9 幻妖との戦闘
守護の魔法は何故か額同士をごっつんこしないと発動しないらしい。
そんなこと、事前に言ってくれればチャンスはあったかもしれないのに~と鞆絵は心の中で憤慨していた。
あと、もう一つ。
鞆絵はヴィスと直接的にではないが、間接的に体温に触れた…となると、途端に恥ずかしくなる。
何故かは鞆絵自身、よく分からなかった。
でも、そんな恥ずかしいと思った気持ちを必死に隠そうとするために、心の中で憤慨していた。
「よし、出発だ」
この守護の魔法。
その効力がいかなるものか鞆絵にはわからなかったが、感覚は以前感じたことがある。
両親が殺されてヴィスが助けに来てくれたときに、鞆絵が初対面であるはずのヴィスに身体を完全に預けて倒れこみ、気絶する前におぼろげながら感じた感覚だ。
優しく、自分の身体を温かく包み込んでくれるような、包容力の溢れる感覚だ。
母胎の中にいる羊水の中に守られている赤ちゃんがこんな感覚を味わうのであろうか?
一度味わったら二度と忘れないと思わせるような、そんな感覚が鞆絵にはした。
何時の間にか頭は覚醒して、いつも通り回るようになっていた。
これも守護の魔法の効力であろうか?
それとも、その感覚を感じたおかげで、脳が活性化したのかもしれない。
いつも高校に通うときに必ず通っていた通学路を、ヴィスと二人、歩いていた。
二人が行く場所は鞆絵の通っていた高校の近くらしい。
そのためか、夜深くなって閑散としている場所を二人、無言で歩いている。
高校にはあまり未練がない。
中学校三年生のときに自分の平凡な学力に似合った場所が以前通っていた高校だ。という話だ。
当時将来の夢とか考えて進路を決める人もいたが、鞆絵にはそんなものなど全く考えてなかった。
特に仲の良い友達もいるわけではなく、また自分の世界を作っているわけでもなくて、ほどほどの交友関係を続けていた。
ごくごく普通だった。
それがどれほど貴重だったか、今の鞆絵にはよくわかる。
高校の姿がぼんやりと見える中、ヴィスは鞆絵の通学路だった道を外れた。
「もう少しで着く。トモエは何も話さずに俺について来い。良いか? 何があってもだぞ?」
「はい」
ヴィスの言うことを心に留めつつも、二人はそれ以降無言で足だけを進めていった。
「着いた。ここに幻妖がいる」
そこは廃止された工場みたいだった。
暗いためか、全容はおぼろげにしか見えない。
見張りもいたが、ヴィスは非常に手際良く中に侵入した。
中に入ると皆寝ていた。
まるで軍人さながらのキビキビとした行動に、鞆絵は着いて行くだけで精一杯だ。
「ここだな」
そう言って辿り着いたのは、少し豪奢に見えるがボロボロになっているドア。
「10数えたらドアを壊して侵入する。そのあと幻妖を奇襲するから鞆絵はそのあと入って来い」
ヴィスの囁くような言葉に鞆絵は肯く。
緊張感が限界まで高まる。
「ーー3、2、1」
そういった瞬間、ヴィスは神速のの速さでドアを壊し、中に侵入した。
鞆絵も続く。
中にいたのは、巨大な異形の物だった。
頭にはツノが生え、翼が生え、鋭い牙が生え揃っている何か。
醜い獣のようだし、醜い悪魔にも見える。
とにかく、醜いことには変わりがない。
「チッ、こんなに大きいとは聞いてねぇぞ!? じじい!!」
ヴィスは悪態をついていた。
その巨体は竜族の君主であるアルゲベルトよりは小さかったが、ヴィスの背丈の三倍は優にあった。
ヴィスが傷つけたと思われし場所は両脚の部分。
鞆絵が見た感じだと損傷して、使い物になりそうにない。
こんな短期間であれほどの傷をつけることの出来るとは、驚きだ。
だが、両腕は無傷のままだ。
そのため、ヴィスは両腕を狙う。
人間とは思えない跳躍力を発揮し、飛ぶ。
パンパン!!
風船が破裂するような音を立てつつ、響き渡る銃声。
しかし、両脚の苦痛から目が覚めたと思わしき幻妖が、空中にいるヴィスに襲いかかろうとしたため、銃の向きが逸れた。
ヴィスは懐からナイフーーいや剣といったほうがいいだろうか?ーーを取り出し、片腕を斬り捨てた。
「うぎゃあああああ!!」
響き渡る絶叫に鞆絵は耳を塞ぐ。
しかし、ヴィスはその叫び声をものともせず、同じようにもう片方の腕も斬り捨てた。
それは鮮やかすぎる手筈。
戦闘はヴィスの圧倒的有利のまま、進んで行く。
(すごい…)
鞆絵は一連の流れるような行動に魅入っていた。
目の前に起こっていることは、ゲームなどのことではなく、現実なのだ。
銃声も、叫び声も、斬り捨てられた腕が落ちる音も、全て現実。
「……っ!!」
そのあと猛攻をかけようとしたヴィスが突如、幻妖と距離を取った。
ヴィスが先程までいた場所に、幻妖の大きな顎が迫る。
醜い幻妖は完全に目が覚めたらしい。
紅い目が生々しく光る。
「誰だ?」
「誰だって?ああ、あんたを殺しに来た騎士だ。殺されたくなければ、元いた世界に帰るんだな」
「断る」
そう言って、幻妖は空間を捻じ曲げて、実体化していない幻妖たちを呼び出した。
明らかにこれは、実体化している幻妖の部下、と言った感じであろう。
こちらの世界にきた瞬間に、実体化していない幻妖たちはヴィスに襲いかかった。
ヴィスはそれに応戦する。
(私、幻妖から見えていない?)
見えているとすれば、真っ先に無力そうな鞆絵に襲ってくるだろう。
だが、完全に目が覚めているにも関わらず、実体化している幻妖は鞆絵に襲いかからない。
実体化していない幻妖も同様だ。
皆ヴィスを狙っていて、鞆絵のことは見向きもしない。
(これがヴィスのかけた守護の魔法?)
守護の魔法は幻妖たちから自分を見えなくする効力でも持っているのであろう。
そうであったなら、鞆絵のことを見向きもしないことが納得出来た。
「あーあー、これだから早めに倒したかったんだけどなぁー」
ヴィスの言動に、鞆絵は一旦守護の魔法については置いておき、目の前に起こっていることに集中する。
「なあ、元いた世界に帰らないのか?
実体化出来る力があり、部下もこんだけいるってことは、あっちでの立場は高いはずだ。
なのにどうしてロワンモンドに来ている?」
そう言ったあと、ヴィスは自分の口から炎を吐いた。
実体化出来ない幻妖が次々と倒されていく。
「力だ。我は力が欲しい。何にでも勝る力が」
幻妖はヴィスが炎を吐いている内に、氷の魔法を放ったようだ。
ヴィスの足元と周辺が凍っている。
実体化出来ない幻妖はさっきの炎で全て消えてしまったらしい。
しかし、空間の捻じれは残っている。
「お前もそうであろう?誰よりも強い力を手にし、巨万の富を気づきたいとは思わないのか?」
ヴィスは足元が凍っているのを確認し、下に向かって炎を吐いた。
熱によって氷が溶解される。
(ヴィスさん、両脚凍ったままだけど、大丈夫かな?)
ヴィスは自分の足元に炎を放ったのではなく、その周辺に炎を放っていたため、自分の脚は凍ったままのはずだ。
鞆絵は心配になってきた。
しかし、自分に出来ることは今の時点ではない。
ヴィスは炎を吐き、氷を溶かしたあと、翼を出した。
(竜の…翼?)
鞆絵はあのような翼を見たことがあった。
竜族の君主、アルゲベルトの翼とそっくりだ。
(ヴィスさんは、竜族と契約をしているのかな?)
さっきの口から火を吐いたり、翼を出したりといった魔法。
それらをみると、ヴィスが契約している幻妖は竜であろうと充分推察出来る。
ヴィスは翼を自分の背丈の何倍にも広げた。
そして、翼を広げて風を生み出し、空間の歪みにぶつけた。
(…っ!!)
あまりの強風のため、鞆絵はしゃがみ、目を瞑ってやり過ごす。
実体化している幻妖もその強風に耐えていた。
(……どうなった?)
強風が止んだ。
鞆絵は目を開けて、状況を確認する。
「俺は権力とか、巨万の富とか、そういうのには一切興味がない」
ヴィスは翼を収納? していた。
歪んだ空間を消すために行ったであろう、その行為。
その行為は実践されていた。
(空間が…消えている)
歪んだ空間を風圧で吹き飛ばしたのか?
鞆絵にはどうなったのか、よくわからなかった。
風圧のせいで、周囲の壁が吹っ飛んでいる。
そこから、幻妖に操られた人間たちがぞろぞろやってくる。
「眠ってろ」
そう言った瞬間、操られた人間たちは一斉に動きを止め、崩れ落ちた。
催眠の魔法であろうか?
「だいたいさ、契約すればどうだ? 時間はかかるが強くなれるぜ」
「我は今、強くならないと困る。
大体、無力な人間と契約することは余程おかしい行為だ」
幻妖たちは契約することを嫌っているみたいだ。
理由を聞いてみると、納得しないわけでもない。
でも人間よりも凶暴な動物はいくらでもいるのに、今この世界で頂点に立っているのは人間だ。
人間は無力…ではないと鞆絵は思っている。
一人では無力でも、協力すれば、何倍の力が出せるのが人間だ。
「強くなり、やがて君主になって、"ロワイヨム"を名乗るのだ。そして…」
以前ヴィスが自重気味にこんなことを言っていたのを、鞆絵は思い出していた。
幻妖たちも大変だな…とぼんやり思いつつ。
しかし…
「神族の君主である、ギネフェルディーナ・シーニュ・ロワイヨム様を娶るのだ!!」
幻妖が自身の野望を語り出し、その果てに言ったこの言葉は、ヴィスにとってみれば最大の地雷であった。
そのことを鞆絵は今の時点から思い知ることになる。




