44 "ギネフェルディーナ"
転換点。
(おかしい)
ヴィスと同様の違和感を、リョクも感じ取っていた。
(どうしたの?)
鞆絵からすれば、順調としか言いようがない。以前から頭の中で繰り広げられていた光景がそのまま現実世界に広がっているからだ。
(ワザとあいつに得するような戦い方をしているようにしかみえない)
(それって…相手が手を抜いているってこと?)
(いや、そうじゃない。だが…)
リョクが言い淀んでいるのと同時期、ヴィスが最後の幻妖を蹴り倒した。
(魔法は解くな。まだ何かあるはずだ)
リョクの予感は的中した。それは唐突に、何の予感もなく現れたからだ。
「来たか…」
「!?」
その大男は突如乱入した。ヴィスにも、リョクにも気づかれることがなく、暗闇から現れた。
「我はグランド・クル・ルーオール・ロワイヨム。金狼王だ」
「なんっ…だと!?」
金狼王。 "ロワイヨム" の名を持つ幻妖がロワンモンドにいる。それは竜王であるアルゲベルトを除けば、異常なことだ。
なにせ彼らは一族の王である。それは基本的には一番強いということである。強いということは、ロワンモンドの中では統率力があるとみなされる。彼らの行動は一族の皆から注目されるのだ。一族を統率する身でありながらその権利を放棄しロワンモンドで油を売っていれば、一族からの顰蹙を買うのである。
また、 "ロワイヨム" を持つ者はこれ以上強くなる必要性がない。一族の中で最強の者がその称号を名乗ることが出来るため、これ以上強くなっても、その称号が揺るぐことは自身が殺されない限りないのである。
「ヴィス・コルボーは貴様だな?」
「………?」
「この度の幻想世界の度重なる天災の原因、ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様の御心を誑かしたのは…貴様だな?」
「違う」
ヴィスは即答した。明らかに動揺した体で。
「貴様の御影で、我々の同胞がどれだけ命を落としたと思っている」
「違う!」
金狼王は睨んだ。普段のヴィスなら、この大男から先ほど戦った狼と同様の、別の気配を感じ取っていただろう。だが彼はそれが分からないほどに動揺していた。
倒したと思われていた狼たちが動き始めたことさえ、ヴィスの頭には入ってこない。
(ヤバイな…)
(どうしよう!? ヴィスさんも様子がおかしいし…)
(これだけの数を相手取るのは無理だ。それに…あの金狼王と相対するのはーー)
「違う違う違う!!ーーあいつは俺に教えなかった! 幻妖の存在しか知らなかった俺に、幻妖に対する情報を意図的に入れることのなかった俺に、そのことを!! ………そうすれば、こんなことになるはずはーー」
+++
「そう…だったの?」
「主君?」
「わたしが、あなたのことをわかったきでいたから、それでいて、わかっていなかったから、こうなったの?」
「………?」
「さいしょっから、シオンさまに、たのめば、よかったの?」
いつも以上に流暢に話す主君に傍にいたアベル・エーグルは首を傾げる。
おかしい。時が主君の心を徐々に回復するものだと思っていた。だがこんなふうに唐突に話し出すとは、何故かーー
(また、あいつがやらかしたのか…?)
腹が立つまでの黒の造型が頭の中に過る。
「いかなくちゃ、はなさなくちゃ、ヴィスとはなしあわないと、きっと、おわらないーー」
「ま、待って下さい主君! 貴方がまたこの世界を御離れになられたら、どうなるか!!」
「アベル、それについてはだいじょうぶよ。こんかいも、シオンさまと "にい" がいるから…あのときもたすけてくれてたけど、こんかいは…ちょくせつみまもってくれているの」
主君の言葉は、アベルには理解し難いものだった。なぜそこで "シオンさま" と "にい" が出るのか。
"シオンさま" はヘルツバールのことを指しているのは分かる。以前にも彼女はその発言をしたことがあるからだ。だが… "にい" とは誰か? 初めて発せられた言葉に、アベルは困惑していた。
突然の症状の改善にこの場にいないクロードに診察をさせれば良いのかとアベルは思ったが、主君は親友に伝える時間を一切与えることはなかった。彼女が本気になれば玩具になる魔法封じのそれは、彼女の意志により効力を無くしつつある。これが壊れれば、確実に主君はロワンモンドへと行ってしまうだろう。自分にはそれを止める術を持たないのだ。
+++
(………っ)
(リョク?)
(逃げる準備をするぞ)
(それってヴィスさんを放置すること!? 出来るわけないじゃない!!?)
(なら…お前はここで死ぬか?)
(っ!?)
「我は貴様と対面している。正直に答えろ」
「もう答えているだろう! これ以上のことはない!! 俺はあいつを誑かしたつもりはない。そもそも最初はあいつからーー」
「まだそんなことをいうか! 貴様の責任転嫁ぶりには失望した! こちらには証拠があるのだぞ!! 報いを受け…この世界から消え去るといい!!!」
そう言った直後、ヴィスは吹っ飛ばされた。
間一髪のところで避けたため、致命傷を負うことはなかったが、風圧により吹き飛ばされたのだ。
堅い地面の衝撃で、ヴィスは正気を取り戻した。銃を取り出し、出口を塞ぐことのないよう周りの狼を倒す。
(ヴィスさん、私を逃がそうとして…)
鞆絵はその意図に気がついた。ヴィスは囮となってくれているのだ。
それに気がついてもなお鞆絵の脚は動かない。何故なら、彼女の脚は恐怖心で動くことを止めていたのだ。恐怖、それは…自らの生命の危機と、ヴィス・コルボーがこの世からいなくなる恐怖、その二つだった。
明らかに傷が増えていくヴィス・コルボーの姿を見て、自分に出来ることを思い浮かべる。
(おい、何やってるんだ!)
(ここで逃げたら…前の私と一緒。両親を救えなかった…私とーー)
(………)
(やばい、どうしよう………やるしかないよね)
鞆絵はこれほど重症になった状態で治療の魔法を催したことがない。だが、やらねばいけないと、意識を集中させる。
決死の覚悟で行ったトモエの回復の魔法はヴィスに届いていた。
ただしーーヴィスは別のことに気を取られ、それを感じる余裕がなかった。
先ほどの感情の発露は、体内に宿る別の力をも呼び起こそうとしていた。
本来、その力はヘルツバールによって表面上は封印されている。ただし感情が高ぶるとそればかりではなかった。この力は不幸を呼び起こす。それが分かっているからこそずっと抑え込んできた。なのに何故今頃になって表に出ようとしているのかーー
頭痛のせいで視界が眩み、金狼王の攻撃をもろに食らってしまった。吹っ飛ばされて、床に落ち、傷口から血が溢れ出した。その事実に気づかないほど、ヴィスはその力を抑えようと必死になって、そしてーー
(あいつ…なぜ立たない!)
鞆絵の回復の魔法によって傷が塞がっていく一方、リョクは別のことが気がかりになっていた。立ち上がれるくらいには回復したであろう身体を、動かそうとしてないのだ。
その無防備な身体めがけ、無惨にも金狼王の手が迫っていた。
(ヴィスさん!!)
「だめぇぇぇぇぇええええええええええーーーーー!!!!!!」
そのとき鞆絵が聞いたのは、女性の叫び声。そしてーー
「ーーーーー」
中性的な声が発する、未知の言葉だった。




