13 両親の話
翌朝。
いつも通りに鞆絵は起床した。
昨夜は明日のことについて色々考えたものの、結局のところ物がほとんど無い家では何かをしようと言う気にはならなかった。
「お早う」
「お早う御座います」
ヴィスは定刻に後ろから幽霊のように現れた。
いつも通り顔を前髪によって隠したまま、黒ずくめの服装で。
鞆絵はそのことに内心苦笑するも、同じように挨拶を交わす。
「準備は出来ているか?」
「はい。大丈夫です」
鞆絵が持てるほどの少ない荷物。
携帯電話は使えないため、解約している。
イギリスに着いたら、まずは携帯電話を取得しないといけない。
お気に入りの本と英会話の本、そして…両親の写真とその他諸々を詰め込んだ荷物を旅行用カバンに詰め込んでいる。
「じゃあ、こことはお別れだな」
両親と暮らしていた家も、ここでお別れだ。
鞆絵はあんまり感慨が浮かばなかった。
浮かぶのは、過去の情景だけ。
この家に人がいたら感慨が湧くはずなのだ。
だが、ここにはもう鞆絵しか住んでいなかった。
両親がいれば感慨も浮かぶはずであろうこの風景は、鞆絵にとって何ら意味を持たなかった。
意味を持つものはこの先の出来事、これから起こる出来事だけだ。
「行くぞ。出発だ」
+++
「はあ!? どういうことか説明しろ!!」
「だから、そのまんま。ジェット機に乗る前にさっさと幻妖倒してきて?
今回は実体化してる幻妖いないから大丈夫☆」
「………」
アルモニー日本支社の手配した車に乗り込んだあと、突如ヘルツバールの幻影が現れ、ヴィスに幻妖討伐を依頼した。
ヴィスの叫ぶような声に、鞆絵は少し驚く。
「まあ、その車はヴィスが嫌々と言っていても現場の方へ連れて行ってくれるから。
数も少ないし、とっとと片付ければものの20分、もしくは10分で終わるからさ~。
じゃあ、ヨロシクね~☆」
一方的に任務を言い渡され、一方的に連絡は切られ、ヘルツバールの幻影は消え去った。
「おのれ、あのじじい…」
「ヴィスさん、落ち着いて下さい」
ヴィスは鞆絵を振り向く。
髪に隠れているがためか、表情は見えない。
「…しょうがないな。どうせ何をしようが現場に向かわせるなら、黙っていた方が良いな。余計な気を使わなくてすむ。
鞆絵はどうする? ついて行くか? 別に車の中にいても良いぞ」
「行きます」
幻妖に操られた人々。
その人たちを殺せるか。なんて言われたら自分にはまだ迷いがある。
元々その人たちは人間なのだ。
ヴィスのやり方に異議はない。それが仕事だから。
でも、鞆絵は目の前に起きていることをなるべく直視して受け止めようと決めた。
この世界の裏側に起きている現象を、自らの目で視認しなければならない。
そう思ったからだ。
車が停まった。
ここが目的地なのであろう。
現に、運転手のアルモニーの職員はそう言った。
「いくぞ。すぐに片付ける」
そう言って、ヴィスは車を降りた。
+++
ヴィスは宣言通り、一瞬で片付けてしまった。
鞆絵に遠慮してなのか、鞆絵が見えない場所で血が出ないようなやり方、つまり自分の口から吐いた息で焼き殺した。
あっけなく終わり、鞆絵は呆然とする。
「トモエ、戻るぞ」
ヴィスの言われた通りに帰路を歩き出した。
「大体、騎士の主な仕事はこんなもんだ。すぐ終わる。
以前出くわした強い幻妖なんて、滅多にこちらの世界には来ないんだよ」
そんなことを言い張るヴィス。
それでも、以前アルモニーの職員から騎士は人手不足だと聞かされている。
幻妖に操られた人々が多いのかはたまたヴィスの言うことが虚言なのか…
そんなことを鞆絵は考えつつ、車へ戻った。
+++
空港にやってきた。
ヴィスが空港内で何かしたいことは? と親切にも聞いてくれたが、鞆絵にはそんなことはなかった。
そのため、そのままプライベートジェットに乗り込んだ。
「何か…すごいですね」
プライベートジェットの中身はどんなものなのか気になっていた鞆絵はその内装に驚いた。
ホテルのような空間が目の前に広がっている。
「ここにあるものは何でも使っていい。全部じじいの所有物だからな」
「全部ですか!?」
「ああ、それだけじじいが金を持っているってことになるけどな」
そう言い張り、ヴィスはシートに座る。
それにつられて鞆絵も座ってみる。
「うわっ、ふっかふか」
シートは座っただけで眠れそうなほどふかふかしている。
よく沈み、人肌に馴染む。
鞆絵は勿論のこと、こんなシートに座ったものなど、ない。
「まあ、そうだろうな。ここの設備はファーストクラス以上だ」
「えっ!?」
その言葉を聞き、さすがに鞆絵も驚く。
「そんなにヘルツバールさんってすごいんですか!?」
「あのな、一応あのじじいアルモニー全て統括してるんだぜ? 表向きも裏向きも全部。
表向きだけ見ても、アルモニーは世界的大企業だ。それでも凄さは分かるだろう?」
ああ、そうだった。
そういえばアルモニーという企業はどこにでも存在することをすっかり忘れていた。
確か航空業にも手をつけていたっけ…?
「シートベルトをつけろ。もうすぐ離陸する」
ヴィスの言うとおり、鞆絵はシートベルトを装着した。
空の長い旅が…始まる。
ヴィスに聞くところによると、日本からイギリスまでは約12時間だそうだ。
そのため、昼間に出た鞆絵とヴィスがイギリスに着くのは時差9時間も考えると…夕方くらいになる。
それを考えると、あんまり寝れない。
とは言っても、鞆絵は寝てしまうと思った。
一席一席が個室になっていて、個室ごとにテレビもついている。
スリッパやタオルなど色々な付属品。食事は超一級品。
有り余るほどある時間は、読書に当てようか?
英語の勉強をちょっとして、読みかけのファンタジー本を読むのだ。
なんてリッチなんだろう?
そういえば、ヴィスも寝るのだろうか?
そうであるならば、顔を観れる絶好のチャンスだ。
寝ている時にヴィスのところに行き、ささっと見て、ささっと戻す。
そうしたら、ヴィスに気づかれる必要もないのではないのだろうか?
何ヶ月も日本にいたのだから、生活のリズムも鞆絵と同じようになっているはずだ。
豪華な食事を食べ終わり、うとうとと眠くなってくるころ。
もしかして、ヴィスは寝ているのではないかと期待し、個室へ入り込む。
すると…
(あ~!! 寝てる!!)
そう言えば、空港に着く前は幻妖と戦い、多少ならず身体を使っているはずだ。
眠くなるのも当然のことだ。
(よし!!今のうちに…)
鞆絵はそろりそろりとヴィスに近づく。
指先に触り心地の良い髪が触れようとした…その時。
「どうした? 何か用か?」
ビクッ!!
鞆絵の心情を表すとそんな感じだろう。
慌てて言い訳を考える。
「お……お話しませんか? まだ時間ありますし…」
この言葉が出た瞬間、鞆絵は自分自身を褒め称えた。
なんて小回りの聞いた言い訳だろうと。
「ああ、別に良いぞ」
ヴィスはニヤっと笑っている…ような気がした。
実際のところは表情が見えないため、分からない。
「何の話が良い? ああ、そう言えば鞆絵の話が途中だったな?」
「えーっと、両親の馴れ初めの話だったはず…」
鞆絵の両親の仲は良かった。
それも周りが迷惑するほどだったのだが、鞆絵は馴れていたため、それほどまでは感じなかったが…
仲が良かったのも、特殊な状況下だったからであろう。
「お父さんとお母さん、駆け落ちしたらしいんですよ。お母さんの方に婚約者がいたそうなので。ここまでは話しましたよね?」
鞆絵は個室に付随されていた椅子に座り、話し始めた。
「そうだな」
ヴィスも椅子を起こし、鞆絵の方に顔を向ける。
「それで、駆け落ちしたのはいいものの、両親共々若かったから、双方のお爺ちゃんお婆ちゃんが反対して、結婚するのを許さなかったんです。
両親以外皆若気の至りだって思っていたそうです」
「ふーん」
「でも、両親は反発して最後親類と絶縁関係にまで陥ったんです。
とはいっても、私が生まれたことによって、態度が軟化したようですけど」
そんな関係に陥ったせいもあってか、鞆絵は両祖父母以外の親戚を知らないのだ。
「ということはご両親は最期まで自分の意志を貫き通した、ということだな………素晴らしいな」
ヴィスにこのような話が出来るようになったのも、両親の死を自分があらかた受け入れているという証拠になるだろう。
今考えてみれば、あの時一緒に殺されたのは、両親にとっては良かったことなのかもしれない。
片方でも残されていたら…どうなっていたのであろうか?
ヴィスの言うとおり、最期まで二人で自分たちの意志を貫き通した両親のことだ。
鞆絵以上に哀しみにくれ、塞ぎ込むに違いない。
「恋愛のことはあまり…私には分かりません」
鞆絵は恋愛をしたことがない。
浅くも無く、深くもなかった友人関係。
別に整った容姿をしているわけでもないため、周囲から詰め寄られるという少女漫画でありそうな展開も、無い。
仲がいい両親を見て育った影響が少なからずあるのかもしれない。
それに、自分がそんな少女漫画によくある恋愛が出来るとは思っていない。
「鞆絵は大丈夫だ。皆から好かれるような良い性格をしている」
鞆絵は無意識に俯いていた顔を上げた。
「そう…ですか?」
「少なくとも、俺やじじいよりは良い性格をしているよ」
そう言い張るヴィス。
自分と比べたら、ヴィスやヘルツバールは経験値が違いすぎるのではないのか? と思ったりする。
「鞆絵は自然体でいると良い。俺にアドバイス出来るのはそれだけだな」
ヴィスは一回大きな伸びをしてスタッと立ち上がる。
「よし、この話は終わりだな」
そう言い終わった後、ヴィスは自分の部屋を出て行った。




