33 憂い、思いを馳せる
「ギネフェルディーナ様は、どうしてそんな状態に……ラバス様は分からないと仰っていたけれどもーー」
とんだ嘘である、と樟葉は思った。彼の方が知らないわけがない。
樟葉自身もそれに関しては当事者ではないためよく知らないが、察しはついている。
「誰か慰めてくれるひとは…いらっしゃらないのでしょうか…?」
「ん~ それはどうだろうなぁ……難しいかもな」
ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムは幻想世界の神様だ。他の君主とは違い、すべての幻妖から "崇拝" されている。ということは、誰からも敬われているということだ。
彼女自身は人懐こいため、それを嫌う…というか、自分の立場を気にしてはいない。誰にでも公平だ。樟葉自身は数えるほどしか彼女と対面したことがないが、一回会っただけでそれが分かってしまうのだ。
彼女は幻想世界に属する幻妖に対しては誰にも公平である必要性がある。例外は彼女と同族の神族の幻妖くらいだ。
「樟葉さんみたいにこちらで保護…とかはーー」
「それは無理だな。今離れると確実に幻想世界は崩壊する。幻想世界が崩壊すれば、こっちの世界も崩壊する」
「えっ!?」
「事態は思った以上に深刻なんだ、トモエ。こっちの世界にも小さいながら影響がで始めているんだ。門の異変…とか、それとか精霊の異変とか……な」
そう言って、ソリテュードは顔を曇らせた。彼がこんな表情をすることは滅多にない。
彼は基本的に楽天家だ。とはいえ樟葉自身もこのソリテュード・パンについては知らないことが多い。この男のことをすべて知っている…といえばヘルツバールくらいだろうと樟葉は思っている。
ただ確実にいえるのは……彼の魔法はチートということだけだ。ヘルツバールと拮抗できるのも彼くらいのものだろう。それくらいに彼の魔法は強力だった。
「でもこのままにしておくわけにはいかないじゃないですか!?」
「ならお前ならどうするんだ? トモエ。彼女に直接会いたいと思うならば、契約者になって幻想世界を渡るしかない。それはつまり…今までトモエが辿ってきた人生を捨てることになるかもしれない」
ソリテュードは鞆絵を契約者にしたがっている。しかも…早急に。
イリュジオンとロワンモンドを繋ぎ止める新たな一手に素質の高い鞆絵を起用しようとしている。そのため慎重に鞆絵の表情を観察している。
どうするのかは、樟葉にはよくわからない。鞆絵なら君主になれるほどの幻妖と契約できるかもしれない。でもそれは今話し合っていることの根本的な解決策にはならない。
「……とりあえず、知らなくちゃいけませんね。イロンデルさんに色々と教えてもらうだけでなくて、自分でも勉強しないと」
「あら鞆絵、イロンデル様が教師なのですか?」
「えっ…ええ」
「今度私にも紹介して下さい。ここにいる間は親交を深めないといけない方々がたくさんいますからね」
樟葉は蟲姫だ。蟲族の訪問してくる要人を迎え入れる役割も持っている。しかし彼女自身が他族の族領にいくことはない。それは専ら君主の仕事であり、ここにいること自体、君主が自国の族領の件で手を放せないためである。
もしリジニス・イロンデルが蟲族にきた場合、要人扱いになる。彼が契約している幻妖は魚族の実質的支配者だ。とはいえ彼もロワンモンドで活動していて幻想世界にくることはないし、彼の契約している幻妖も魚族の族領から離れることはほぼない。
ソリテュードは本気らしい。
リジニス・イロンデルはアルモニーのトップであるヘルツバール・ラバス・ロワイヨムよりも目の前にいるソリテュード・パンの方が親交が深い。それはヘルツバールがあまりアルモニーの契約者と親交を深めないようにしているせいでもあるし、リジニスがヘルツバールをどこかしら恐れているためでもあろう。
鞆絵には教師が一対一でついているとはソリテュードから聞いていたが、まさかそれがリジニス・イロンデルとは樟葉は聞いてはいなかった。ソリテュードが鞆絵の教師の人選に関与してヘルツバールが安易に了承したのだろう。ということは鞆絵の今後の去就はヘルツバールではなくソリテュードに完全に委ねられたということになる。
自分なんかより余程波乱万丈な人生になることは間違いはない、と樟葉は内心思う。
普段なら他人事だと放っておくのだが、同郷からここまでやってきた存在であるのと、先ほどのあの発言が樟葉の頭をよぎる。放ることはできそうにもなかった。
蟲族は差別の対象となり得ることが多い。力も持たず、数だけが多い蟲族は実力社会での幻想世界では他族からの食糧となることが一番多く、必要以上に捕虫されることが多い。権利が保障されていない場所もある。これは神様であるギネフェルディーナがいくら平等に幻妖と接したとしても…無くならない。本能的なもの、それと心の問題なのだ。
蟲族は、弱い。竜族が庇護してくれたおかげでだいぶ改善されたが、未だに蟲族のことを見下す 幻妖は多い。そんな状況下で、鞆絵のあの言葉は応えた。あんな感性を持つ存在が増えれば、蟲族の悲惨な状況も変わるのかもしれない。そんな希望を鞆絵は抱かせてくれた。
ソリテュードの狙いも…そこに鍵があるのだろう。
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「さて…今日は何をしましょうか」
「イロンデルさん。以前提案して下さった話…お受けします。実はーー」
鞆絵はリジニスに一部始終を話した。
「なるほど、そんなことが…蟲姫がこちらに滞在しているのですか。非常に珍しいですね」
「樟葉さんも私にイロンデルさんを紹介してくれと」
「それは追い追いの話ですね。いずれ話す機会もあるでしょうし………それでマツモトさん。貴方は "神様" を救いたいのですか? 私にはそう聞こえるのですが」
「はい。ちっぽけな私に出来ることがあれば…のお話ですが。契約者になるかはまだ決めてはいませんが、何かしらの役に立てればいいなぁ…と」
「何故、そう思ったのですか? 差し支えなければ教えて下さい」
「それは…」
鞆絵が顔を紅くさせたのをリジニスは見て、ある程度の察しはついた。
「ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様はきっと…ヴィスさんに関わりがあるはずなんです。私は…それが知りたいーー」
恋心は偉大である。目的に向かって一直線に進む気持ちを与えてくれる。その気持ちを嘲笑する気はリジニスには無かったし、する気もなかった。
ただ…ソリテュード様の都合の良いように動いているとリジニスは思うことしかしなかった。




