら側へとやって来た。
「ディーナの治療は終わった。しばらくは安静だな」
「………」
アベルは複雑な表情をしたまま黙っている。
「確かに、ディーナとヴィスを離すのは正解だったさ。妹は幻想世界の神だ。俺の世界に長居してはいい影響は現れない。だが、別れ方が悪かったーーヴィス、お前はディーナと解約した。そのあとお前が失意のどん底にいた一方、シオン様は昏倒していた。
最近竜族の族領に休暇に出たのだって、お前のためじゃなくシオン様を休ませるためのものだ」
「はぁ!? 何で言わなかったんだよ!?」
「……何デ、言う必要がアルンダ? お前ハ自分を見失ってイタだろう? そんなトキニーー」
ヘルツバールとヴィスは同時に黙った。その機会を見計らってか、テューが話し出した。
「金狼王とアベル・エーグル、そしてトモエも聞いておけ。これが全身に回ったら、アウトだ」
「テュー、これって、なに?」
「ん~となあ、アベル、トモエにも見せてあげないのか? 見てもらった方が早いが…」
「………」
「お前も強情だなーーえっとなぁトモエ、シオン様は今、身体が自力で動かせないんだ。自らにかけている魔法で強引に動かしているだけで。 "身体の大部分が木に置き換わっている" って表現が良いのかもしれない。いまは顔、首、手足以外はその状態だ。このままいくと、手足、首、最後は顔まで到って…死ぬ」
「えっ、え…ええ?」
「言っとくが、シオン様が完全に木に置き換わった状態で死んだら、双方の世界が滅亡だ。俺とディーナはヤバくなったら本来の姿になって逃げ帰ることが出来るが…シオン様はそうはいかない」
鞆絵は訳が分からなくなった。なぜ、それが世界の滅亡といった話と関連してくるのであろうか。
そして、その疑問は他の者も持っていたようだった。
「…何がなんだか、サッパリだ。我は頭が良いわけではないからな。我でも分かるような詳しい説明をしてくれるとありがたい」
「そうダナ。ちゃんと説明するカ。ここにいる皆ト、クロード、ルカン、蟲姫のクズハ、あとは…幻獣族の女王のクレアラ」
"アルクレアラ" の名前を出され、アベルもグランドも目を見張る。
幻獣族自体が分化した竜族とは違い姿を他族に見せることはないが、女王のアルクレアラに関しては特に他族に姿を表すことはない。アベルも片手で数えるくらい、グランドに関しては彼女に会ったことすらなかった。そんな彼女の年齢は竜王のアルゲベルトとあまり変わらないともいわれ、力も強大であると容易に推測できた。
幻妖にとって年齢はステータスである。族ごとに寿命は違うが、長く生きるほど強大な力を持つ幻妖であるということは、幻妖の中では周知の事実である。
そんな幻獣族の女王である彼女のことを愛称で呼んだということは、一体どういうことか。
(どういうことなのかーー思った以上に…根深い問題に巻き込まれたか)
グランドは自問自答する。
彼自身はギネフェルディーナを傷つけた "罪人" である。このままおめおめと元の世界に戻ろうとは思っていないし、近い将来神族に処刑されることをグランド本人は分かっていた。だからこそ自分のしでかしたことを認識し、ギネフェルディーナ本人から許可をもらって彼らの力になることが自分の贖罪になるのではないかと、そう思っていた。




