37 行き着く先々
(随分と配慮しているな)
(そうだね…初回だからだと思うけど)
(誰かを殺めれば、確実に自分の中のものが変容する。この男からはその歪みが感じられない。ということは…それを隠すのが上手いということだ。隠せるということは……強者だ)
(リョクとどっちが強いんだろう…?)
(……俺は実体化できん。何者かも分からん。そんな状態で勝負にはならん)
とりあえずミネラルウォーターを飲みたくなったため、鞆絵はリジニスにその意向を伝える。アップルティーに砂糖を入れ過ぎて逆に喉が渇いてしまったのだ。
(ずっと見ていたが…お前の舌はお子ちゃまか?)
(お子ちゃま…)
リョクの言葉に一瞬、ムッとなったが、言い返すのを止めた。
日本での鞆絵の同級生は大体親に庇護されながら毎日を過ごしているのだ。それなら子どもと呼ばれても……どうしようも無いのではないかと思ってしまう。
(まだ成人していないからね…)
(そんな言い訳が今後通じると思うのか? 俺からすればもう他人から守ってもらえる年齢をとっくに過ぎていると思うが)
この異邦の地で鞆絵を真に守ってくれる存在なぞ、いない。そのことについては日本を発つときに散々考えた。
そしてそれに対する答えは既に自分の中で出ていた。
(でもね、見ていたいから。この目で。今の自分で見ることのできる、感じることのできること、すべて)
やりたいことをやる。感じたいことをやる。すべては自分の意志で。
ここに来たのも、リジニスについていくのも、自分の意志だ。
(今出来ること、やりたいと思えることをやるの。ただ…それだけだよ)
(………)
リョクは何も言わない。感じ方はそれぞれだから、自分の意見を押し通そうとも思っていなかった。
自分の中で芯を一つ持って、それだけは揺れ動かされないようにしていればいい。そうやって生きていければ多分…楽しい。
とりあえず、今は目的に向かってひたすらに進んでいけばいいのだ。
+++
休憩を終えトイレを済ませたのち、追跡は再開された。鞆絵とリョクはリジニスの先導の元、先へ進む。
着いたのはそこそこ大きな街であった。
「本番は夜です。まずは宿屋ですね」
身分証のバッジを見せただけで簡単に宿屋が確保出来た。アルモニーの影響力は凄いと鞆絵は素直に感心していた。
それを終えた時点で、日が西側へ傾いていた。場所が違えど太陽の光は変わらない。少しの間ボーッと宿屋の部屋で1人で日の光を見ていたのだが、ふと思い出して、リョクに話しかけることにした。
(そういえば、リョク)
(なんだ?)
(私がシャワールームに行ったら…リョクはどうするの?)
(…なんだ、いきなり)
(リョクって……男性でしょ?)
(フッ、そんなことか。興味はないな)
(ふふっ、正直だね)
鞆絵には付き合った彼氏なぞいない。だから男女の適切な付き合いかたがよく分からなかった。他の人からみれば異常に映るのかもしれないが、この場にはそれを指摘してくれる存在はいなかった。
鞆絵は日の光から目を逸らし、テーブルの上にあるものに目を向ける。
「おにぎりだって。珍しいね」
宿屋の料理人が日本食に凝っているらしく、鞆絵が日本人と知ったあと、日本食で一番簡単な軽食、おにぎりを持って来てくれた。
(なんだこれは…?)
「 "おにぎり" だよ。この白いのはコメっていうんだけど…」
鞆絵は "いただきます" と言ったあと、おにぎりの一つを頬張った。
やはり本場日本のおにぎりとは味も食感も、何もかもが違う。それでも鞆絵は満足していた。
「最近の "寿司ブーム" の影響なんだろうかなあ。なんか海外でスゴイらしいって聞いてはいたけど…」
(すし…?)
「お米の上に魚の切り身を乗せて…って、説明しても分からないか」
この説明で分かるのは、同じ日本人だという樟葉くらいなものだろう。
とりあえず鞆絵は放り込むようにおにぎりを頬張っていくことにする。長らく食べていなかった米の味に涙が出そうになった。
「いつ…帰れるんだろう」
自分は、1人だ。何か外側から期待されて格別の待遇をしてくれていることくらい、鞆絵は分かっている。
周りの期待に応えられなかった場合、自分はどうなるのだろうか。
そのときヴィスはーーどんな目で自分を見るのだろうか。
「まだ、帰れないだろうけど…いつか……少しの間だけでも、帰りたいーー」
遺品は全てこちらへ持ってきている。両親の面影を遺すものは、全て。
でも、ここは両親と暮らしていた場所では…ない。
「弱音吐いちゃった。シャワー浴びて、イロンデルさんのところへ行こう………リョク」
(ああ…)
鞆絵を想いやってか、リョクは何も言わなかった。
"変なの" とは思いつつも、それを考えたのは一瞬で、シャワーで汚れを洗い流すことに集中した。
+++
待ち合わせ場所に行けば、リジニスが待ち構えていた。
「マツモトさん、精霊に目眩ましの魔法が使えるか聞いてみて下さい。もし使えない場合、私からかけさせて頂きます」
(姿を見られては危ない場所…か)
(リョク…?)
(まあ…そうだろうな)
自分の体内がいるリョクが何かしら動いたような気がした。するとリジニスは青い目を若干見開かせたまま、こう言った。
「上出来ですよ」
「へっ…?」
「では行きましょう。私からは見えないのでこれ以降会話はしません。ついてきてください」
リジニスとしてみれば、目眩ましの魔法が使えるとは想定外であった。なぜなら目眩ましは弱いために存在するもの。トモエが契約している精霊は精霊の枠を明らかに逸脱した魔力を持っている。それは明らかだった。だからこそ防御や逃亡の魔法の使い方を教えたのであるが…
(でも…まあ、良いでしょう)
目眩ましは所詮目眩ましだ。何かしらの魔法が身体に命中すれば、目眩ましの魔法は解除される。
早歩き以上の速さで歩き出したリジニスに対し、鞆絵は全速力で駆けても追いつけない。どんどんと離れていく。
そんな姿を見て、自分の体内つまり中の方でため息をつく声が聞こえた。
(お前…もう少し体力をつけろ)
(運動はあんまり…)
昔からそうだった。外を歩き回るよりも空想世界の方に浸る方が好きだった。運動は嫌いというまではないが、そこそこしかやったことがなかった。
(…しょうがないな。あの男は目立つ姿形をしているとはいえ……見失うと捜すのは面倒だからな)
脚に力が入った。すると鞆絵は数倍の速さで駆け出すことが出来ていた。息切れを起こしていた身体がすごく楽になったのを鞆絵は感じ取った。
(ありがとう、リョク)
(………フン)
素直ではない契約の相手に、鞆絵は自然と笑みを浮かべた。
そんな様子に気づく者は…当人たち以外、誰も存在しなかった。
裏道に入って、何度も細い道を辿り、着いたは酒場だった。
(成る程。それで…)
(リョク…?)
(………)
リョクは答えない。日本という比較的平和な国で両親に庇護されながら過ごしてきた鞆絵にはそこが怪しい場所であることを察することが出来なかった。単に未成年であるため酒場に出入りしたら不味いから、目くらましの魔法をかけているとしか考えていなかった。
(あの小綺麗な男がこんなところに出入りするとはな。これも任務を遂行するための準備の一環だろうが)
それは結構異様な光景でもあった。リジニスは知り合いらしき者に声をかけながらも馴れた動作で先を進んでいく。銀髪が異様なほど目を引くものの、彼の存在はこの場所に溶け込んでいた。
見目麗しいリジニスには女の影が集う。明らかに身体に触れてくる女もいたが、一定の距離を置いて応対していた。
(女たらしだな)
(リョク…それは言い過ぎじゃあーー)
(そうでないと応対出来ないだろう? トモエ、お前もあの男には気をつけておけよ)
明らかな嫌悪感を示すリョクに対し、トモエは何かしらの私念を感じ取った。彼が泣いていたのも…もしかしたらーーとは思ったが、深くは詮索しなかった。
(気配を感じる。奥の扉の向こうだ)
リジニスがリョクのいう奥の扉を開け放ち、中へ入っていった。
(追うぞ)
(うん)
鞆絵は急いでリジニスの後を追った。




