16 理解と受容
ヘルツバールのいた扉から辞すと、外には人が立っていて、入れ替わりで入って行った。
その人はヘルツバールに用件があったのだろう。
「ラバス様、お忙しそうでしたね」
「まあ、そうね。状況も状況だし………ね?」
以前ヘルツバールから聞いた言葉によると、神族の君主が喪神状態だから、幻想世界も、この世界も悪影響が出ていて、対応に追われている…という話だったはずだ。
ヴィスが隣にいるため、彼女の話題は出さないが…
「ペルーシュ。俺は検診を受けないといけないのか?」
「当たり前でしょ? 自分が何ともないと思っていても、実際はそうではないことが多いんだから。
特に契約者は身体が強化されることもあってか、無茶をすることが多いし…」
契約者は、基本的に身体が強化されて、超人的なことが可能になるらしい。
でも、そうならない契約者もいる。
全ては契約した幻妖の能力によるらしい。
鞆絵もヴィスが幻妖と戦っているとき、超人的な行動をするのを、この目で確認している。
「透視の魔法だけで済ませたいけど…そうはいかないわね。だって貴方、騎士の仕事で何ヶ月も帰っていないじゃないの?」
「まあな。だが、職員に幻妖の報告書出さないといけないし…」
「明日にしなさい? 今日は検査で一日が終わってしまうわ」
「はいはい。そうしますよ」
ヴィスは投げやりの口調で応えていた。
検診…といわれると、どうしても機械を使った検査が浮かんでしまうが、そういった検査では契約者は異常を察知出来ないとのこと。
何故なら彼らは超人的な身体能力を有するとともに、超人的な回復力も有するという。
そのため契約者や魔法、幻妖等に精通したその手の専用の治療人が必要となってくる。それが治療師だという。
検診は主に五感を駆使した検診になるという。
視診だったり、聴診、触診だったりするという。
それに、さっき言っていた透視の魔法で異常を察知するという。
ヴィスが検診用の服に着替えている間、鞆絵は荷物を床に置いて、レイアーナからそんなことを聞いた。
ここは診察室。
先程の話を踏まえると、ここに機械が置いてない理由が説明出来る。
主に五感と魔法を駆使した診察や検査を行うため、機械の役目は全てそれらが担うからだ。
治療となった場合も、魔法に頼るため、ここには治療機器は存在しないという。
「ということは…ヴィスさんの裸とか……」
「ああ。見ることになるわねぇ~身体の状態を見ないといけないし…大丈夫よ。全裸になるわけじゃないんだから♪」
いやいや…そんなことは決してないだろう。
レイアーナは軽く言っていたが、自分はかなり動揺するに違いないのではないだろうか?
とは、思ったものの、レイアーナはテキパキと診察をこなし、鞆絵は動揺する間も無かった。
それでも時間はかかったので、窓を見るとすっかり真っ暗になっている。
「異常なしね。幻妖との戦闘で凍傷してたらしい脚も完全に治っているわ。これで診察は終わりよ」
「あー終わった終わった。俺は着替えてそのまま帰させてもらうぜ?」
「勿論良いわよ。トモエちゃんは私が部屋まで届けるから安心して♪」
「ああ。そうしてもらえると助かる」
ヴィスとレイアーナがテキパキと話し合う内容に、鞆絵が入り込むことが出来なかった。
あれよあれよと流されるままだ。
気がつくとヴィスは帰ってしまっていた。
広い診察室に自分とレイアーナだけが残る。
「さ、私たちも帰る仕度でもしましょうか? もうちょっと待っていてくれる?」
「はい」
鞆絵は所用をテキパキと終わらせるレイアーナをじっと見ていた。
別に本を読んだりしても良かったような気はするものの、読む気にはなれなかった。
「ねぇ、トモエちゃん」
「はい?」
「コルボーのこと、好きでしょ?」
鞆絵は衝撃を受けた。
一瞬、平衡感覚を失いそうになるほどに。
レイアーナが背中を向けていることが、鞆絵にとっては幸いだった。
こんな表情を見せていたら、明らかにヴィスに気があると思われるに違いなかったから。
「ごめんなさいね、まだこちらに来たばっかりだっていうのにこんな質問をしてしまって。でもね、どうしても気になったのよ」
「気になる…ですか?」
「トモエちゃんと初めて会った私でも分かるんですもの。もしかしたら当人にもバレている可能性があるわ」
「そんな………私はヴィスさんのことをそんなふうに思ったりなんて一度も!!」
そして、レイアーナは振り返って鞆絵の顔を見た。
その目は真摯で、彼女が冗談半分で話したことではないことが鞆絵には分かった。
「時間をかけても良いから、よーく考えてみて。恋愛をすることは決して悪いことではないわ。自分の心が納得するまで考えるのよ。そうすれば、そのときには迷いも消えてトモエちゃんは素敵なレディーへと成長を遂げているはずよ。
これが私がトモエちゃんに出す最初の宿題よ。自分の心を理解すること」
「…理解」
「そう。理解。そしてそれを受容すること。トモエちゃんの事情はラバス様から聞いてるわ。だから私は仕事についてこれといったことは最初のうちは言わない。
ここの空気に馴れて、心に余裕が出来てからこのことをしっかりと吟味してちょうだい。分かった?」
「分かり…ました」
鞆絵はとりあえず、レイアーナのことを理解しようとした。
今思えば、ヴィスと二人でいた時間は準備に追われ、心のゆとりを考える時間すら無かった。
今日からは、ここが新たな住処となる。
新しい発見もあったり、レイアーナに始め、他の契約者やアルモニーの職員などとの新たな出会いもあるだろう。
それを感じながらヴィスのことを考えていく…というのがレイアーナの言っていることであろう。
簡単なようで、難しい内容を突きつけられたな…と鞆絵は心の隅で思ってしまった。
(失恋を押し付けることになるとは…ね?)
トモエの反応を見つつ、レイアーナはそう思った。
(まあ、こればかりはどうしようも無い。早々に振られてもらいたいね。そちらの方が彼女の心傷は最小限になるだろうし)
(あら、手厳しいのね?)
レイアーナは自分と契約している幻妖、クロードと思念会話する。
(主君のためでもあるし、彼女のためでもあるんだよ。想い続けていたら、それだけ危険が伴う。相手が悪いとしか言いようがないね)
トモエの想い人がヴィス・コルボー以外だったら、レイアーナは純粋にその恋模様を応援する立場にいただろう。
しかし、彼女はヴィス・コルボーに恋心を抱いている。
(あのことを除いたとしても、コルボーは異常なのよね…)
その異常は身体面にも現れていた。
彼は普通の契約者よりも、遙かに傷の治り具合が早い。
それに滅多なことで傷がつかない。
("幸運"のせいなのかしら…ね?)
(それで説明出来るなら、全ての異常が説明出来ると思うけど…)
治療師であるレイアーナが考慮に加えざるを得ないくらいにヴィスは強運の持ち主であった。
契約者を相手にしている以上、何に対しても例外という事象はついて回るものだが、ヴィスは特例中の特例なのだ。
だから、ヘルツバールに目をつけられているのであろう。
彼に関して、他の者たちよりも一歩踏み出した情報を持つレイアーナでも、ヴィスは謎の多い存在であった。




