18 総領の甚六
ここからがヴィスが主人公になり、本筋が進み始める "本編" です。
翌日。
ヴィスとヘルツバールは幻想世界へ来ていた。
ヘルツバールの移動の魔法を使えばわずか数秒で幻想世界に来ることが可能だ。しかし、こんな芸当が出来るのは契約者の中では唯一 "ロワイヨム" の名を持つ彼のみである。
普段は門というのが数カ所に存在し、その場所からでしか幻想世界に来ることが出来ない。
現在、その数カ所の門はアルモニーによって管理されており、契約者が幻想世界へ行く場合、トップであるヘルツバールの許可証が必要である。
「ここは…」
ヴィスは三十年前の記憶を引きずりだそうとした。この建物は見覚え…があるように思える。
「ここが今回の旅行地だゼ☆」
「ということは…先にアルゲベルト様の所有地に来てしまったのか………じじい、アルゲベルト様には許可取っているのか?」
「ウンウン。取ってる取ってる。じゃ、俺サマはパーティーに出てくるから、ヴィスは所有地内ならいくらでも自由にして良いよ。アルがそう言ってたから」
そんなことを言い残し、ヘルツバールは転移の魔法で消えた。
「さてと……散策でもするか」
パーティーの本番は数日後になるが、前夜祭も既にやっているらしい。
竜族は祝祭が人間よりも非常に豪華絢爛で長く続く。そのため、ヴィスは数日間、最低限の使用人しかいないここに滞在することになるだろう。当分ヘルツバールも戻ってはこない。
一旦伸びをしたヴィスは建物内の散策を始めた。
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ヘルツバールは転移の魔法が及ぼす、特有の浮遊感が好きだ。癖になる。
「…っと。アル! どこだ!!」
ヘルツバールは長年の相棒の名前を呼んだ。
「ここだ。ヘルツバール」
呼びかけられて、ヘルツバールは振り向く。すると竜神の姿のアルゲベルトがそこにはいた。
「あー、竜神の姿になってるんだったらさっさとそう言ってくれれば良かったのに…俺サマ上ばっかり見てたじゃないかぁ」
竜族は二つ形態があり、真の姿である竜態と、神族の姿に近い、つまり人間の姿に近い竜神態の姿がある。
他の種族も神族とかけ離れた姿を持っている場合、竜族のように形態が二つあるものがほとんどだ。
それは、この幻想世界の覇者が神族ということを暗に証明しているようなものである。
ちなみに君主会議のときは、神族の君主であるギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムに敬意を評し、君主たちは皆神族に似た姿の方で来るのが定石だ。
「ラフィヌ達は?」
「ラフィヌとプランナはお前が来ると知って張り切って色々と支度をしている。今回の主役であるエフォールは…もうすぐこちらへ来るはずだ」
「エフォールもそしてプランナも、大人として認められたんだな」
竜の寿命は幻想世界に住む他のどの種族よりも長い。なので育つのも遅いのだ。竜は大人と認められる、つまり200歳を超えるまでは、制限事が多くパーティーなどには参加出来ず、親の庇護で暮らしていくしかない。
エフォールに対してパーティーが行われるのは、君主の息子であることと、大人として周囲に認められたことによるものである。エフォールは軍に属していて、親であるアルゲベルトが自慢に思うほどの成果を少しずつ残してきていた。そんな彼を慕うものも多い。
世襲制でない限り、君主の子供は基本的に何の権力も持たない存在、人間に例えると王の正式な子供にも関わらず王子などではなく一般人ということになる。
しかし彼らは注目される。何故なら、族の中で一番強い君主と血が繋がる子供は強い存在になりえることが多く、次代の君主の最有力候補だからだ。
しかし、あくまで候補であり、次代の君主になれることが保証されたわけではない。君主になるためには自身の鍛え、研鑽し、周囲に認められて味方を増やすことが重要である。
エフォールは20年前、プランナは5年前に大人になったばかりの、竜の年齢からすればまだまだひよっこの存在である。
「ヘルツバール様!」
ヘルツバールとアルゲベルトが話していると、ヘルツバールを呼びかける声が一つ。
話題に出ていた今回の主役、アルゲベルトの息子であるエフォール・シエルだ。
「まさか来て下さるとは思いもしませんでしたよ」
「久しぶりダナ、エフォール。前よりも表情が引き締まって見えるゼ☆」
ヘルツバールは普通に賛辞を述べた。
ヴィスほどではないが久しぶりに会ったエフォールの顔は以前よりも凛々しく見えた。
父であるアルゲベルトの若い時の竜人姿の面影が見え隠れする、好青年である。
「しかも、今回はヴィ…」
「あー、待て待て。積もる話は部屋の中でしよう。頼むから…ナ☆」
誰もが聞くことが出来るこの広い廊下でヴィスの名前を出すには非常にまずい。どこに監視者がいるか分かったものではないからだ。
細心の注意を払わなければ、ヴィスの望んだ生活は砂上の楼閣であろう。
「アル、俺サマの部屋はちゃんと残ってあるヨナ?」
「勿論だ」
「じゃあ、そこに行こうゼ☆ どうせラフィヌとプランナちゃんはマダ支度に時間がかかるんだろうシ。それか、アルの部屋に行く?」
「いや、別にヘルツバールの部屋でも問題ないだろう」
「じゃぁ、行こうゼ☆積もる話もあるだろうシ」
一人と二匹はヘルツバールの部屋へと歩き始めた。
君主であるアルゲベルトが住む君主宮。その部屋は竜神態を基準として造られているが、壁には万が一竜態に戻った場合に備えて特殊な仕掛けが施されている。
君主宮は石で作られている。この石が特殊な石で竜族の者が竜態に戻るときのエネルギーを感知し、石自体の大きさを変えることが出来るのだ。どうなるかというと、竜態に戻った瞬間に石自体の大きさが変わって部屋の大きさが変わる。大きさが変わった分の空間は元々それだけの間を考えられた上で設計されているため、他の部屋に支障が出ることはない。つまり、竜族の君主宮は部屋と部屋との間が非常に広く、更には上下の階の間も同様で、階段も相当数登らなければ次の階へと辿り着くことは不可能である。
しかし、上記のような部屋以外にも以前鞆絵が初めてアルゲベルトと会った部屋のように元々竜態を想定された部屋も少なからず存在する。
着いた瞬間にヘルツバールは盗聴器や盗視器、またはその類の魔法が仕掛けられていないかを具に観察した。
幻想世界にも魔法があるとはいえど、文明が進んだ場所は存在するからだ。
それがないことをを確認した後に、アルゲベルトに確認を取った後で防音の魔法を部屋にかけた。
「ヘルツバール様、私たちが御話をするだけで、どうしてこんなに警戒しなければならないのでしょうか?」
アルゲベルトの妻、ラフィヌはヴィスの事情を知っていたものの、子供たちは知らない。それを教えるのは幼かったのもあるし、若さゆえの行動で他の者にうっかり話す可能性もあったからだ。
それだけヴィスの事情は他の者にはあまり知られてはいけないことなのである。
「サア、どうしてだろうナ。それよりも俺サマと話したいコトいっぱいあるんじゃないの?」
ヘルツバールは言葉を濁し、話題を変えた。
「そうでした! 今回はヴィスも来てくれているのでしょう?」
「ああ、そうだヨ。ヴィスはアルの直轄領の方へいるゼ」
「そうですか! 早く会って、是非また手合わせしてもらいたいな~」
エフォールの顔は輝いていた。そういえば以前も手合わせしていたような記憶があるような…とヘルツバールはそのときの記憶を思い出そうとした。
何せおよそ三十年前の話だ。竜と人間は寿命も違えば体感時間が違う。そのため、竜は人間よりも長期間の記憶を保存出来る。
ヘルツバールはエフォールに聞かれないようにアルゲベルトと思念で会話した。
(アル、ヴィスとエフォールの試合の内容覚えてる? 俺サマ忘れちゃってサァ?)
(ああ。あのときはヴィスが私の息子に完勝したんだったな)
(ソウカ、ソウカ。なるほどネェ~)
人間は三十年も経てば、人生そのものが変わっているものも多いが、竜は三十年くらいで何か変わるわけではない。詰まるところ、およそ三十年前にヴィスに勝てなかったエフォールが今のヴィスに勝てるはずがないということだ。
ヴィスの三十年はエフォールが経験した三十年よりも波乱万丈である。これはヘルツバールもアルゲベルトも了承出来るところである。それにヴィスは三十年前よりも強くなっているのは事実なのだ。無論三十年前のヴィスも強かったのだが…
(エフォール、また負けちゃうヨ~? 良いの?)
(自分の未熟さを改めて実感する良い機会だ。私からは何も言わん)
(アハ☆ せっかくエフォールは闘志燃やしてるというのにネェ~ 闘う前から決着がついているなんて可哀そうに)
こう考えると、人間の短い一生も良いかもしれないと他人事のように思いつつ、ヘルツバールは闘志を燃やしているエフォールを見て、いつものヘラヘラ笑いを浮かべていた。




