25 "血"
サブタイトル通りに血に関する表現があります。流血描写有りです。
(こうなったら…止む無しか)
何が仕掛けられたのかは分からなかったが、銀色の短剣自体を消し、付属していた効力も消し去った。これで短剣にかかっていた魔法が身体に侵入してくることはない。
問題は短剣からヴィスの身体の中に流れ込み、効力を発している魔法だ。この場合は血液が媒介となって身体に効力を及ぼしているに違いないと踏んだヘルツバールは、常時首に下げてあるペンダントを取り出した。
周囲の目を気にしている暇はない。こうしている間にもヴィスが死に急いでいるかもしれないのだ。短剣を解析すれば、どんな魔法がかけられているか推察出来るだろうが、命がかかっているこの状況下でそんな悠長なことはしていられなかった。
ペンダントはヴィスが持っているのと同じ形状をしていて、羽根の形をした紅く透明な装飾品だ。意識を強く傾けなくても、それは元の姿に形を変えた。
魔法には必ず意思が必要だ。情景、即ちイメージが必ず入り、頭に思い浮かべるのに時間が少々かかるので、ラグが生じる。魔法がどれだけ具体的に現実世界に顕現化出来るかは、経験と才能によるものが大きい。しかしこの場合、ヘルツバールは頭にイメージすら浮かべておらず、呼吸をするように一瞬でその事項を顕現化させた。短剣を消し去ったときもそうだ。
それは驚くべきことであり、今まではこの世界の主でしかなし得ないと思われていたことだった。
血の球体に姿を変えたそれは傷一つついてはいないヴィスの中に入り、新たな血液となる。それと同時に魔法の媒介となっていたヴィスの身体にあった元々の血液はヴィスの身体を出て、球体に姿を変えていった。
ヴィスの身体の上に浮かび上がる二つの球体。それはどちらもヴィスの血液であった。新たに入っていく血は前にヘルツバールによって時間を止めて濃縮し、形をアクセサリー状に変えていたヴィスの血液で、万が一の時に備えこのように輸血出来るようになっている。それは以前のヴィスから血液を取り出し、空気に触れる前に時間を止めていたものだ。
この状態下でも身体の中に入るときにしか血液中の時間が動かないようにヘルツバールはしていた。そして、ヴィスの身体から出て行く血は空気に触れる前に時を止めた。
「興味深いですわねぇ~? ヘルツバール様の行っていらっしゃることは。身体に何かを付加することは魔法によって出来ても、身体を弄るのと同じ行為はあの御方しか出来ないと思われていたのにぃ~」
プランナの疑問についてはアルゲベルトは判っていた。
今、盟友のやっている行為は人体そのものを変化させるに近い行為だ。血を身体に入れ、また血を抜き取るなぞ、身体そのものを創り変えているといっても過言ではない。
幻妖や契約者などが怪我した場合、身体に存在する回復力を高める治療法を取る。今回のヴィスのように魔法によって身体に何らかの効力が発揮された場合、その魔法を解析して対抗する魔法のかかった液体や固体や気体といったもの、言い換えれば薬を鼻や口、又は血液などを介して身体に送り込む。
しかし、ヘルツバールの治療法は血を抜くといった意味で瀉血に少し似た方法だ。しかし瀉血とは違い魔法の媒介となっている血液自体を全て取り替えている。 "全て" というところが問題で、このような方法が出来ること事体、色んな意味で問題である。
(この状況、一体どうすれば…!?)
アルゲベルトは焦っていた。
ヴィスの身体が一安心したら、つまり今やっている行為を完遂させたら(とはいっても、ヘルツバールの行為は対症療法であるため、ヴィスの身体に効力を及ぼしている魔法には効果がなく、根本的な解決にはなっていない)、盟友は本気になって自分の娘を殺しにかかることが容易に推察出来る。
ヘルツバールはヴィスのことになると君主であるアルゲベルトが恐ろしいほどに人が変わるのだ。盟友がこの世で唯一恐れること、それはヴィスがこの世からいなくなることだけである。
それに…とアルゲベルトは気になっていた。このようなことを引き起こしておきながら、観客席にいる幻妖が動きを止めているのだ。プランナがこうなっているからこそ、もしかしたら…とは考えずにいられない。
妻であるラフィヌはこの異常事態に戸惑うことなく黙々と息子の治療をしているが(ラフィヌは戦闘も出来るが治療の魔法も使える貴重な竜でもある)、エフォールは妹が起こしたことに混乱している様子で使えそうにもない。結果、自由に行動が出来るのは自分しかいないこの状況下に焦りを禁じ得ないのだ。
アルゲベルトにとって恐怖なのは目の前の娘の次の行動などではなく、盟友の方の行動であった。本気の程度にもよるが下手するとこの世界とあちら側の世界、両方の世界が消滅の危機なのだ。これは誇張でもなんでもなく、事実であった。
「まぁ、目標は達成されたことですしぃ~ 私は御暇致しましょうかぁ~ あの方の元へと帰らせて頂きますわぁ~」
「それはさせんぞ」
イディオファナに操られているとはいえ、プランナ自身の戦闘力が上がったわけではないらしい。そうアルゲベルトが感じたのは、即座に娘を昏倒させてからだった。
先程のヘルツバールの蹴りが効いていたらしく脇腹が抉られていて、意識を失っていなかったのが奇跡とでもいえるべき状況であった。それをアルゲベルトは対話している時点から視認していて疑問にも思っていたのだが、これなら先程の会話も全て洗脳されている故の虚勢であろうとアルゲベルトは結論づけた。
プランナは意識を失い、父親の腕に納まった。
「ちょ、まっ…待ってよ!お父様!! 何がどうなっているんだ!?」
息子の投げかけにそんなこと、私が聞きたい…とは思っていたりはしたが、首謀者は分かり切っているし、相手もそれを把握済みだろう。
淫魔族が一番魅了の魔法に長けるのは周知の事実だ。方法については推測の域を出ないため、娘から聞き出す必要があるだろう。洗脳されている娘が容易に話してくれるとは限らないし、何よりも盟友の行動が怖い。
「エフォール。そんなことよりも…目の前の事柄に対処しなさい。あいつらにプランナを拉致されたら………二度と会えないかもしれない」
治療を終えた息子の動揺を宥めるように、ラフィヌはそう言った。じりじりと近づいてくる包囲網に気がついていたからだ。
それらはアルゲベルトが気にしていた観客の幻妖で、ラフィヌも夫同様、この状況を作り出したのはイディオファナの洗脳であると思っていた。
先程まで動きを止めていた彼らはジリジリと動きだして包囲網を造っていた。
「ラフィヌ、エフォール! ここから抜け出すぞ!!」
「なっ!?」
「私たち以外の竜は洗脳されている! 詳しい話は後でするから、退路を開くぞ!! そうしないとどうなるか分からん!!!」
それを聞いて益々動揺するエフォールをよそに、アルゲベルトは即座に翼を背中から出し、羽ばたかせた。木をも倒すような猛烈な風が起こり、洗脳されている竜たちを倒していく。以前、ヴィスが幻妖に対して行ったのと同じ攻撃方法だ。
咄嗟に魔法を使って体重を重くしたが、エフォールはヴィスとヘルツバールの心配をした。彼からしたらよくわからない、脳が理解出来ないような衝撃的なことをやっていたヘルツバールであったが、まだその作業は終わってはいなかったはずだ。
吹き荒れる風の中、目を凝らして彼らのほうを見るエフォール。そこには強風が吹いているはずの中、まるで何も起こっていないかのように黙々と作業を続けるヘルツバールと、倒れたまま動かないヴィスの姿があった。
(お父様が小結界でも張ったのか…!?)
ヘルツバールの顔は、いつもとは全く違う様相を見せていて、近づき難い雰囲気だ。この表情を見るのは、エフォールにとっては初めてのことであった。
強風が収ったときには、観客席にいた竜は皆倒れていた。自分も反応が一瞬でも遅れていたら、あのような状態になっていたに違いない。
それだけ父親の魔法が強力だったともいえるが。
「よし! ひとまずここから場所を移すぞ!! いつ目覚めるか分かーー」
「アル」
空気がとまった。




