41 何が起ころうとも、為すべきことを為せ
「おい、じじい。俺とトモエを呼び出してどういう用件だ?」
「まァ、まァ、イイじゃないカ。お前も久々に身体を動かしたいダロウと思ってナ。トモエと一緒に任務に出て貰オウと思っテ呼び出しタンダ」
「えっ…?」
「どういうことだ、じじい!?」
ここはヘルツバールの自室ではなくて執務室だ。壁にはヘルツバール本人が描いたであろう繊細な絵が飾ってある。以前来たときは周りを見る暇など無かったが、今はチラッと見る暇があるのではないかと思い、状況を伺っていたが、自分の名前を呼ばれて驚いた。
「トモエはこれが最終試験だ。今回は教師のリジニスに代わって、俺が監督を務める。ヴィスと任務をクリアすれば、アルモニーの一員として正式に籍を置くことになる。それからどうするかはお前の自由だ」
「ああ、成る程。そういうことか」
ソファーに座っていたソリテュードからようやくちゃんとした説明を受け、ヴィスは納得する。しかし、鞆絵は納得していなかった。
「最終試験って…私、まだまだ未熟ですしーー」
「トモエの腕については問題ない。ペルーシュからも報告を聞かせて貰っているがすこぶる優秀らしいじゃないか。トモエが今までやらなきゃならなかったのは、最低限の知識と、もし契約したときに暴走しないための魔法の制御能力だ。知識に関してはこれから増やして行けばいいし、制御能力に関しては最初から出来ていたからな」
トモエは治療師の長であるレイアーナ・ペルーシュから治療の魔法を少し教わっていて、ほんの少しの傷なら魔法で治せるようになっていた。
「トモエは見習い治療師の立場として、ヴィスの任務に同行してもらう」
「で、任務の内容は何だ? じじい?」
「指示書にも書いてあるガ、トモエもいることダシ一応説明してオク。場所はフランスの…ココ」
と言って、ヘルツバールは机の上に地図を開いて、フランスのとある地方を指差した。
「じじい…」
「心配スンナ。別に気にスルことなんて…ないダロウ? 羽根も元に戻したことダシ」
「………」
ヘルツバールの血色の羽根の飾りは元に戻した。しかし、ヴィスは心配していることは万が一のことがあってヘルツバールに迷惑をかけることだ。 "異常" の象徴である鴉の羽飾りがいつもの形状で収まっている。それは "通常" を象徴する事柄であって、それが何よりもヴィスを安心させた。
「この場所に幻妖がいるカラ、殺害、もしくは幻想世界へ送り返すコト。詳しくは指示書を見てクレ☆ …テューは他にいうことはないカ?」
「トモエ、契約は誰とやるんだ?」
鞆絵はレイアーナから治療の魔法を教わるときにすでに天使族の幻妖と仮契約をしていた。本来なら最終試験のときに仮契約が可能になるのだが、代理トップのソリテュードが勝手にGOサインを出したのである。
「リョクで」
リョクとはあれから数度会っている。彼は精霊なので守秘義務がないと思い、悩み事をすべて打ち明けている。
「目を瞑れば、いつでも交信できますから」
「トモエ…?」
「あっ、そういえば精霊は一日しか契約できないんじゃーー」
「ンン~ それは俺サマが何とかするカ。今回だけナ」
リョクが誰なのか分からないのはこの場ではヴィスのみである。ヘルツバールはソリテュードからちゃんと報告を受けていた。
(まァ、スグに分かるだろうガ…)
ヘルツバールの思った通り、ヴィスは鞆絵が纏い始めた気配に明らかに眉を顰め始めた。
「言っとくガ、記憶は一切ナイゾ」
「本当か?」
「そうじゃないとーー」
"お前を襲うダロウからナ" とヘルツバールが言い張ったのと同時期に鞆絵は目を覚ました。
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「早かったな。準備に手間取るかと思っていたんだがーー」
「初めてではないので」
「ほほぅ」
別に持ってくる荷物なんてほぼ無い。ほとんどが現地調達だし、アルモニーと連携している宿泊施設では宿泊セットが揃っている。鞆絵はあまり私物を持って行く気にはなれなかった。久しぶりにヴィスとふたりきりだから今読んでいる本を読む気も失せていた。
「指令書は読んだか?」
「はい」
二人はそれぞれの指令書を読んでいた。対象も明らかにされてなければ数も分からない。場所しか明確に示していなかった。こういうのはごくありふれたことだったのでヴィスは流し読みで、鞆絵は訳がわからずに読んだ。
「まあ、行きは気長に行くとするか。じじいのプライベートジェットを使っても良いが…目立つから止めとくか。転移の魔法は疲れるし…公共交通機関を使うか。車で行く気にもなれんし」
「ヴィスさん、運転出来るんですか?」
「あんまり使わんがな」
スタスタと歩き出すヴィスに着いて行く鞆絵。
(あいつがヴィスか?)
(うん。そうだよ)
(ふーん)
いつも以上に無口なリョクが気にかかりつつも、鞆絵は高揚した気持ちでヴィスと居れることを楽しんでいた。
今はーーまだ。
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「じゃア、アトは頼むワ。どうせ直ぐに呼ぶコトになるだろうガ」
「そうだな」
「何を頼もうガ、ヴィスにはあいつの影が付き纏ウ。あいつが諦めない限リ、ずっと」
「ディーナは気がついていたみたいだがな」
「………もう潮時ダ。仕掛けるトスレバ、今回だろう。どんなことがあっても俺は阻止する」
「無理だけはするな。頼むから…」
「ギネフェルディーナのことを一番理解しているのはお前ダ。万が一彼女が着いてキタ場合、お前が対処シロ」
「………」
ヘルツバールは自室から出て行った。ソリテュードはある一つの絵を観て、息を吐く。
「ヴィスもヤバいが…一番やらかしたらヤバいのはシオン様、貴方だというのにーー」
その絵は女神が傷ついた一羽の鴉を撫でている絵だった。この絵を描いたのはヘルツバールである。
「まあ、これに関しては俺にはどうしようも出来んからな」
この出来事に関してはヘルツバールの領分だ。何もかも興味を示さなかった彼が唯一興味を示すこと。彼の生きがい。それを奪うことをソリテュードは望まない。
「ヴィスも意地を張らずにいれば良いんだけどな…」
ソリテュードは絵から、低空飛行するプルプルに目を移し、目を瞑った。




