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離れで萎びた花は、黄昏の庭園に咲く  作者: Mel


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花は根付く 後編

 入居者の皆様を退屈させないように、このラウンジでは楽団を招いてのミニコンサートや演劇といった催しが用意されている。廊下に並ぶ絵画やホールに置かれた調度品も定期的に入れ替えられていて、私自身も基本的には外に出る機会はないながらも十分に楽しむことができていた。

 ギレスピー家にいる頃は、せいぜい庭に大旦那様を連れて散歩に出るくらいだった。一生懸命にお世話をしたつもりだったけれども、ここの環境と比べてしまうともっとやれることはあったかもしれない、なんて思ってしまう。


「たまげたわ。根っからの奴隷根性ね」


 口の悪いマダムからはそんな軽口を叩かれる。


「環境のせいよ。だって子どもの頃からお祖母様のお世話をしていたのでしょう? ……あら、貴女の家名は何だったかしら」

「ブレイズです。共和制への移行で特権が失われ、借金だけが残ったと聞いています。父母はそれで病んでしまいまして……」

「残念だけど、弱小貴族ならよく聞いた話ね。それでも移行期ならばある程度の融通は利いたはずだけど……」


 祖母はプライドだけは高い方だった。もう貴族でもなんでもないのに、ベッドの中で横たわりながら私に礼儀作法を教え込むほどに。そのおかげで家事や祖母のお世話に加えて最低限の礼節を身に付け、こうして素晴らしい環境に身を置けたのだから恵まれている方だと自分では思っている。


 ——と、このままではしんみりとした雰囲気になってしまう。私は話題を変えるように、壁に貼られた一枚の紙を指さした。


「ずっと気になっていたのですけれど。あの、『ロマンス詐欺』とはなんなんでしょうか?」


 それは他の絵画やお知らせとはまた違った趣の、古びた貼り紙だった。


『ロマンス詐欺にご注意を!

 最近、王族・貴族を名乗る者から手紙が届き、金銭を要求する手口が横行しています。

 王族・貴族が見ず知らずの相手に手紙を送りつけることはありません。

 それらはすべて詐欺です。

 手紙を受け取った場合は、速やかに警備隊へご連絡ください。』


 紙質に少し古さを感じるその紙は、何かの注意喚起のようだった。


「ああ、あれね。一、二年前からこの国でそんな詐欺が流行っているのよ。知らないの?」

「三年ほど情報が遮断されたところにいたもので……」

「……そうだったわね。よその国の王族や貴族だったり、名家の名を騙って金品を騙し取る手口だったそうよ。それこそエルギルの坊やの名前なんかよく使われたみたいね」

「ちょうどここに入居した頃だから騙りやすかったんでしょうね。でもストラウス家が金に困るわけないじゃないのよねぇ」

「女王陛下に操を立ててた朴念仁が他の女に目移りするはずもないのにね!」


 どっと笑い声が響く。そんな詐欺が流行っていたなんて、世間には怖い話が溢れているようだ。


「……他人事のような顔してるけど、貴女も被害者みたいなものよ?」

「えっ!? わ、私がですか?」

「そうよ。結婚をちらつかせてたんだから十分に詐欺じゃないの」


 詐欺ですか……、と独りごちる。

 本当は、まだ心のどこかで縋っていた。あれは何かの間違いで、いつかあの人が迎えに来てくれるはずだ、と。

 そしてこうして誰かに指摘されるたびに、冷や水を浴びせられたように目が覚めるのだ。


「もっと男を見る目を養いなさいな。……ま、ここじゃあ難しいかもしれないけれどね」

「職員になら若い男もたくさんいるじゃないの。誰か気になる人はいないの?」


 真っ先に思い浮かんだのが黄昏の中に佇む老紳士の姿だと言ったら、皆さんはどんな反応をするのかしら?

 私はその考えを振り払うように首を振って、「しばらくそんな気にはなれませんよ」と笑って躱すしかなかった。


 

 そうして季節は緩やかに巡る。

 ゆったりと、誰にでも等しく。


 

「マダム、今日も素敵な装いですね。その華やかさに負けないように御髪を整えてもよろしいですか?」


 入居者の皆さんの症状も様々だ。毎日噂話に花を咲かせるご婦人方もいれば、子どもに捨てられたと思いこんで消沈されている方もいらっしゃる。

 先日入居されたテレジア様もそんなひとりで、ラウンジに顔を出しても部屋の隅でぼうっとされていることが多かった。


「あら、貴女は……」

「ランタナと申します。皆様のお手伝いをさせていただいているんですよ。とても綺麗な御髪をされているのが目に入りまして。せっかくですから、少しばかり艶を足しても良いでしょうか」

「そう……。好きにして頂戴……」


 なにせここには、サロン時代には手が出せなかったような高級な品々が取り揃えられている。品質は折り紙付きだから、ここの方々を相手にしても気後れすることなく利用できるというものだ。


 ケープをかけて、オイルを手に馴染ませ、そのまま髪を結い上げる。後れ毛を整えていると微かにローズが香ったのか、「あら……」とテレジア様の瞳がわずかに輝いた。


「いい匂い。……懐かしいわ」

「テレジア様はトリア地方のご出身でしたよね。名所と呼ばれている薔薇の絨毯、一度見てみたいものです」

「よく知っているのね。そうよ、本当に見事な薔薇だったの……」

「ご主人も同郷だったのでしょうか」

「ええ、ええ。あの人ったらね。薔薇を摘むのに素手で取るものだから、指先を怪我してしまってね。『美しい薔薇には棘があるなんて言うが、君には棘が無いから不思議だ。こんなにも美しいのに』って」

「まあ……! なんて素敵なお話なのかしら。ぜひもっと聞かせてくださいませ」


 恥ずかしそうに笑うテレジア様の頬が赤く染まる。誰かが聞きつけて、すぐにご婦人方が集まってくる。


 その日から、テレジア様の笑うお姿をよく見かけるようになった。


 せがまれて、ご婦人方にお化粧を施したこともある。「真っ赤な紅は派手じゃないかしら」、「誰に見せるつもりなのよ」なんて言い合いながらラウンジで楽しんでいると、殿方も自分の身の周りが気になり始めたようだ。


「ご婦人方が美しく着飾っているのに、私がこんな有様ではいけないな」


 そう最初に言い出したのは、いつも人形劇が始まると最前列に座って楽しんでいらしたマイスター様。口元に涎の跡をつけてラウンジに顔を出されていたような方だったのに、今ではご自身で綺麗に髭を整えられるようにまでなっていた。


「貴女が来てくれて本当によかったわ。ラウンジが今やかつての社交場のようじゃないの」


 ロクサーヌ様が、賑やかなラウンジを眺めながら満足気に笑んでいる。私はついぞその社交場に参加することは無かったけれども、懐かしむような彼女の眼差しは、かつての紳士淑女たちを彩っていたであろうシャンデリアの輝きを映しているようだった。


「そうですね。でも、この空気をしんどく感じる方もいらっしゃると思いますから……ロクサーヌ様が提唱されていたやり方が合う御方もいらっしゃいますよ。特にお歌。私も楽しい気分になりますから」

「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃないの。でも、そうね。その人にあったやり方を見つけていければいいのよね」


 この施設を運営するのにどれだけのご苦労を重ねてきたのだろう。現状でも十分に素晴らしい施設なのに、満足することなく更なる価値の向上を図るお姿には素直に感服するばかりだ。


「長年ご苦労を重ねてきた方たちだからね。どうか最後は心穏やかに過ごしてほしいと思ってこの施設を買い上げたのよ。世間では『追いやられた』とか『姥捨て山』とか好き勝手言っているみたいだけれど、私はここが終の棲家として選ばれる場所になってくれればと、そう思っているわ」

「素敵なお考えですね。ぜひ、私にもお手伝いさせてくださいませ」

「あら、頼もしいわ。次期院長候補が見つかって嬉しい限りよ」

「そ、それは責任重大過ぎます……」


 そんな未来のことなんてまったく想像がつかないと言う私に、「人生なんてあっという間よ?」と語るロクサーヌ様。

 その言葉の重みを噛みしめながらも、今を生きるのに精一杯ですと言ったら、笑われてしまった。


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