36 切り開くための覚悟
ドアを開いたあとリジニスがなにかを見せた。すると契約者だという店主に案内され、別の部屋に通された。
「この部屋は防音室ですから、秘密の会話をしても大丈夫」
優雅に紅茶を飲みながら、リジニスはそう言った。
鞆絵はアップルティーにシュガーを入れ、スプーンでかき混ぜながら、リジニスの動向を見ていた。
「疲れていないですか?」
「大丈夫です。これもきっとーーリョクのおかげなんでしょうね」
鞆絵は一切疲れていなかった。リジニスは蒼い目をわずかに見開いた。
「そうですか…なら、これからやることを話し合いましょう」
とうとうそのときがきた。鞆絵は身構える。
「と、その前に約束してもらわなければならないことがあるんです。私の職業は騎士とは違って報告書を作成する必要がありません。口頭報告になります。この意味が分かりますか?」
(意味…?)
鞆絵は逡巡する。
考えていたら、思わぬところから助け舟がきた。
(この男が言っていることは証拠を残す必要がないということだ)
(残す必要がない…ということは残すとマズいってこと?)
(そうだ。大勢に見せびらかせない後ろめたいこと。例えば…殺人とかな)
(さ、殺人…!?)
リョクの言っていることが本当なら、一体誰を殺すというのか。
悪さをする幻妖だったり、契約者の成れの果てである壊れた物を殺すなら騎士の仕事だ。でも、リジニスは騎士ではない。
「人間は自戒しなければ慢心します。私は慢心する者を秘密裏に殺害する異端者という職に僭越ながら就いているのです」
「慢心する者、アルモニーに関わる……契約者ですか?」
「その通り。異端者は契約者にとっての暗殺者みたいなものです。それゆえに…守秘義務が発生します。今回あったことも、トップのラバス様や代理トップのソリテュード様、どちらかが話題に出さない限り口に出してはいけません。もちろん、私が異端者であることも極秘です。誰にも話してはいけません」
「………」
「それを約束して頂かない限り、動けませんよ」
リジニスは真摯だった。でも、今回はそれに何か…別のものが混ざっていた。
観察されている。動向を探り、返答に何かしらの期待を持たれていた。
(ーー覚悟が…求められている)
自分が本当にそれをやりたいと思うのか。中途半端な意志では簡単に捻じ曲げられてしまうと、リジニスはそう言いたいのだろう。
自分が本当に何をやりたいのかは、決めてはいない。
だが、今回初めてみる光景は自分にとって不利益になることはないだろうと鞆絵は感じていた。
その理由の一つはーー傍にいるリョクの存在だ。すでに鞆絵の中ではかけがえのない存在として定着していた。翌日では別れなければならないのにも関わらず。
そしてギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの抱える問題。それにはヴィスが関与している。鞆絵には分かっている。
それならばーーその真相が知りたかった。
強く、つよく。恋心を燃料としてーー鞆絵はそれを願っていた。
(………)
リョクはそんな鞆絵に、何も話しかけなかった。
「分かりました」
鞆絵はリジニスの目を見て、真摯にその覚悟に応えた。
両親が幻妖によって理不尽に殺害されてから既にそうであったが、これからは何かを知るということは、誰かに隠さなければいけないのだと、改めてリジニスは教えてくれた。
「イロンデルさん、わざわざありがとうございます。私は大丈夫です」
なにせ、鞆絵の方から頼んだのだ。血の恐怖心を乗り越えたいと決意したのも鞆絵自身だ。アルモニーで生活していく以上、戦闘に関与しなくともそれは避けては通れない道だった。
人ならざる力を持つということはそれだけで責任が生じる。もしかしたら自分が人ならざる力を用い、誰かを傷つけることになる未来があるかもしれない。それなら…知っておく必要がある。
「そうですか。なら、作戦を伝えますね」
リジニスは話し出す。とはいえ鞆絵が出来ることは少ない。ターゲットである契約者が万が一鞆絵に近づこうとすれば…逃げてリジニスの来る時間を稼ぐ。そのくらいだ。
「契約者でも基本的には自由に生きることが可能ですが、その力を驕り高ぶり、見せびらかし、周囲に多大な被害を齎すことがあります。この行動は幻想世界では神族が担当する案件ですが、こちらの世界では異端者が担当します」
「神族…ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様が君主を務めるーー」
「あの方にとっては君主を "務める" という言葉は適しません。生まれたときから君主であらせられ、亡くなられるときには幻想世界の終焉です。幻妖はそのときに滅びるでしょう。この世界がどうなるかは分かりませんが」
産まれたときからその地位にいた存在。そんな存在はギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様しかいらっしゃらないとリジニスは言う。
「今回のターゲットは魔法を使い、人を大勢殺しています。彼と契約している幻妖もこちらにいるので、ターゲットは実際には1人と一体ですね」
そういってリジニスはなにかを取り出した。それはここに入る前に店の主に見せていたものと同じものだった。それはバッジでアルモニーの紋章が描かれている。その下には名前と大小違う無数の魚が一点に集う絵柄があった。
「下のは魚族の紋章です。この組み合わせのバッジは現時点では私のみですね」
ということは、魚族の幻妖と契約しているのはリジニスのみになるということだ。
「このバッジは契約者になると支給されます。一つ機能が有りまして、ここではない別の空間から物品を引き出す能力があります。ほら…このように」
リジニスがバッジを軽く叩くとバッジから光輝き、スライドのようにここではない、別の場所の映像を映し出した。そして焦点が次第にある一つのものに近づいていき、止まった。ある一つのホログラムに対してリジニスが手を出すと、バッジから光輝いたときと同様の光が発生し、気がつけば、ある一つのものは実体化してそこにあった。
「契約者が使用する魔法のように、軽く意志を込めれば簡単に出来ますよ」
別の場所を映すとはいえ、指定した一カ所ーー専ら自室になるがーーしか映し出せない。とはいえこの機能があるだけで色々と便利なのは事実無根である。このバッジの機能は例え契約者が別世界である幻想世界へ行ったとしても使用でき、逆に持ち物を離れた自室に置くことも可能である。
「他にも自分のプロフィールをホログラムで浮かび上がらせることが可能です。もちろんのこと、この技術はアルモニーが開発したもので、僭越ながら私も関わらせて頂いております」
「別空間から取り出せるのは…魔法ですよね?」
「ええ。ただしその魔法では触覚が頼りで視認が出来なかったのです。その弱点をホログラムで補強した代物ですよ」
ホログラムからこちらへ取り出してきた、手錠のような形をしたそれを、クルクルと様になる仕草で回しながら話すリジニス。
「では、本題に……これは魔法を無力化する装置です。これを初めにーー幻妖の方へ装着します。そうすれば、契約者は魔術を使用出来なくなります」
契約者が魔法を使用できるのは契約している幻妖が魔法を使えてこそだ。
「殺害は…するのですか?」
嫌悪感を出しながら、鞆絵は問う。
分かっている。受け入れようとはしているのだ。これは自分で決めたことであり、そのことについては後悔はしていない。そのための事前の確認だった。
「いえ、今回は捕えます。異端者専用の連絡係に来てもらいますよ」
連絡係は遠くの者と会話ができ、瞬間移動の魔法をもつ契約者のことだ。両者を兼ね備える族はロワンモンドに存在しない族、主に妖精族や幻獣族、竜族、エルフ族になるという。鞆絵はエルフという存在が幻想世界に実際にいることに驚いた。
特に連絡係は妖精族の契約者がなることが多い。理由は単純に伝達役としての能力が優れているからだ。幻獣族(竜族は力が強大すぎるゆえに幻獣族から分岐した族である)は個体ごとに伝達能力が異なり、強力な幻獣族ほど人間と契約をしない。エルフ族も同様である。そういう意味では君主が人間と契約しており、数多くの契約者がいる竜族は異端なのである。連絡係も妖精族の契約者が多いとはいえ、数的には竜族の契約者の方が多いという現状だ。
「どうやら機密案件をバラした疑いがあるので本部で別の異端者に尋問させます。私は異端者の中でも戦闘用員なので…」
鞆絵は安堵した。それがいけないことだと分かっていた。でも人が苦しむ姿はあんまり見たくはなかった。




