43 賽は投げられた
(そういえば…)
ヴィスと2人で目撃場所に近い村を目指して歩いていると(魔法を使用しているのを発見されて騒がれるのを避けるため)、鞆絵はふと思いだした。
(ヴィスさんって、竜族の契約者なんだよね?)
鞆絵は先ほどはっきりとそう言ったのを聞いた。教師であるリジニスから、契約している幻妖のことを話に出したくない契約者もいると聞いていたため、ヴィスもその類と思っていたのだが…
(いや、違うぞ)
(え?)
(契約はされているが、正式なものではない。ゆえに部分的にしかその力を使えない)
(…つまり、仮契約?)
だが騎士は全員、契約者であることが第一の条件であったはずだ。それを当てはめるなら、ヴィスは幻妖と契約しているということになる。
リョクの言っていることと、アルモニーの規則とは相反していた。
「わかんないなぁ…」
「トモエ?」
「えっ、あっ…ああ……ごめんなさい!」
頭の中がパニックになり過ぎて声に出していたようだ。
考えているうちに村にたどり着いたようで、景色が変わっていた。鞆絵は慌ててキョロキョロしながら異国の風景を見まわす。
ヴィスは聞き込みを行っていった。顔を覆う髪が彼のことを遠ざけるのかと思えばそうではない。むしろ積極的になって協力してくれている。
自分のときはそんなことを思う暇もなかったが、これはすごいことなのではないだろうか。
(お前が少し前に、あいつのことを "様になる" とか言っていたが…)
(リョク?)
(…案外合っているのかもな)
(どうしたの? リョクが意見を変えるなんて…)
(今回、色々と考えていた)
色々とは一体なんのことなのか、鞆絵には見当もつかない。
リョク自身のことか、ヴィスのことかーー果ては鞆絵のことか。
+++
「さて、どうするか…」
狼族はロワンモンドでは昼に行動するという。夜行性といわれているロワンモンドの狼とは、違う。
「ヴィスさん。場所は分かったんですよね?」
「ああ」
「なら、このまま行きましょう」
夜に行き、寝込みを襲うという選択も確かにあった。けれども夜は視覚が制限される。目や耳はもちろん狼の方が良い。ヴィスは一撃で仕留められる自信がなかった。しかも狼族の幻妖は複数匹おり、作物を荒らし、人々を襲っているという。
襲うなら、まだいい。厄介な幻妖は人間を操ることがある。鞆絵の両親を襲った人間が、それだ。殺された直後の人間に幻妖の意識を吹き込めば、高確率で幻妖の操り人形と化す。契約者の素質を持つ(持っていた)ものは操られることはないということも分かっている。
これが、人間が幻妖よりも弱く脆いと言われている理由の一つだ。
幻想世界では普通こんなことは簡単には起こらない。そう、簡単には。だからこそ、プランナを始めとした幻妖たちが明らかに他者の意識の介入を受けているという事態が (身内の中で) 大事になったわけだ。
「トモエ…お前、かなり歩き回ったが……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。リョクの魔法のおかげで」
「………」
「ヴィスさん?」
「あのな…トモエ」
「?」
「お前、その精霊と仲が良いのか?」
鞆絵には何故、急にその質問をしてきたのか分からなかった。
「仲が良いと言われたら、どうかなぁ…と思いますけど、すごく…大切な仲間です」
(………)
「そうか…」
鞆絵は正直に答えつつも、噛み合わないような違和感に戸惑う。ずっと戸惑っているのに、ヴィスの方からそれを指摘してくるとは思わず、二重の意味でさらに戸惑う。
「じゃあ、トモエの言うとおり…行くか」
誰もその戸惑いに答えをくれるものはおらず、ましてはその答えは鞆絵自身の中に内包されているわけでもなかった。
ヴィスと一緒に居れる喜びと、意味が分からずに戸惑っている二つの鞆絵を持ちながらも、足は先へと進む。
+++
住処とされているのは、とある洞穴の中だ。ヴィスと鞆絵は防御の魔法を身に纏い、さらに鞆絵は目眩ましの魔法をかけていた。
道中は何も問題がなく、すんなりとそこへたどり着くことが出来ていた。
空は既に西に傾いていた。宿がある村から歩き、聞き込みも行ったので、もうすぐ黄昏の時刻だ。
(…お前、無理していないか?)
(ん? 大丈夫。なんかねぇ…軽い)
(魔法に頼りがちになるのは禁物だ。頼り過ぎると…自分自身の感覚を見失うぞ)
(これが終われば…ちゃんと休憩するよ。ここに来る前に今晩の宿も取ったし、食事も取ったし、少し休憩もしたし……)
鞆絵は早々に終わると思っていた。それほどにヴィスの実力を信頼していたし、自分の出る幕はないのかもしれないとまで思っていた。
でも、ヴィス・コルボーという男と一緒にいれば、そう簡単に物事は運ばない。確実にイレギュラーは発生する。
ーー自身が、そうであるゆえに。
+++
(…これは)
思った以上の多さだった。十匹近くはいるであろう。しかも、ヴィスはこの狼族の幻妖の纏う異質さにすぐ気がついた。
異質さ。他者の干渉が入っていることを隠そうとしていない。むしろその感覚をヴィスに知らせているような。憶えさせているような、思い出させているような。
襲いかかる幻妖を蹴ってまとめて吹っ飛ばす。竜族との契約者は幻妖の硬さを身に纏って攻守に活かす。そして肉弾戦を好む者が多い。ヘルツバールもその類であるし、ヴィスもそれであった。
あっという間に倒れていく。狼族はスピードは早いが耐久力は並だ。そんな彼らがそのスピードを活かした集団戦法を取るわけでもなく個々に襲いかかってくるのだ。
契約している幻妖でなければ、ロワンモンドにいれば弱体化する。優れた能力を活かさなければ、竜族には勝てない。このような結果になるのは目に見えていた。
(おかしい…)
感じる違和感。それは最後の幻妖を倒した際に膨張した。幻妖がロワンモンドで死ぬと、契約していない限り遺体は残らない。ヴィスに襲いかかった幻妖はすべて契約していない…はずだ。そうでなければ、こんなところで群れをなし、作物を食らい、人間を襲う理由が分からなくなる。
「来たか…」
「!?」
急に目の前に現れた。音もなく、瞬く間に現れたそれは、金色の髪に琥珀色の眼を輝かせた、野性味のある大男だった。




