35 仮名付け
いつもより文字数は少な目です。
精霊との契約は一日限りだ。それは基本的に精霊は縛られる存在ではなく、自由気ままな存在であるとされているからだ。自分の存在すらも忘れて彷徨う、まるで幽霊のような精霊もいれば、意思を持って行動する精霊もいる。出会うことが稀なため、詳しいことはあまり分かってはいない。
ただ、トモエの精霊はどこか異質なことはリジニスには理解できた。
(それに…この魔力は)
何となくであるが、今までで遭遇したことのあるかもしれない…とリジニスは思った。
「久しぶりに "外" に出ました」
"外" というのは、アルモニーの本部より外ということだ。あの中には生活に必須となるものはすべて揃っているため、わざわざ外に出る必要はない。だからあの場所は "忘れ去られた場所" だ。外界のすべての情報が隔離される。
トモエみたいな年頃の女の子ならば、ファッションに拘る娘も多いだろう。そんな娘は度々 "外に出る" 。トモエ本人は違うみたいだが。
「移動に少々時間がかかりますが、ついて来て下さい」
精霊と契約してから、その後リジニスは魔法の教授を行った。
トモエ自身が戦う必要はないため、守護と脚力増加の魔法だけだ。自分の身を守り、ターゲットが万が一にも襲ってきた場合は逃げるために使用する魔法。
それは契約できるほどの力を持つ精霊なら誰もがもつ最低限の魔法であった。
精霊と契約した場合、自由に魔法を使用できる幻妖との契約とは違って、精霊との意思疎通が必要となってくる。精霊との契約は精霊側には何の利益も生まない。大体がただの好奇心によって魔法を貸してくれるに過ぎない。そのため契約者側はいかに精霊の機嫌を取るかが重要になってくる。機嫌次第で魔法が使えるか使えないか、効力さえも変わってくるのだ。
この件に関しては、トモエと契約していつ精霊は協力的だった。名前が思い出せないという精霊ならざる力を持つ存在を、トモエは不便だからと "リョク" と仮名付けをした。黄緑色の光を放っていたからそう名付けたらしい。
"リョク" とトモエは先ほどまで初対面だったとは思えないほど、意思疎通が出来ていた。リジニスが教授した内容をトモエは驚くべき早さで習得した。それにより時間に余裕が出来た。
「感覚になれるため、なるべく魔法を使用してくださいね。ただし無理はしないこと。戦闘する前に疲弊してしまえば元も子もありませんから」
水泡に包んで連れて行ったときに酔わなかったことから、魔法による加速で酔わないことが推測できた。だからそれに関しては心配する必要性はなかった。
問題は自らの力を過信し過ぎること。契約したての者が陥る錯覚だ。限度が判らないから、どんどん魔法を使い、自らを疲弊させる。
「はい」
「ではーー」
リジニスは空を跳んだ。たどたどしい足どりであったが、トモエも続く。
精霊の場合、意思疎通していれば身体の中にいる精霊自体が介助してくれる。それゆえに幻妖との契約よりかは魔法が使いやすい。例えれば、補助輪の付いた自転車を漕いでいるようなものだ。
だとしても、トモエは呑み込みが異常に早かった。
"リョク" との相性がよほど良いのか、それとも素質が高いゆえに適応性が高いのか。
ソリテュードも驚いていたことから、彼にとってもこれは予想外の出来事のようだった。
ーーそんなことを自分が考えてもどうしようもない、とリジニスは思った。
考えなければならないことは今のことだ。今トモエも同行しているため、跳ぶスピードはかなり落としていた。それでも車と併走できるくらいには速度はあった。
今回はハンデがある中で任務を完遂しなければならない。いつものやり方を変える必要性があった。
+++
見知らぬ景色を飛ぶ。心安らぐ地は遥か彼方だ。
靴に伝わる感触が違った。コツコツと音がなりそうだが、ならない。これもリョクのお陰だろうか。
(遅いな。俺ならもっと走れるし、空も飛べる)
(空、飛べるの…!?)
(ああ。鳥が飛ぶように)
リョクは記憶は失っていたが、魔法の使い方は憶えていた。
(私も、また飛びたいなぁ…リョクに言ってもどうしようもないけど)
(………)
(一日経てば、解約されるから…)
(………そうだな)
リョクは慰めてくれなかった。ただ真実を淡々と述べてくれるだけ。そのあしらいかたが鞆絵にとっては取り繕われる言い方をされるよりもはるかにましだった。
(今から何をやるのか、トモエは分かっているのか?)
(危険を伴うから、やっぱり戦闘かなぁ…? でも、イロンデルさんは騎士じゃないらしいし)
(何故あの男は話さない?)
(どうしてだろう…ヴィスさんのときはちゃんと説明してくれたんだけど)
(ヴィス…)
琴線にでも触れたというのであろうか。リョクは "ヴィス" という名前に反応した。
鞆絵はそれを疑問に思って考えていたのだがーー
「マツモトさん、休憩しましょう」
ハッとなった。
リョクと会話していた鞆絵はリジニスがこちらに併走していることに気がつかなかった。
「ゆっくり速度を落として下さい。急に速度を落とすのは怪我をする可能性がありますから」
石畳の街を抜け、牧草地が拡がっていた。視界に山が入らないところを見ると、日本ではないことを改めて認識することができる。
(リョク)
(…あぁ)
一言かけ、意志を傾けるだけでリョクには意向が伝わった。加速する魔術が徐々に解かれ、減速していった。物理法則を捻じ曲げる力が鞆絵にかかり、そして止まった。
「よく出来ました」
それを横目で見つつ、リジニスは鞆絵の真横に同様に着地した。
「貴方の魔法の制御力は驚嘆に値します。とても初回とは思わないでしょう」
「ありがとうございます…」
リジニスは微笑を浮かべ、その後ある一点を指差した。指差した先は牧草地の中にポツポツ建っている建物のうちの一つだった。
「あそこは喫茶店ですが、店主は契約者でアルモニーと提携しています。さあーー紅茶を一杯頂いていきましょうか」




