12 旅立つ前日のこと
あれほどまでになるとは思わなかった。
そうヴィスは自嘲する。
彼女の名前を出されるだけで、あれほどになれるのか。
廃工場だけに被害が収まったのは不幸中の幸いだ。
トモエは守護の魔法をかけていたために無事。
しかし、幻妖も、そこにいた幻妖に操られた普通の人々も、一瞬で消えた。
別にそのことに関してはヴィスは心は痛まない。
だが、トモエがあの光景を見て、何を言い出すかわかったもんではない。
そのため、ヴィスは逃げた。
逃げて解決するものなら、解決して欲しいと願うばかりだ。
だが、実際はそうはいかない。
…にがいことに、面と向き合わないと、全ては解決しないのだ。
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「ヴィスさん」
ヴィスは帰ろうとしたところを呼び止められた。
「お話があります。聞いてくれませんか?」
「俺にはない」
トモエをあえて突っぱねる。
しかし、彼女は自分の顔を見たまま譲らない。
トモエの決意を決めた瞳。
その瞳を見ると、何故か残像が走った。
自分も末期だ。
じじいみたいにいかれたか?
そう問いかけてみるものの、答えが出るわけがない。
ヴィスの動作が止まったのを見て、トモエは話を聞いてくれると勘違いしたらしい。
勝手に話し始めた。
「このままじゃいけないですよ」
「何故?」
「私はヴィスさんともっといろんなことをお話したいです」
何を言い出すのかと思えば、そんなことか。
お話しをするくらいなら、俺以外にも相手はいるはずだ。
親しくなった日本支部の職員と話せばいいではないか?
そちらの方が楽しいに決まってる。
「俺は話すことはない」
「何でそんなことを言うんですか!? 私はヴィスさんともっとお話したいです」
そこまで食い下がるか…
クソっ………駄目だ。付き合いきれん。
そうヴィスは思い、今度こそ帰ろうとしたのだが、トモエは譲らなかった。
「私、ヴィスさんがいない間いろいろと考えたんですよ。あの時のこと」
あの時とは、ヴィスが暴発したときのこと。
眠らせた人間の成れの果てがいたことを思い出す。
そういえば、幻妖に操られたせいですでに死んでいるものの、あくまで元は人間。
あの魔法によって、眠らせた人間も消えた。
そのことについて考えていたのであろうか?
それとも、別の理由…俺が暴走したことについてか?
よく考えてもみたら、あの光景をみて、トモエは逃げていない。
しかも、好意的なまま。
自分のことに精一杯で彼女のことまで回らなかったが、これは仰天すべきことだ。
普通なら恐れをなして、逃げる。
なのに、彼女はヴィスに歩み寄ろうとしている…
そのことを考えていたヴィスは危うく、次の言葉を聞きそびれるところであった。
「私はヴィスさんのことについて何も聞きません。
ただヴィスさんと以前のような関係性に戻りたいだけです。その方がお互いに楽しいと思いますよ」
鞆絵は笑みを浮かべた。
言われて、理解して…ヴィスは愕然とする。
どんなことを言おうとも、簡単に切り捨てるつもりだった。
しかし、トモエはあえて聞かないと言った。
それが、ヴィスにとっては…どれほど救われる言葉であったか、この少女には分かるはずもない。
ヴィスはトモエの顔をまじまじと見つめ返した。
いつだったか、受け入れると言った"彼女"。
その残像は何も見当たらなかった。
「ヴィスさん?」
「…………トモエ、俺は俺自身のことを話せない。だが、話し相手になってやることは出来る。
トモエのことをいろいろと話してくれないか? 家族のこと、学校のこと、日本のこと…何でも良い」
トモエの一瞬沈んだ顔が一気に華やいだ。
よく考えたらこんな風に人と関わり合うのは、ヘルツバール以外は本当に久しぶり。
料理といい、奇妙な縁だ。
今回の件で、トモエ・マツモトの人間性を見た気がした。
少なくとも…自分やヘルツバールよりは人間性のある、彼女の。
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イギリスへ行くために最大の障害は…英語であった。
英語を話せないと、コミュニケーションが取れない。というか、何も出来ない。
そのため、鞆絵は今まで必死になって、英語を勉強してきた。
幻妖を討伐しに行く前から、ヴィスに英語を教えてもらっていた。
中学校や高校で習った…とは言っても、実践レベルまで行ける人なんて本当に頭のいい人だけだし、習うのもアメリカバージョンである。
イギリスとアメリカの英語は少し違うことくらいは鞆絵にはわかっていた。
それに、そもそもやる気が違う。
目の前に必要であることを責められているこの状況と、いつ使うかわからなかった過去の状況。
その二つの状況を比べてみたら、やる気の差は月とすっぽんである。
ヴィスにはどうしてそんなに日本語が堪能なのか? と聞いたことがある。
日本語は外国人からしてみれば、話すことが難しい言語であるということを鞆絵は知っていたからだ。
すると、ヴィスは騎士となったから、覚えざるをえない状況になったからと答えてくれた。
幻妖は神出鬼没。どこの国に出るか分からない。そのため、いろんな国に行く機会が多いそうだ。
そうなると物事を円滑化するためにも、騎士に言語習得は必要不可欠。
幻想世界の言語は統一されているため、言語を理解する魔法を幻妖は持たない。
つまり契約者である騎士は独学で日常会話が軽く出来るほどの言語は何十か国語と習得しておかなければならないと。
つまり、騎士の皆さんは腕っ節が強いだけでなく、頭も良いということになる。
ちなみに、幻妖から人間への言語はどんな言語を人間が話していようとも、関係なく理解出来るらしい。
鞆絵もアルゲベルトと会い、言語が理解出来るのを確認している。
というわけで、鞆絵はイギリスへ行くために日常会話が一応可能なところまで持ち込み、今日に至るのであった。
ヴィスと和解することに成功した鞆絵は、定食屋に行こうとヴィスを誘った。
手料理でも…とは思っていたが、前日ということで必要な荷物はほとんど詰められており、アルモニー宛に送ってある。
そのため、鞆絵が明日持って行けるだけの荷物しか部屋には残っておらず、部屋はすでに殺風景だ。
アルモニーの職員が事後処理を行ってくれるため、鞆絵がイギリスへ出発した後の話し合いは済んでいる。
和食を食べようと思ったのは、イギリスへ行くとなると食べる機会が減るためだ。
自分で作るしかない。
しかし、日本で簡単に手に入っていた調味料などがイギリスで容易に手に入るとは、思っていない。
それに、いつ日本に帰れるかも分からない。
両親の命日には帰りたい…とは思うものの、どうなるかわからない。
「うん…美味しいな」
鞆絵は豚の生姜焼き、ヴィスは肉じゃがを注文した。
しばし待って、食事を店員さんが運んでくる。
味噌汁を飲んで、ヴィスはそう呟いた。
「味噌汁って、あまり外国人には合わない印象があるんですけど…ヴィスさんには合ったみたいですね。良かった」
と鞆絵はいったあと、ご飯を口の中に入れた。
「でも、独特な味であるのは確かだな。それにこのミソ? というやつは初めて食べた」
やっぱりか。
味噌が手に入りづらいとなると、日本の食料品を扱う専門店でないと手に入れるのが難しそうだ。
イギリスのアルモニーの場所は都会の近郊にあるらしい。
アルモニーの建築物は古いらしく、そして中は広いそうだ。
鞆絵はそこに入り、同じ境遇の人たちや契約者たちと共同生活になる。
しかし、部屋は個室でキッチンや風呂、トイレも完備されていて、いわゆるホテルみたいな感じらしい。
ちなみにヴィスはヘルツバールの宮殿みたいな家(ヴィス談)の一室を借りているらしい。
やはり、ヘルツバールがヴィスを育てた…というのは本当みたいだと鞆絵は思った。
しかし、このことは約束したこともあって、聞かない。
「味が染み込んでいるな…」
肉じゃがを食べながら、呟くヴィス。
食べるときに顔が一瞬でも見えないか?せめて口元だけでも…と鞆絵は毎回期待するのであるが、見事なガードっぷりで全く見えない。
どうやって食べているのであろうか、鞆絵にはさっぱり分からない。
と思いつつも、鞆絵は黙々と生姜焼きを食べ始めた。
次に食べれるのはいつの日だろうか…と思いつつ。
帰路をヴィスと二人で歩く。
ヴィスが幻妖を討伐したせいで、ここら一体はしばらく安全だという。
そのため護衛は必要ないのだが、鞆絵のわがままに付き合ってもらっている。
ヴィスは鞆絵にとって好意の対象である。
両親が亡くなり、親戚もいない状況である今は、鞆絵が一番心を預けている相手だと言ってもいい。
それは、ヴィスが暴走したあの光景を見ても、変わらない。
人は誰しもが触れられたくない事柄がある。
それを詮索することは無粋なことだ。
「明日の朝はそれほど早く起きなくてもいい。車で空港までいくことになる」
ヴィスが明日のことについて話し始めたので、鞆絵は耳を傾ける。
「いつも通りの時間に俺は来るから、それまでに準備しておけ」
「はい」
ヴィスはいつも同じ時間に転移の魔法でやって来る。
以前唐突な方法でやって来ていたが、最近は関係性がぎくしゃくしていたせいで、普通にやって来て事務的に話して終わりだった。
関係性も以前のように戻ったことだし、久々だ。
どんな登場をするのか楽しみだ。
以前心臓に悪いとか思っていたのに、その頃に比べたら、周りを見る余裕が出来たのかもしれない。
帰路をヴィスと二人で歩いて行く。
鞆絵は将来のことを考えて、ワクワクした気分になっていた。




