22 休息の中に潜む棘
「ここが、お父様とお母様の部屋だよ」
そこはひときわ豪華な扉であった。
ヴィスも散策時にこの扉を見かけたことがあった。
ノックをして、中に入ることにする。
「失礼します」
エフォールの予想通り、そこには竜族の君主であるアルゲベルトとその妻、ラフィヌの姿があった。
更にはヘルツバールの姿もあった。
「やぁ、ヴィスくん。久方ぶりだね」
「今日は。ヴィス。居心地はどうかしら?」
「ご無沙汰しております。アルゲベルト様、ラフィヌ様。このような場所に呼んで頂き、有難うございます。ずいぶんと快適に過ごさせて頂いております」
「快適ねェ~?」
「うるせえ、じじい。お前に答えは聞いてねぇんだよ」
ニタニタとした気味が悪い笑みをヴィスに向けてくるヘルツバールに対し、ヴィスは睨み返すことで対処する。
「さあさあ、座って。お話でも聞かせて頂戴。紅茶はいかが?」
「頂きます」
ラフィヌに促され、ヴィスはソファーに座る。それに続きエフォールとプランナも座った。
プランナはヴィスの隣。エフォールは父親のアルゲベルトの隣。ラフィヌの近くには香りが良い紅茶と菓子が置かれている。ヘルツバールはニヤニヤとした顔を崩さず、ヴィスの真向かいの位置に一人座っていた。
「ふ~ん、なるほどね」
ヴィスはトモエの話題を出した。
苦い気持ちが表面化しそうになったが、必死に隠す。この気持ちが分かっているのは、アルモニーの本部に帰って来たあとの晩餐会のときの相手、終始ニヤニヤ笑っているヘルツバールのみだ。
ラフィヌやプランナがいるためか、血なまぐさい話はこの場には適さない。しかしながら、ヴィスは騎士だ。そういった場面の方が圧倒的に多い。だから仕方なく、血なまぐさくないまともなトモエの話題を出したのだ。
「ねぇ、ヴィス。彼女は契約者になると思うかい?」
「ん~、今は何とも言えないな。まだ保護して日も浅い。環境に馴れる方が重要だろう。その点はペルーシュに任せておけば大丈夫だろうが…」
「俺サマとしては、契約者になって欲しいけどネ。だってあんな上玉数十年に一度あるかないかじゃないカナ? もしかしたら君主とも契約出来るかもしれナイ」
「そこまですごいのかぁ…」
質問したエフォールは感心している様子だった。
その様子に対して疑問を持ったヴィスはエフォールにこう質問した。
「お前、トモエと契約したいのか?」
「えっ、どうしてそう思うわけ?」
「………お前がトモエに対して興味を持っているように見えたからな」
ヴィスは匂いを味わった後、紅茶を口に入れた。ふわっとした優しい味わいが口内に広がっていくのがヴィスにはよく分かった。
「僕たちにとってはロワンモンドは憧れの対象だよ。契約していない幻妖が行くとことはよほど物騒なことがない限りないものだから。騎士のヴィスなら分かるでしょ?」
「ん、まぁ…そうだな」
「プランナだって、ロワンモンドには行きたいですよぉ~? だって、ロワンモンドにいれば、ヴィスさんと逢える機会が増えるじゃないですかぁ?」
ヘルツバールみたいな嫌らしい笑みを向けることは一切なく、羨望とその他諸々を含めた笑みを浮かべるプランナ。
「私も行きたくない。と言えば嘘になるわね。でも、そう簡単にはいかないもの」
品のいい表情を浮かべるラフィヌ。その表情はどこかしら娘のプランナを彷彿させるものがあった。
「竜族は異世界のロワンモンドと交流するのに一番好意的な族よ。だって、頂点に座する君主が異世界の人間と契約しているのだから交流が盛んになるのは当たり前よね。でも、未だにロワンモンドと交流する、増しては契約を結ぶことに否定的な族は少なくないわ」
「…確かに。余計な軋轢は生じない方が良いでしょうね。竜族は中立な立場ですし」
「まぁ、別に俺サマにしてはどうでもイイコトだけどナ」
「おい、じじい。お前がその立場でどうするんだよ?」
相変わらず、育て親の思考はヴィスには分からないところがある。思考におく部分では自分よりも彼の盟友の方が理解しているだろうとヴィスは思ったため、今まで黙していたアルゲベルトの方に視線を向けた。
「ヴィスくん。我々の族の立場としては他の族に推奨するという行為はあまりやらないのだよ。やれるとしたら…」
「神族ですねぇ~! 神族の契約者が現れればきっと他の族の幻妖たちもこぞって契約し出すでしょうねぇ~!!」
「………」
ニヤニヤとした視線が痛いほど突き刺さっていた。最近あんなことを仕出かしたためか、申し訳ない気持ちがヴィスの中には出てきてしまう。
別にその話題を出されたところで大丈夫なことは育て親にしてみれば分かり切っているはずだ。自分は元々無表情が取り柄で、更には前髪で表情が隠れているため視覚的には読み取れないようになっている。
それよりも気を使ってだろうわざと視線を合わせようとしないアルゲベルトやラフィヌの方がヴィスには痛々しく映ってしまっていた。
「それは難しいんじゃないかな? だって、神族はこの世界の中心地でもある族領の中でしか住んでいないから………そんな彼らがロワンモンドという異世界へ行こうなんて考えつかないだろうし」
「そうねぇ。その通りですわねぇ~ お兄様」
この場の微妙になった雰囲気を察することが出来ず、地雷を踏み続ける兄妹二匹。
"まだまだ未熟だな" と思った彼らの父親は、自らが地雷を作るきっかけとなったことを内心後悔していたため、責任をとって話題変換をすることにした。
いくら竜族が大らかな性格が多いといえども場に即した動きを取らなければ、大人とは言い難い。そのことをまだ子供達はわかっていないようだとアルゲベルトは内心で溜め息が出そうになった。
「…さて、ヴィスくん。不肖の息子の頼みは聞いたかね?」
「はい」
「あとはヴィスくんの気持ち次第だ。承諾してくれるかい?」
「ええ。勿論ですよ。本人にもそう伝えましたし」
その話を聞いてか、妹ととの話を中断してまでエフォールが食いついてきた。
「ヴィス! このあとすぐやろうよ!!」
「待ちなさい、エフォール。貴方も色々とあって疲れているでしょう? 今日は休養をとって明日にしたらどうかしら?」
息子に完璧な笑みを浮かべながらも、ラフィヌはそう言った。
"落ち着きなさい" と母親から言われたことに気がついたエフォールは少し冷静さを取り戻した。少なくとも表明上はそう見えた。
「………分かったよ。お母様。ヴィス、明日御願いするよ」
「分かった」
簡略な返事を返し、ヴィスは頷いた。
ヴィスは紅茶のカップに手を伸ばして、紅茶を飲もうとした。しかし、液体が喉を通ることはなかった。そのことに慌てて気がつき、見てみるととっくの昔に紅茶は飲み干してしまったようだ。空のカップだけがヴィスの目には映った。
「ティーポットはここにあるゼ。ヴィス」
ニヤニヤしながらヴィスを眺めるヘルツバールの表情が見えた。ヴィスの茶番に最初っから気がついておいて、あえて指摘していなかったのだろう。そのことがヘルツバールの表情から容易に読み取れるため、ヴィスはイライラとしてきた。育て親は自分以上に自分のことを見えている。そんなことなんて分かり切っている。でも、だからこそイライラするのだ。
幸いなことにヘルツバール以外にはヴィスの茶番は気づかれてはいない。それについては良いところであった。今この一瞬だけは竜族の大まかさにヴィスは感謝した。
「ああ。ありがとう」
ヘルツバールに睨みをきかせて、ヴィスはティーポットを受け取った。その表情は彼にしか見えないものだ。
それに気がついているにもかかわらず、尚もヘルツバールはニヤニヤとした笑みを崩さずにいた。




