23 湧き上がる疑問
翌日。
広大な石畳みの広場に1人と一匹は対峙していた。
石で造られた空間は、広々としていて、頑丈だ。
例え竜態に戻ったとしても、足元の石は崩れることのないようになっている。
観戦者はヘルツバール。ラフィヌ。そしてプランナ。そして、この私有地内にいる竜族の幻妖たち。とはいってもこの私有地にはアルゲベルトが信頼を置くものしか入れないようになっているため、数としてはあまり多くはない。
判定は君主である、アルゲベルトだ。
「相手を気絶、もしくは降参させたら勝ちだ。また相手の生命に関わるほどの魔法、攻撃は禁止する。さらに周囲に攻撃を故意に与えたと私が判断した場合、反則負けとする。エフォール、お前は竜態になるなよ。あの体格差では全くフェアではないからな」
「分かっていますよ」
ヘルツバールによって、観戦席には結界が張られていて安心に観戦出来るようになっていた。また、もう一つヘルツバールは魔法を自分とヴィス以外にかけていた。
「ヴィス、大丈夫カ?……久し振りダロウ? その状態で戦うノ」
「慣れれば多分…大丈夫さ」
状態をフェアにするためにヴィスは前髪を後ろで束ね、残りの垂れる前髪はピンで留めていた。
騎士として幻妖と戦うときでさえ髪は留めないヴィスであるが、エフォールの気迫に感化されて以前のように髪を留めようと思ったのだ。およそ三十年前のときもヘルツバールにこのような措置をしてもらい、ヴィスはエフォールと戦った。
(さて…と)
ヘルツバールとの会話も終わり、ヴィスは目の前の相手に集中することにする。
ヴィスの武器は基本的に拳か銃である。近距離なら拳、遠距離なら銃と使い分けていた。しかしながら以前、幻妖と戦ったときに披露したように、剣も出来るし、その他類の武器も一通り使えることには使える。使い分けは相手の状態によるものが大きい。
目の前のエフォールが手に取っているのは、剣である。
そのため、ヴィスも片手に剣、そしてもう片方には銃を持っていた。
「ヴィス、今度こそは君に勝ってみせるよ」
「せいぜい頑張れよ」
親と話し終えたエフォールは相当な気迫を見せていた。倒すという意思を、気持ちを相手にぶつける。
それに呑まれていては話にならない。ヴィスは戦闘経験豊富なため、その気迫を心地良く、また頼もしく受けていた。
「エフォール、ヴィス君。準備はいいかね?」
審判のアルゲベルトの声に両者は頷いた。
「では………始め!!」
最初に、ヴィスは銃を打った。
と同時にエフォールは火を吐いた。
ヴィスの弾はエフォールが避けたために当たらなかった。そんなヴィスの足元に炎が迫る。
(……ッ!!)
初っ端から炎を吹くとは思っても見なかったヴィスは一旦後退した。
(炎は視覚遮断の意図か…まぁ考えたものだ)
炎はヴィスの背丈ほどに燃え上がった。これでエフォールがどこにいるか全く判らなくなった。そんな状態の中、ヴィスは目を閉じ、感覚だけでエフォールを捜すことにした。
自分が吐いた炎をかいくぐり迫ってくるエフォールに対して、視覚ではなく、感覚に頼ったヴィスは勝手に身体が動いた。まるで、そこにいるのが分かっていたかのような反応をヴィスはエフォールに対して実行した。
迫るエフォールの刃をヴィスは視覚で確認することなく受け止めた。
「さすがヴィスだね」
「話す暇があるのか? やけに余裕じゃないか?」
そこからの激しい斬り合い。剣を撃ち合う金属音が周囲に響き渡った。
+++
(フーン。前回よりは戦えてるナ。エフォールは)
彼らの戦いぶりを見て、ヘルツバールは前回の試合を思い出すことに成功していた。
エフォールは伊達に軍所属ではないらしく、上から厳しく指導されているようにヘルツバールは思えた。二人の撃ち合いは戦闘経験のない一般の幻妖では視認出来ないほどの域に達していたからだ。
「まぁ~、あの子結構頑張っているみたいじゃないのよ」
「オイオイ。自分の息子の実力知らないのカヨ?」
ラフィヌはヘルツバールの隣にいて、一人と一匹の試合を観戦していた。
ヘルツバールは呆れてラフィヌの顔を見た。初めて会ったときから全く衰えていない横顔が見てとれる。
ラフィヌ自身も立場上戦いに馴れている必要性がある。君主の配偶者というのは君主の弱点にもなり得る存在だからだ。配偶者を人質にとり、要求を呑ませようとする幻妖は異世界に行き好き勝手しようとする幻妖と同様に少数ながら存在する。配偶者といえども生半可な状態でいることは出来ない。
「私自身が軍に赴くことはそうそうないわ」
「そりゃァ、そうダガ…」
「でも、頑張っているというだけ。それだけよ。勝敗の行方なんて試合の始まる前から決まっているんだから」
泰然とした態度を取りながらも、ラフィヌはその事実がさほど重要でもないかのようにさらりと言った。
「オイオイ。言葉に出すナヨ。誰が聞いてイルか判らんじゃナイか? 観客の希望を根底から折るツモリなのカ?」
観客はアルゲベルト直轄領の住人。言うまでもないがヘルツバールを除けば皆、幻妖である。
そんな彼らは勿論のこと、皆領主の息子であるエフォールの方を応援していた。
「聞いてはいないわよ。皆戦っている彼らに夢中なんだから」
「………」
ラフィヌ自身は娘のプランナに似たところが多々ある。破天荒なところは昔に比べてなりを潜めているが、強引なところはそのままである。昔はアルゲベルトを連れ回し、無理難題を突きつけたりすることは日常茶飯事だったらしい。実際、ヘルツバールもその場面を何回とも言わず、何十回も見たことがあった。それは普通の人間からしたら途方もないとも言われそうな昔のことである。
「…いつになったら、穏やかなときが来るのかしらね? ーーヴィスにも、貴方にも」
喧騒に溢れかえっているこの場で普通に会話することすら至難の技だ。だが、ヘルツバールとラフィヌはそれを容易にやってのけている。
ラフィヌの問いにヘルツバールは黙ったまま答えようとしない。ただただ、首の下の辺りの服を握りしめていた。
「ヴィスさぁああ~ん! 頑張って下さぁああ~い!!」
そんな重苦しい雰囲気をプランナの大きなある声援が掻き消した。
「プランナ。貴方は本当にヴィスが大好きね?」
プランナは母親であるラフィヌの隣だった。ヘルツバールからしてみればラフィヌを介した隣となる。
ラフィヌの言葉にプランナは声援を一旦止めて、母親の方に顔を向けた。
「あったりまえじゃぁないですかぁ~? だって、ヴィスさんはいっつもかっこいいじゃぁないですかぁ~?」
(…………アレ?)
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら母親に熱弁するプランナ。その姿にヘルツバールはどこかしらの違和感に気がついた。
"いつも" と話すプランナと、その雰囲気、そして、昨日の彼女の発言を頭の中で思い返してみる。
プランナは "いつも" と話してはいるが、勿論のことヴィスとは連絡を取り合えるような直接的な接点がない。基本的に幻想世界や幻妖とは契約者しか接点のない世界だ。
それに、ただでさえヴィスは交友関係を制限しなければならない状況下だ。プランナも兄であるエフォールもヴィスを慕っている様子を見せてはいるものの、両手で足りるほどしか会っていないのが現状だ。
(プランナがヴィスを好きだと言い出したのハ…何年前からダ?)
プランナの様子をみれば、ヴィスに好意を寄せていることは明確である。だが、それがいつからだったかがヘルツバールには思い出せなかった。
(これほどまでにスキンシップを取り合う女の子だったっけカ?)
ヘルツバールの中で疑惑の念がムクムクと膨れ上がっていくのと同時刻、彼の盟友であるアルゲベルトが試合の終了を告げた。




