17 気が抜けた晩餐会
「あー、やっぱりここが一番いいな」
自分の部屋に戻って来て、ヴィスはそう思った。
この開放感は、多分御守りから開放されたことによるものが一番大きいだろう。
空間から荷物を取り出す。
これも一種の魔法である。
荷物には、日本で買った調味料、味噌なども入っていた。
荷物をあらかた整理して、ヴィスはヘルツバールがいると思われる場所、食堂へ行くことにした。
廊下には中世ヨーロッパの風潮を醸し出す品が数多く並んでいる。
この建物自体もヘルツバールが中世の時代に建てたもので、改築を繰り返して今に至る。
彼一人だけで住むにはもったいないほどの広さがある城館で。
勿論、ヴィスが住むようになっても、有り余るほどに広い。
庭園、つまりイングリッシュガーデンには幾何学模様の低木が配置されている正面の場所の他に、花々が存在を主張しているフラワーガーデン、噴水があるウォーターガーデンと、他にもたくさん存在し、絶妙な場所に東屋が存在する。
上の階からみると絶景である。
そんな景色を横目に見つつ、ヴィスは食堂へと歩を進める。
「待ってたぜ。ヴィス」
食堂に着くと、ヘルツバールはすでに座って待っていてくれた。
ヴィスもヘルツバールの真向かいに座り、乾杯をして食べ始める。
「ねぇ、ヴィス、顔見せてよ」
「ああ。トモエが俺の素顔を見ようとしてたから、余計な神経を使ったんだぜ」
「あっはっはっは! チョーやりそうだと思ったら、実際にやろうとしてたのか、アノコは」
ヘルツバールはゲラゲラと笑いながら豪快に食べ始める。
竜族と契約している契約者は皆健啖家、つまり大食漢になる。
君主と契約したとはいえ、ヘルツバールもその体質は変わらない。
幻妖も食事を取る。
そして、竜族の食事の量は人間とは比べ物にならない。
あの巨体を動かすだけあって、竜族はエネルギーを多々必要とする。
健啖家になるのはそういった契約している竜族の性質につられてのものである。
ヴィスが普通の、何の装飾もない黒いピンを取り出し、髪を止める。
「変わらないな。全く」
その顔を見て、ヘルツバールはそう呟いた。
このヘルツバールの屋敷に居る執事や侍女たちは皆ヘルツバールの魔法によって、誰1人例外なくヴィスの顔を見れなくしてあった。
「あー、やっぱり楽だわ。こっちのほうが。見えるし」
ヴィスは一息ついた。
「やっぱり、視覚って大事だよねぇ~? 今度ダレカにお仕置きするときは、目を焼くか」
「誰かって…また規律違反者が出たのか?」
「まぁねぇ~もう捕まえてるし、処遇を考えていたところなのよ~」
契約者は人間の法では裁くことは不可能だ。何故なら、彼らは魔法を使うから。
そんな彼らでも、ヘルツバールが強いた法があり、それらを守れないとなると、罰が下る。
例えば魔法を持ってして、何の罪も無い人間達を大量虐殺した場合、罰則の対象になる。
「ニンゲンを殺すことが楽しいらしいのよねぇ~? そんなこと幻想世界でやれば良いのに。
あっちだったら、何の法律もないし」
「それはじじいだからそんなことが言えるんだよ。幻想世界の方が厄介じゃないか? 殺された側の族の君主が殺人者を許すわけがない」
ヘルツバールは立場的には君主と同義だ。
君主は…基本的に何をやっても許される立場にいる。だからそんなことが言えるのだろう。
「まあ、アルが困るだろうから止めておくけど」
そう話しつつも、ヘルツバールはものすごい速さで料理を食べていく。その度に、使用人が新しい料理を持ってくる。
そんな物騒な会話をヴィスとヘルツバールはしているが、これはもはや日常茶飯事である。しかも、これは結構軽い方だ。二人共、まともな生き方を辿っていないため、食事中にも関わらず、そう言った生臭い会話が飛び交うのだ。
「で、どうだった? 日本での生活は」
「胸くそ悪いくらいに平和だった」
日本とは…表側犯罪臭があまりしないと聞いていたが、実際に行ってみるとそれはヴィスの想像以上だった。裏側を見てみると実際はそうでもないのかもしれないのだが、さすがにそこまでいこうとは全く思わなかった。
「あそこに生まれていたら………どれだけ天国だったんだろうなーとかは思う」
幻妖がヨーロッパよりもはるかに少ない国、日本。
ヨーロッパにいれば、高確率の頻度で幻妖に遭遇することは多いが、日本ではそんなことは滅多にない。
それだけでヴィスからすれば天国だった。
トモエも高い幻妖の素質を備えながら、ヴィスが関わった事件に関わるまで幻妖に一切遭遇していなかった。
それがどれだけ幸運なことか、彼女には分かりはしないだろう。
生まれながら、幻妖と関わらずを得なかった状況下だったヴィスにとって、トモエのような者は……正直なところ苛立ちを覚えてくるのだ。
「だが、トモエの顔はしばらく見たくはないな。あの顔を見ていると……苛立ってくる。さすがに本人の前じゃそんな表情は一切ださないが…」
表情を変えずにいること。それはヴィスの得意技である。というよりも、ヴィスは幼少期全く無表情な少年だったのだ。それを親代わりのヘルツバールやレイアーナを始めとした人物と接することによって、今のような表情が出せるようになっただけであって。
「だと思ったからさぁ~ 俺サマ考えたワケ」
「何を?」
「リ・ョ・コ・ウ・☆」
ニヤニヤ顏をしながら、もはや人間ではない食欲を見せるヘルツバールはそう言い放った。
ヘルツバールは非常に旅行が好きである。
アルモニーのトップでなければ、この世界や幻想世界問わず、様々な場所を勝手気ままに旅していただろう。
アルモニー設立時、契約者だった当時の設立者たちは、ヘルツバールをトップにすることで、彼が最強の契約者であることを提示するだけでなく、許可なく勝手にいなくなる彼を一カ所に留まらせる意図があったのではないかとヴィスは勘ぐってしまう。
何百年前の話であるし、設立者たちはヘルツバール以外全員死んでしまっているために、真相は闇の中だが、実際のところはそんなもんだろうとヴィスは思っていた。
ヴィス自身はこのヘルツバールの旅行好きに人生を助けられたのだ。呆れこそするが文句を言える立場ではないと、心得ている。
彼が何回も自分だけを伴に連れて行くことに関しては素直に従っている。
ヘルツバールは自分一人かヴィスを伴うかそれら両方でしか旅行はしない主義を取っている。これは衆知の事実だ。
だから他の契約者からヴィスが嫌われている理由の一つにはこれがある。
ヴィスからしてみれば、ヘルツバールの旅行好きの真の理由を知っている故か、自分以外とは行かせられないとは思っているところだ。
「………最近忙しくしていたのはそのせいか」
「ソノ通り! 今回はヴィスも来るんダヨ☆」
ヘルツバールの提案に、ヴィスは感謝した。
これでここから離れられる口実が出来るし、トモエとは当分会わずにすむのだから。
「まぁ今回は実際のところ、旅行というより休暇の満喫って話になるんだけでさァ~」
ヘルツバールは莫大な財産を持っているためか、あちらこちらに別荘を持っている。しかしメインとして使っているのは勿論ここだ。
ヴィスはどこかの別荘に行くのかとボンヤリ考えた。
「別荘にでも行くのか?」
「イヤイヤ、そうじゃないのよ。そうじゃ………今回の舞台は幻想世界なんだから」
「何だ…と?」
ヴィスは驚愕した。何故なら…とある理由によって、幻想世界に行けなかったからだ。
「俺が幻想世界に行けるのか…?」
「まぁね。行くと言っても、アルの守護範囲になるよ……それ以外はちょっと危険だしサ」
"危険" という意味をヴィスは熟知していた。だから幻想世界には二度と行けないものだと思い込んでいたのだ。
ヘルツバールの説明はこうである。
ヘルツバールが契約している幻妖であるアルゲベルトの息子のエフォールの誕生日が近々開催されるらしく、ヘルツバールはそれに招待された。
パーティーが終了後、アルゲベルト一家はアルゲベルトが所有している土地へ休暇に行くことになり、それにはアルゲベルトの他にヴィスも招待しようという話になったらしい。
「休暇はアル一家とアルが信頼出来るものを数名しか連れて行かないそうだから、のんびり出来るゼ。まあ、そこは国有地になるから、勝手に入らないように過剰と言えるほど強い結界が張ってあるし…」
ヴィスの言いたいことが分かっているのだろう。ヘルツバールは話を重ねた。その間もたくさん食事を平らげている。
ヴィスはデザートに入っているにも関わらず…だ。
「なら、大丈夫だな。久しぶりにあいつらにも会いたいし…」
アルゲベルトの家族は四匹だ。
アルゲベルト自身の他にはアルゲベルトの妻ラフィル。そして先程話題に出たアルゲベルトとラフィルの息子のエフォール、そしてエフォールと同じ親を持ち、エフォールの妹のプランナだ。
ヴィスはアルゲベルト一家とは面識がある。
十代の後半に最後に会ったきり、それ以降会っていないのでおよそ三十年ぶりの再開になる。
竜にとっては三十年は大したことはないのだが、人間はそうはいかない。
とはいってもヴィスは二十代前半の容姿を保ったままなので、外見だけは変わっていないように見えるだろう。
「じゃあ決定だな。早速明日から出かけるから準備しとケ」
「はぁ! 明日!?」
「あったりまえじゃぁん☆」
「ということは、俺の許可を得ずとも強引に連れて行ったな。くそじじい」
「だから、じじいって呼ぶなって…」
そう言いながら、ヘルツバールは最高級のワインを水のように飲んだ。
契約者は契約した幻妖が病気になるかしないと、病気になることはない。
「あっ、そうそう。分かっていると思うけどサ。あの力はくれぐれも幻想世界で使わないこと………彼女に逢いたくないなら」
「分かっている」
幻想世界であの力を使うことは自殺行為に等しい。このことが原因で幻想世界に行くことが今まで出来なかったのだ。休暇だからと言って、気を抜いていいわけではない。我を通そうとするのであればそれだけの覚悟がいるのだ。
最近、頭が真っ白になってあの力を使ってしまい、ヤバいと思っていた。これ以上になく使わないように気をつけないといけないとヴィスは思いつつ、デザートを食べ終えた。
次話から新章です。本格的に本筋が動き出します。




