11 すれ違い
天使族と悪魔族の君主が相変わらずの仲で言い争い、エルフ族の君主と妖精族の君主はそれをはやしたてる。
幻獣族の君主は静観していたものの、この君主達が集まった空間には、それ以外の他の君主達らが雑談や近況などを語り合っているためか、騒がしい。
そんな中、ヘルツバール達に注目している君主など、皆無であった。
「ああ、そういえば、ヘルツバール殿の育て子にヴィス…とかいう名前の子供がいましたな」
「ええ、そうですよ。それが何か?」
外面上は笑みを浮かべていたものの、内面ではイディオファナに対して煮えたつ怒りが湧いてきた。
「一度、会ってみたいものです。アルノマルに育てられている子供がどのような成長をしているのか」
(こいつ…ヴィスのことを馬鹿にしてるのか!?)
「イディオファナ殿、それ以上云うと我が契約者への侮辱、果てには我への侮辱にもなりかねない。口を慎んでもらえないだろうか?」
ヘルツバールの怒りを感じ取ったアルゲベルトがイディオファナに釘を刺してくれた。
「侮辱と思われたなら謝ります。しかし、ヴィスくんに会いたいと思ったことは本当ですよ? いつか会わせて頂きたいものです。
おや? 話をしていたら、件の方がいらっしゃいましたね」
そうイディオファナが言ったため、ヘルツバールも彼女を見る。
目当ての存在が来た瞬間、全ての君主が雑談を止め、緊張した静粛が場を支配した。
金色の長い御髪。
エメラルドグリーンの瞳。
彼女の容貌は人間における支配者の"神"と同様で、神々しい光を放つ。
全てのものが平伏するような清廉された一点の曇りのない美貌。彼女は場の雰囲気を一気に変えた。
彼女の美貌に勝てるものなど、この世には一切存在しない。
その"常識"を改めて君主達は植え付けられていた。
ヘルツバールとアルゲベルト以外は。
(あー、駄目だ。死んでるな。こりゃあ)
(以前と変わらず…か)
彼女の宝石以上の価値がある瞳には何も映していない。
そのことを一人と一匹は気づいた。
そして、ヘルツバールは彼女の側に侍っている側近を見た。
(あはっ。アベルくん、いつ見ても笑えるわ。全く持って似合うねぇ~)
ギネフェルディーナの側近、アベル・エーグルはフランス共和国の軍服をきていたのだ。
このことはここにいる君主達は知りようがない。
何故なら彼らはヘルツバールが暮らす世界、ロワンモンドには一切興味を示していないからだ。
それに、君主と契約しているものはヘルツバール以外存在していない。
(駄目だな。これでは一向に状況が変わらないまま、我らは滅び去ってしまうかもしれん)
(会わせるのが一番手っ取り早いんだけど…そうはいかないか…)
色々思うことがあるが、今の時点で解決出来る事柄は…無い。
そう感じたヘルツバールとアルゲベルトはとりあえず目の前の会議に集中することにした。
+++
真っ白だった。
でも鞆絵は、はっと気がついた。
曙の空が見える。
(どうなった…?)
ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨムの名前が出た瞬間、ヴィスの声音が変わった。
それまでは、幻想世界に帰れとか、契約したらどうだとか、幻妖を倒さなくてすむような解決策を探していたヴィスが。
そのことを幻妖が言った瞬間、手のひらを返すように冷酷な声を出して、幻妖を罵った。
「大丈夫か?」
何時の間にか、自分は倒れていたようだ。
ヴィスに助けをもらい、立ち上がる。
すると…
「あれ…?」
まだ暗いため、良く見えないものの、鞆絵が地面に感じる感触は土の感触だ。
ついさっきまで、コンクリートだったはずの感触が。
辺りを見回してみると、そこには何も無かったような空間。
空き地の工場だけがすっぽりと消えていた。
(まさか…ヴィスさんが消した…?)
この空間ごと、ヴィスが消した。
それしか考えられない。
「帰るぞ。送っていく」
彼の話す声には行きとは違い、どこかよそよそしい。
有無を言わせない口調で言ったあと、スタスタと歩き出した。
鞆絵の顔を見ることなく。
+++
そのまま一切無言のまま、ヴィスとは別れた。
そして、この出来事を機にして、ヴィスの鞆絵に対する対応がガラリと変わった。
まず、鞆絵と必要最小限の話しかしない。
そして、趣味といっていた鞆絵を驚かすようなことも全くしないようになっていた。
雰囲気も変わり、全てのものを一切拒絶するような雰囲気を醸し出しており、容易に話しかけることが出来ないようになってしまっていた。
鞆絵は何とかこの状況を打破しようとヴィスがいない間、一生懸命考えた。
ヴィスと話せないこの状況は鞆絵にとって苦痛であったし、ヴィス自身が長く付き合うことになると言っていたため、関係性は修復するに越したことはない。
それに、そんな雰囲気を醸し出すヴィスが…鞆絵には何故か痛々しく感じたのもある。
"ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム"
彼女のことに対してヴィスが過激な反応を取ったことは、鞆絵にも分かる。
そして、彼女との関係性について聞くのは、禁句だということも…分かる。
ヴィスは自分が彼女の話題について触れるのを危惧して、避けているのであろう。
関係性については…鞆絵は知りようがない。
君主級の強大な幻妖はまず、こちら側に来ないのだという。
なら、神族の君主である彼女はなおさら、こちら側の世界と接点を持たないはずだ。
更に神族は他の族と接点を持たないという。
彼女が原因となって、戦争さえ起きているというのであるならば、幻想世界すら容易に動き回れないはず。
まだ、疑問はある。
ヴィスは竜族と契約をしている。
それは、幻妖との戦闘で明らかだ。
幻妖と契約した場合、契約した幻妖の族に属することになると、ヴィスから聞いた。
つまり、ヴィスは竜族の派閥だ。
そうなると余計に神族の君主とは接点を持たない…はず。
でも…それでもーー
「考えるのや~めた」
そう鞆絵は呟いた。
まず、自分はそんな細かいことを長時間考えられる性格ではない。
それに、どんなに考えたところで真相にはたどり着くことは出来ない。
ヴィスが話さない限りは。
「とりあえず、ヴィスさんと話し合うのが先だよね」
明日はイギリスに旅立つ前日。
色んなことを処理して行く中で、アルモニーは日本にも支店を持っていることが判明した。
アルモニーの表向きの姿は世界的大企業のため、よく見かける。
しかし裏側ーーつまるところ素質を持つ者たちの保護を目的とするーーのアルモニーの職員がいるとは思わなかった。
彼らは契約出来ないくらいに素質が低かったり、何らかの事情を持ったりして幻妖を知り、契約者や騎士といった存在を裏から支える人たちらしい。
主な仕事は悪さをする幻妖を発見し、本部のイギリスへ伝えること。
そうしたら本部から騎士が来て、幻妖を討伐するらしい。
あと、鞆絵みたいな素質を持っている人たちの全面的なサポート。
彼らに鞆絵は色々と御世話になった。
騎士という職種は下手をすると死ぬ可能性がある危険な職業であると、その人達が話してくれたことがある。
それは、鞆絵が実際に目で見たから知っている。
まるでゲームの中のような光景だった。
巨大なモンスターをたった一人で倒す、そんなゲーム。
でも、それは現実で起こったことだ。
そんなことをやってのけるのだから、騎士は強い幻妖と契約していないとまず勝てない。
相手も強大な幻妖だから。
そのためには、素質が高くないといけない。
でも、最近素質がある人物すら見つからない状況が続いているらしい。
そのため、アルモニーのトップであるヘルツバールが直々に鞆絵を勧誘した、という理由も頷ける。
契約者も騎士も減少傾向にある。
ならば、鞆絵のような被害を受け、悲しみの底に沈む人も多くなる…のではないだろうか?
そうであるとしたら…哀しいことだ。
まだ、あの悲しみは完全に癒えたとは言い難い。
自分の心の奥底を覗き込むと、表面に溢れ出しそうなときがある。
多分、それはずっと続いてしまうのだろう。
今の時点での鞆絵はそれしか考えられず、時間と共に風化してしまう…とは考えがたかった。
「寝よ」
とりあえず、ヴィスとの関係性を明日修復しよう。全てはそこからだ。
雰囲気に呑まれることなどなく、自分の意見を主張する。
そうすれば、ヴィスもわかってくれるはずだ。
だって、ヴィスは…優しいから。
そう考えつつ、鞆絵は目を閉じた。




