32 "天(そら)"
「さて、報告を頼む」
樟葉が平常心を取り戻したあと、ソリテュードはそう言い出した。
「はい。私たち蟲族の領土は原因不明の火災が相次ぎ、住処となる森が燃えています。もはや壊滅状態です」
「やはりそうか……」
「なので蟲族の君主が蟲姫である私を避難させようと要請を。ここに書類があります」
樟葉はソリテュードに書類を見せた。ソリテュードはその書類を読んでいく。
「シオン様は多分認可するだろうが…お前の立場を考えると俺だけで決定することができない」
「ええ。分かっていますよ。だから、御返事が来るまでこちらに滞在させて欲しいのです」
「ああ。それは良いぞ。この場所はお前たち蟲族が住める場所だからな。本物の住処とはいかないはずだがーー」
「それは構いません。今の蟲族の族領に比べれば」
「実際は外の方が良いかもしれんが…ここには外敵がいないからな。それに今となっては珍しいロワンモンドの生き物が暮らしている。交友するといい。新たな発見があるはずだ」
ソリテュードは樟葉の周りにいる幻妖たちに向かってそう言った。
「姫様ーー」
「アルモニーにいれば私を害する者はいないでしょう。貴方たちも自由に行動して下さい。用があるときはその都度呼びますので」
そう樟葉がいうと、彼らは後ろ髪を引かれるように樟葉の方を見つつも、各自思い通りに本来の姿で飛び去っていった。
そのうちの1人が蟲神態のままで鞆絵の元へ近づき、頭を垂れたまま、こういった。
「貴方のお言葉に、いたく感動しました。貴方になら姫を任せられます。どうか…よろしくお願いします」
そう鞆絵に言い、他の幻妖と同様に本来の姿で飛んで行った。
「あの…えっと」
何か自分は大きなことを頼まれたような気がするし、何か大きなことをしたような気がした。でも鞆絵にはよく分からなかった。
「そうだな。これからどうするか…シオン様の屋敷に邪魔することにしようかな。あそこなら何でも揃っているし、家令が茶菓子でも出してくれるだろう。そこで色々と話をしようか」
「えっ……簡単に入って良いんですか?」
「まあ、留守番を任されているしな。それにシャワーを浴びてくるといい」
鞆絵はここまでくるのに結構な時間がかかったのに加えて、木の幹などが道を邪魔したため、足元が泥だらけだった。それを自覚した途端に疲れが出てきた。
対して同行していたはずの樟葉の美しい着物は泥ひとつついていないし、先ほど泣いてはいたが、今は疲れは見せていない。
またこの道を…と鞆絵は思ったが、相手が初対面のふたりだ。しかもふたりともどうやら高い身分であることはこの短時間で鞆絵にもわかってしまっていた。我が儘を通すわけにはいかないだろう。
と思っていたのだが、その気持ちはソリテュードにはお見通しだったようだ。
「トモエ、心配するな。帰り道は一瞬だ。それともーー空を飛んで帰るか?」
「空を…?」
「ああ。俺とクズハは空を飛べるから、トモエはプルプルの背中に乗って行くといい。今日はいい天気だからな。気持ちがいいだろう」
プルプルはソリテュードに呼応したかのように彼の肩から地面に降りた。そしてズンズンと大きくなり、現実世界では決してみることのできない大きさになった。
「ほら。乗れよ」
鞆絵は恐る恐るプルプルの白い背中に乗っかる。すると鞆絵の体重を気にすることもなく、一気に飛び上がった。
「うわぁーーー」
一気に視界が開け、太陽が身体を照らす。
「アルモニーの本部の地は一種の別世界だ。シオン様が結界を張っているからな。気候は場所によって変わる」
「そ、そんなに広いんですか!?」
鞆絵は息を吸って大声で話しかけた。
「まあ、世界で一番小さい国と同等くらいだろう。とはいえ、アミューズメントパークよりは広いぞ、トモエ。すべての場所を歩き回るだけで一週間は経つだろう」
ソリテュードは背中に黒い羽根を生やしていた。樟葉の方をみると、彼女の背には薄く綺麗な蝶の羽があった。
「なあ、トモエ。それを聞いただけでワクワクしないか!?」
鞆絵に呼応してか、ソリテュードも声を大きくした。
「はい!!」
晴れやかだった。頬をなぞる風も心地が良かった。空を飛んでいれば今までの悩みがちっぽけであるかのように感じてくる。
短い時間の滑空であったが、鞆絵は満足した。また翔びたいと思った。
もし幻妖と契約するのであればーー翼がある幻妖が良いなあ…とぼんやりと思ってしまうほどに空を飛ぶことが好きになった。
ヘルツバールの屋敷でシャワーを浴び、身体がスッキリしたところで新しい服を使用人から渡された。今まで着ていた服は洗濯して返してくれるとのこと。ここの使用人はすごく親切だと思った。
「さあ、お話しようか」
ソリテュードがいる場所に案内され、勧められるがままに彼の隣の席に座る。
樟葉もいて、先ほどまで鞆絵にとっては難しい話をしていたようである。
「何から話をしようか?」
「えっと…」
テーブルに置かれていたのは日本茶に和菓子だ。それを樟葉は綺麗な仕草で飲んでいる。その様は芸術的だ。
「樟葉さんは蟲族の契約者なんですよね?」
「ええ」
「で、えっと……幻想世界に………住んでいるんですよね?」
「私は蟲族の象徴的立場で蟲姫と呼ばれています。蟲族は特に様々な種が存在していて、性格も様々です。他族の族領にももちろん蟲族は存在しています。そんな彼らを纏め上げるのは中々至難の技なんですよ。だから私がいるのです。まあ…幻想世界にいる形だけの外交役ですね。君主は別にいるので権力はありませんよ。ただ…周りはそうとは思っていませんが」
樟葉の立場の難しさがほんの少し鞆絵にも理解ができた。
「だがクズハは蟲族にとって重要な人物であることは変わりない。蟲姫が亡くなれば君主の求心力が失われる。蟲姫を任命するのは君主だからな。シオン様やアルゲベルト様も選抜には協力している」
「何故ですか…?」
「竜族は蟲族を庇護しているからだ」
「えっ…でも竜族は中立だとーー」
「私たちは戦争しませんよ。平和に暮らせていければ良いのです。ただでさえ力が弱く、寿命も短いのですから」
「あっ、樟葉さん…ごめんなさい。気を悪くしないで下さい」
「いえ。大丈夫ですよ」
そう言って…樟葉は微笑をを浮かべた。その姿を見て、鞆絵は心が締め付けられそうになった。
「それで、その樟葉さんの暮らしている場所がーー」
「ええ。そこそこ大変なことになってきましたので、私だけ避難を。君主は離れることは…できませんから」
「それって…まさか」
以前ヘルツバールから聞いた話を鞆絵は思い出す。
幻想世界が危機になっている理由、それはーー
「ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム………様?」
「まあ……そうかもな」
声を落とし、ソリテュードはそう言った。
「だが…まあ……そればかりではないけどな」
「パン…様?」
「トモエ、止めてくれ。堅苦しいのはヴィスやシオン様以上に嫌いなんだ。どうかテューと呼んでくれ。頼む」
さすがにそこまで言われてしまえば断れなかった。
それにしてもソリテュードは…何といえばいいのだろうか。遠慮する必要がないと思わせるような人懐こいオーラを出している。と鞆絵は短い時間であるが感じていた。
(表に出たがらないって樟葉さんがいっていたけど……もしかして、思った以上に………寂しがりや? ひとりでいるよりも……誰かと一緒にいる方が………楽しいと感じるひとなのかなあ?)
いやいやそんなわけない、会ったばかりのひとに対してなんて失礼なことを思いつくのであろうかと、鞆絵は心の中で頭を振った。




