40 避けられぬものは自ら進んで受け入れねばならぬ
29 汝自身を知れ の後の時系列です。
ヴィス・コルボーが、刺された。
それを鞆絵ーートモエ・マツモトーーが聞いたのは、ヘルツバール・ラバス・ロワイヨムがレイアーナ・ペルーシュを連れて行ったあと、ソリテュード・パンの説明によってだ。
「体の傷は浅い。ただーー」
「ただ…?」
「心の傷は…深いかもな。っと、ついでだけどなーー」
そして、ソリテュードはギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイロムが倒れたことも教えてくれた。
「それって極秘事項じゃーー」
「ああ、そうだ。他の人には話すなよ」
「………」
「そりゃ、公表する義務なんてないが、彼女が倒れたって幻想世界で知れたら、たまったもんじゃない」
「でもテューは…知っているでしょ?」
「俺は特別だ」
そう言って、ソリテュードはプルプルの方を見た。
「ヴィスさんと…ギネフェルディーナ様、テューの言うことを信じるなら…大丈夫なんだよね?」
「ああ」
とは言われても、鞆絵には心配することしかできない。
うだうだとした気持ちを抱えながら過ごすことしかできないのだ。
+++
「どうかしましたか?」
樟葉は鞆絵に問いかけた。状況があまり分からない樟葉が見ても明らかに分かるほどに鞆絵はそわそわしていたからだ。
「うーん、どう言えば良いんだろうか…なぁ…」
「まあ、色々とあったみたいですからねぇーー」
樟葉もただここにいたわけではない。ここにいる有力な契約者と対話していたりする。リジニスともつい先日、会話をした。ただし樟葉は蟲姫であっても、君主ではない。蟲姫自体は象徴であって、権力を持つことなどあってはならない。普通の状態ならまだしも、庇護されている今の状況下では、相手方の反応は薄かった。
しかし、蟲族は数が多い。数が多いということはそれだけ情報が多いということにも繋がる。空を飛べる種が多い蟲族は情報伝達に優れたところがあった。樟葉と契約している幻妖たちはそんな蟲族を統括する立場にいる、いわゆる強い蟲族の幻妖だった。自然と気になる情報は集まってくる。
「私は外枠しか知りませんが、大丈夫なのでしょう?」
「うーん、どうなんでしょう。最近色々と考えてばかりで頭が痛くなりそうなんです。こんなとき樟葉さんならどうしますか?」
「私は契約している幻妖が複数体いますからね。彼ら一体一体に一つずつお悩みを打ち明けますね」
"彼らは宝物であるかのように私を扱いますから、どんな悩み事でも真摯に対応してくれますよ" と語る樟葉。
「やっぱり、契約している幻妖の関係って、人によって様々ですよね…」
「基本的には仲は良いですよ。だって一生を共にするパートナーですから。結婚みたいに何ども取っ替え引っ換えできるものではありませんし…」
「と、とっかえひっかえって…」
樟葉の言葉は気になったが、何でも相談出来る相手が契約するのに相応しいらしい。
鞆絵はリョクと色々話がしたくなっていた。
+++
その約三週間後、鞆絵はヴィスがロワンモンドへと戻ってきたことをソリテュードから聞き、自室へ訪ねることにした。自室というのはもちろんのことヘルツバールの屋敷の中にあって、ヘルツバール本人が製作したという数々の芸術品が並ぶ廊下を鑑賞しながら、鞆絵は脚を進めた。
「トモエ…」
「ヴィスさん」
ベッドで寝そべっているかと思ったが、至って通常運転で鞆絵を出迎えてくれた。表情を覆うほどの長い前髪も、そのまま。
「身体は…大丈夫そうですね」
「ああ、あのじじいがもっと休めって言うんだ。昔から過度なんだよ。昔から」
そう言ってヴィスは鞆絵から目を逸らし、外を見た。
「どうだ? こっちの生活には馴れたか?」
「ええ。すべてとは言いませんが…」
「友達は作ったか? 俺みたいに一匹狼になっていないだろうな?」
「………正直なところ、何か言われると思ったんですけどーー」
鞆絵はワンツーマンでリジニスから授業を受けている。それが鞆絵の立場を他の人から隔絶させていた。
部屋も周りに住むのは契約者ばかりで、彼らと顔を合わせることはほとんど無い。
「…それは、じじいの采配か? うーん、でもあのじじいのことだしなぁ…」
「それとソリテュードさんから色々とアドバイスを貰っているからーー」
「トモエ、お前…テューに会ったのか?」
言葉を遮って尋ねてくるヴィスに、鞆絵は少し驚きつつも、首を縦に動かした。
「って、ことはテューの采配か。あいつ滅多に人に会わんからな」
「テューはヴィスさんの兄貴分ってことは聞いたんですけど、そのあとはあんまり教えてくれなくてーー」
「まあ、それは合っているけど……何を聞きたいんだ?」
と言われると何も思い浮かばない。何を尋ねたら良いものか考えていると、ヴィスの方から話し出した。
「テューは体術の修行相手…になるかな。じじいがやらないことはすべてテューがやってくれた」
「テューは…強いんですか?」
「ああ。あいつはあんななりをしているが、最強格だぞ。体術ならじじいと張り合える」
「じゃ、じゃあ、ラバス様はーー」
「あいつは最上だ。誰も張り合えん」
「………」
「まあ、あそこまでいくと天地災害クラスだからな。あんな力をなんにんも持っていたらロワンモンドはあっという間に消し炭だ」
そう言ってヴィスは笑った。それと同時にノックの音が鳴った。
「俺だ。入るぞ」
入ってきたのはソリテュードだった。手には紅茶と菓子が乗ったトレーがあった。
「どうせ、暇していると思ってな」
「ああ。暇しているさ。じじいのせいでな」
「シオン様はお出かけ中だ」
「じゃあ、お前は暇じゃないだろう?」
「んなもん、どうでも良いさ」
そう言って、ソリテュードは鞆絵の横にあるソファーに座った。トレーをテーブルに起き、食器を並べ始めた。
「そんなんがアルモニーのトップクラスで良いのか? なぁ、トモエ?」
「えっ? ん~ 私にはちょっとーー」
「シオン様はお前がやりたいとか言いだしたら、嬉々としてその立場を明け渡しそうだけどな」
「俺が? 無理に決まっているだろう?」
「資格はあるぞ。何せお前はーー」
「テュー」
少し怒気を孕ませたその声に、鞆絵は若干肩を震わせ、ソリテュードは驚きつつも最終的には笑った。
「とりあえず、シオン様の帰りを待て。お前のことに関しては俺が勝手に決めるわけにはいかん。それはお前が一番分かっているだろう?」
「ああ」
「まあ、とりあえずティータイムだ」
ソリテュードはヴィスを招く仕草をした。
+++
とある国の石畳の小さな城。小さな城にある広い地下。その廃墟となった場所にヘルツバールはいた。
壁にはところどころ血痕がこびりついていた。
(………)
ヘルツバールはそんな場所を迷い無く進む。彼の中世の派手な服装は皮肉にもこの場にしっかりとマッチングしていた。
スタスタと進んでいってたどり着いた場所はこの地下で最も広い部屋だ。そしてーーヴィスとヘルツバールが初めて会った場所だ。
そこにたどり着くと、ヘルツバールは目を瞑り、片膝を床について片手を床に触れる。すると周囲にはなにか得体の知らぬ力が蠢いた。
(………)
その状態を保つこと、数分。ヘルツバールは目を開いた。手を床から離し、立ち上がる。
「……………はァ。これ、どうすんダカ」
ヘルツバールは珍しく頭が痛くなった。




