34 同化する意志
「一応、精霊と契約してもらいますか」
「精霊…?」
「精霊はロワンモンドに存在しているので幻妖ではありませんよ。ですから素質を持っていない方でも契約できます。本来は出会うのが大変ですが…それはソリテュード様がいらっしゃるので問題ないでしょう」
そういってリジニスは動き出したため、鞆絵もついていくことにする。
「ソリテュード…様はどこに」
「あの方は機械を扱うのを嫌いますからね…でもラバス様の御屋敷に行けば何かしらの情報は得られるでしょう」
"ついて来てください" と言わんばかりにリジニスはスタスタと歩き出した。
リジニスはモデルのような体型をしており、脚が長い。そんな彼が早歩きしているのだ。鞆絵は小走りでついていかなければ、どんどんリジニスは離していってしまう。
「ああ…すみません」
途中でリジニスがそれに気がつき、脚を止めた。
鞆絵は息を吐いた。
「精霊との契約は一日しか持ちません。ですからなるべく急ぎたいのです。ターゲットの捕捉は済んでいますが……なにせ私は空を飛ぶ魔法なんて使うことはできませんからね」
つまり、移動手段が限られるということだろうか。ビジネスマンなら、車を持っているのかもしれない。
「そうですね…少し失礼しますよ」
と言った瞬間に鞆絵の周りを膜のようなものが覆い始めた。それは鞆絵の頭上で一つになり、中にいた鞆絵を密閉する形となった。
大きな泡…それも人一人が入れるほどの水泡に鞆絵は閉じ込められた。
「しばらくの間、これで我慢してください…数分でラバス様の御屋敷につきますよ」
そう言った途端、リジニスは猛スピードで駆け出した。車と追い越すのではないかと思わせる猛烈な速さだ。
(リジニスさんのこれって…ヴィスさんの魔法の類なのかなぁ…)
鞆絵の入った大きな水泡はリジニスの後ろを追走する。目まぐるしく変わる景色を観ながら鞆絵はそんなことを思っていた。
ヴィスは魔法で筋力を強化した肉弾戦を好んでいた。リジニスの人間離れしたスピードも脚力増加の魔法によるものではないかと、鞆絵は見当をつける。
やがて目の前に大きな屋敷が見えてきた。以前ソリテュードと樟葉とさんにんで話した場所。ヘルツバールの御屋敷だ。
「はい、着きましたよ」
リジニスが指を鳴らすと膜が消え去り、ただの水となって地面へと落ちた。
「体調は大丈夫ですか? 時折これで酔う人がいましてねぇ…」
「大丈夫です」
「では行きますか」
ヘルツバールの御屋敷は非常に広く、所々に芸術品が置かれている。彫刻しかり、絵画しかり。
使用人に所在を聞くと、ソリテュードは自身の部屋にいるということなので、2人はそこへ向かうことにした。
「気になりますか?」
「あっ…すみません」
「これはすべてラバス様が創作されたものなんですよ」
「えっ………ええ!?」
鞆絵は美術に詳しいわけではない。けれどこの作品群が価値のあるものであることは理解できる。素人目でも相当な金額になることは容易に推察できた。
(って…あれ? この絵、どこかで見たような…)
鞆絵は一つの絵画に目を向ける。
この絵画は学校の美術の教科書でみたような気がした。確か門外不出の絵画だったような…
「私の契約している幻妖はロワンモンドの芸術に興味がありましてね。年に数回はここにきてラバス様と芸術について話し合っています」
リジニスの発言に鞆絵はようやくその絵画から意識を逸らした。
「こういう類のは小人族の方が造詣が深いのですがーー」
小人族とは手先が器用であり、自由気ままで楽天家な気質が多い族だとリジニスから教わっていた。彼らが造り出す芸術品はロワンモンドの芸術に勝るとも劣らないらしい。族領は存在するが幻想世界ではどこにでも存在する種族だそうだ。
「急ぎますので、そろそろ行きましょうか」
その言葉に鞆絵は了承した。
2人は広大で豪華な屋敷の中を進んで行く。
「ん? …2人揃ってどうしたんだ?」
部屋に入ると書類と睨めっこしているソリテュードがいた。
樟葉がソリテュードのことをヘルツバールの代理トップだと言っていたが、どうやらその件みたいだと鞆絵は思った。
「珍しいですね、テュー様。貴方様が仕事をなさるなどーー」
「だろ? だが、シオン様と事務長から急かされたからしょうがない」
アルモニーの職務を実質取りまとめている事務長はアルモニーのトップに対して苦情をいえる存在だ。でも事務長は代々、契約者ではなくて、普通の有能な人間が就任するらしい。だから、契約者を含めた皆から尊敬されると言われている。
ーーということを鞆絵は教師のリジニスから教わった。
「マツモトさんを私の仕事に同行させたいので、精霊の加護を賜りたいのです」
「別に良いが………仮契約でも良いんじゃないのか?」
「規則で言えば、仮契約は教師の指導が終わってからですが」
「ああ。そりゃ、そうだったなぁ」
ソリテュードは書類から目を離し、鞆絵の方をみた。
「トモエ、精霊のことはリジニスから教わったか…?」
「ちょ、ちょっとだけ…」
「精霊も色々いるからなぁ…トモエ、ちょっと頭を触るぞ」
ソリテュードは手袋を外し、素手で鞆絵の頭を触った。
ヴィスのようにガサッと触るのかと思ったら、意外にも丁寧にそっと触ってきた。
「目を瞑れ。トモエ」
言われた通りに目を瞑る。すると一瞬で暗闇が視界を覆った。真っ暗な中に自分1人だけが立っていた。
《良いか。今から無数の光が出現するが…悩まずに直感で選べ》
(直感…)
《あちらの方から近づいてくるはずだ》
鞆絵は最初、その意味が分からなかった。でも、しばらく経ってからその意味が分かった。
《たす……けて》
急に頭の中に響き渡る低い、男性の声。
その声にどこか心が惹かれ、鞆絵はその声の持ち主のところへと歩いて行った。
無数の光が鞆絵の視界を遮ろうとした。その光を振り分け、鞆絵は進む。
そこにたどり着いてから、鞆絵はその光に対して話しかけた。
(なんで、そんなに、くるしいの…?)
《………》
その光は、応えなかった。
鞆絵は辛抱強くその光に話しかけた。
いく時か経ったあと、その光は反応を示した。
(わたし…トモエ。エスプリと、コントラするために、ここにきたんだけど…)
《………》
(あなたとなら、なぜか、すんなりとできそうな…きがする)
《………》
(あなたのちからを、すこし、かしてくれませんか…?)
ひとときの間が流れた。その後、光は自らトモエの方へ近づいてきた。
《……………わかった。これも何かの縁だろう》
(ほんとですか…!?)
《ずっと一人だった。嘆き悲しんでいた。自分の名前も未だに思い出せていない。けれど…お前のおかげで、自分という存在を思い出した》
光が鞆絵の中に入ってきた。
薄黄緑色の温かい光が体内を満たし、そして一つになったーー
+++
(まさか…これほどとはな)
ソリテュードは内心で呟いた。リジニスは驚きを隠せていない。
精霊は幻妖よりも弱い。この常識をトモエは覆していた。纏う魔力は、強者のものだ。普通の幻妖と張り合える、いやそれ以上のものだろう。
(こんなに…早く)
ソリテュードはその精霊の正体を知っていたし、なぜそんなに強いのかも分かっていた。だが…思う以上に展開が早過ぎた。
「マツモトさん、これは一体…」
「私もよく分からないんです。精霊は性別はあるんでしょうか…?」
「ある場合もあれば、ない場合もありますよ」
「なら…私に力を貸してくれている精霊は男性ですね」
トモエは暢気にリジニスと話していた。当事者の彼女が自分自身のやったことの重大さに一番気がついていなかった。
無知は罪だ。トモエは先の未来で自分のやったことを後悔することになるのだろうか。
(だとしても…)
それをソリテュードは考慮する余裕はなかったし、立場ではなかった。
いろんなところでしわ寄せがきている。だからどうしてもこの少女を巻き込んでやらなければならないのだ。
ソリテュードは彼の竜王と同じく、内心でため息を吐いた。




