8 黒髪の感触
「二つ目が前に説明した壊れた物だ。
前にも説明した通り、壊れた物は契約者の成れの果てだ」
「契約者は必ず壊れた物になるんですか?」
「いや、違う。
壊れた物は幻妖の素質を吸収する力が契約者の素質を上回った場合になってしまうものだ。
普段それらが同等か、契約者の素質が上回っていた場合は、幻妖の寿命分、契約者は生きられる。
最低1000歳以上は生きていると言われているじじいがいい例だ」
つまり、以前ヘルツバールがジュースで例えていたが、ジュースを吸い過ぎて中がカラカラになった状態が壊れた物ということだろう。
そして、ジュースがあり余る場合と、ちょうどいい具合にカラカラにならない場合はたくさん生きられる?ということなのだろうか?
「契約って、解約出来ないんですか?」
今の社会結婚しても、仲が合わなくて離婚する…といったケースが多い。
鞆絵の両親はそんなことはなかったが…
契約も、そんなふうに繋がりを解除することが可能ではないのだろうか?
「契約とは契約した幻妖と契約者の絆、繋がりだ。
だから可能と言えば可能。だが実質的には不可能だ。
契約は幻妖側がすることが出来る。逆に解約は契約者側がすることが出来る…んだが、解約した場合、代償で素質を喰われる。
そうなった場合、契約者はすぐに死ぬことになる」
「つまり、解約したら、すぐにお亡くなりになるというわけですよね?」
「ああ、そうだ。
壊れた物は理性を喰われているから、自分の意思で解約が出来ない。
だから措置としては、やはり殺すしかない」
ああ、またか。
結局は殺さないといけないのか…
「素質は自分にはわからないから、まずは仮契約で自分の素質を幻妖に測ってもらう。
だが今回は俺がいたから、トモエの素質の量が俺の魔法によってわかったんだ。
そこらへんはトモエがもし、契約するってときになったら説明するから省略するけど…」
ということは、ヴィスも契約者ということか。
騎士は契約者しかなれないと先ほど言っていたから、そういうことなのだろう。
「先ほどの話に戻るぞ。
壊れた物はさっきいった雑魚よりも強いことが多いし、何しろ正気が無い。そこら辺が厄介どころだな」
弱い幻妖は人を操る。壊れた物は正気が無い。
となると、三つ目は…?
「最後は実体化出来る幻妖。これが一番厄介だ。
実体化出来るから強いし、さっき言ってた二つの敵を操っている場合がある。強敵だ。
だが、二つの種類の敵に比べて個体数が圧倒的少ないのはメリットだな」
幻妖は力が強い者が全てを支配する。
つまり、強いものは力を追い求める必要性がない。
そのため、リスクを犯してまでロワンモンドに来ようと思う強い幻妖は少ない、とヴィスは語った。
因みに伝説や伝承の元となるのはこれら、実体化出来る幻妖らしい。
「というわけだ。
あー長くなったな。トモエ、大丈夫か?」
「は…はい」
「大丈夫じゃないな。続きは明日にしような。とりあえず、皿片付けようぜ」
「あっ…手伝います」
鞆絵が未だ頭がごちゃごちゃして混乱していることを、ヴィスはいとも簡単に気づいたみたいだ。
その洞察力に大人だな~と鞆絵は思ったりした。
ヴィスはいい大人としての精神的な余裕がいつも感じられる。
そういえば、ヴィスは何歳だろうか?
ヘルツバールが1000歳以上とは聞いていたが、ヴィスの年齢は聞いたことがない。
もしヘルツバールがヴィスの育て親ということが事実だとすれば、ヘルツバールよりは歳はいっていないことになる。
それでも、ヴィスは契約者だから、人間の寿命を超えて生きているのかもしれない。
鞆絵の自室で晩御飯を食べたため、二人は皿を持ってキッチンへ向かう途中の階段を降りていた。
一段下がったヴィスの背中を眺めつつ、鞆絵は聞いてみた。
「ヴィスさんはおいくつなんですか?」
「んーと、47だな。だからトモエから見たら俺はおっさんになるな」
ヘルツバールみたいに規格外の寿命を誇っていた場合鞆絵は驚いたと思うが、案外答えがさっぱりとしていたため、驚かなかった。
両手と首しか皮膚が見えないが、それらの状態からみても、とても50前のおじさんには見えない。
20代くらいに契約してそのままの容姿を保ったまま…ということであろうか?
鞆絵には窺い知ることなど出来なかった。
+++
「おはよう」
「おはようございます」
あの後、ヴィスは晩御飯の皿を片付け終わったあと、すぐにホテルへ戻った。
鞆絵はその後、ヴィスやヘルツバールに教えてもらった知識を何とか理解しようと試みた。
お陰で大分理解が出来たが、まだ疑問に思うところはあった。
朝、目覚めると朝食をヴィスが作っている音に気がつき、寝間着から普段の服に着替えて自室から階段を降り、顔洗いや歯磨きをしたのち、一階のリビングへと渡った。
ここはいい思い出と思い出したくない思い出とが混同しているが、時間が経過した今、フラッシュバックは起きていない。
朝食の手伝いをしようとしたが、もうすでに出来上がり寸前であった。
「トモエの部屋で食べるか?それとも…リビングで食べるか?」
リビングについていた血は綺麗に拭い去られていた。
普通血痕が残ったりするものだが、これらは魔法によって拭い去られたのだろう。
「リビングで食べます。もう大丈夫です」
食欲も戻ってきた。
ヴィスは鞆絵に遠慮して自室まで料理を運んでくれていたのだろうが、それでは余計な手間がかかる。
リビングにあるテーブルに持っていけば、すぐに食べられる。
両親の身体が倒れていた場所が見れない位置に座れば、大丈夫だろう。
それにヴィスがいるから、安心して食事が出来るだろう…と鞆絵は思った。
リビングに皿を並べて、朝食を頂く。
ヘルツバールも言っていたが、ヴィスは本当に料理を作るのが上手い。
作った料理全部美味しいのだ。
「で、昨日の話だけどな」
ヴィスが話し始めたため、鞆絵は真剣に耳を傾けた。
「ターゲットは実体化している幻妖。今回はそれだけでいい。
あとは弱い幻妖。それらは俺があとで片付けておく。
いくら幻妖でも、人間に害を及ぼさなかったら、討伐対象外だからな」
弱い幻妖は素質のない人々と強引に契約して、操る。
操られている人々に対して、鞆絵は非情になりきれる自信は無かった。
人ではない死んだ存在だといわれても、どうしても躊躇いが取れない。
そこら辺も克服しないといけないのだろうか?
「場所はどこなんですか?」
「トモエが通う高校の近くだ。
トモエは高校に行っていないから知らないだろうが、最近あそこらへんは犯罪が急激に増加している。
勿論それは幻妖の仕業だ」
鞆絵は息を飲んだ。
下手をすれば、自分の知っている人が襲われてもおかしくない。
「場所は下見が住んでいる。トモエは俺に着いて行くだけでいい。
行く前にトモエの身を守るための魔法をかけるから、幻妖は襲わないだろう。
それに今回は破壊する物はいないし、強い幻妖も一体だけだから、問題ない」
そう言い終わったあと、ヴィスはこう言ってこの件を締めた。
「あーっと、今日の深夜は動くから昼は出来るだけ寝ておけ」
+++
「よし、行くか」
日付もとっくの昔に変わり、たいていの皆が寝静まった深夜。
鞆絵も若干頭がぼんやりとしていたものの、起きていた。
普段はこの時間、鞆絵は完全に夢の中である。
「トモエ、しっかりしろよ。日本とイギリスは9時間時差があるからな。イギリスに行く以上、それに馴れないといけない」
「はい…」
「今からトモエに守護の魔法をかける」
そういう言葉をぼんやりと聞き逃していたせいもあり、鞆絵はヴィスの顔が自分の目の前に来ていることに気がつかなかった。
「わっ!!」
ヴィスは自分の額と鞆絵の額をくっつけた。
顔、ではなく、前髪が鞆絵の額にあたる。
(うわっ…サラサラだ)
鞆絵はヴィスの長すぎる前髪に触れた。
間近の距離にいるから、少しでも前髪を掻き分けたら顔が見れるだろう。そう思って前髪に触れたは良いが、予想以上にさわり心地が良かった。
自分のことには全くもって無頓着なのは、ここ最近の行為を持って知っている。
なのにこのサラサラ感はなんなのか? 天然なのか? 何も手入れせずともこんなサラサラなのか?
そうだったら、天然パーマの子たちの怒りを買うだろう。
これほどまでにサラサラだとは思いもしなかった。
「トモエ? 終わったぞ」
と感動を覚えている間に、ヴィスはなすべきことを終えていたらしい。
顔が離れていく。
(あ~! しまった!!)
せっかくヴィスの素顔が見れる絶好のチャンスだったというのに、髪質に感動してしまい、そのチャンスを取りのがしてしまった。
ショックを受け、ガクリと項垂れる鞆絵をヴィスは怪訝な面持ちで見ていた。
次回、突入します。
話が動く…予定。




