73 やる気を絞り出した!
とりあえず今日の勉強会が終わり、みんなと別れて普通に帰宅した時のこと。
「ただいま〜…って、ダイジョブ?」
「むり〜…。しぬ〜…」
いつも通りリビングに入ると、まず最初にソファにもたれかかって死んだ目をしている妹が目に入ってきた。心配になってそばに駆け寄り、とりあえず事情聴取を始めた。
「どうしたの?今朝まで元気だったのに」
「部活だよもぉ…」
「あ〜…そういうことか…」
莉々恋はテニス部に所属し、全国を目指して日々練習に励んでいる。もちろん今日みたいな休日もお構いなしに部活があって、疲れてそこら辺で寝ているのもしばしば。
しかし流石に姉の立場からすると心配であり、とりあえずこの不安定な体勢を直せるように手を貸す。
「とりあえずちゃんと座って…!そういう日頃の油断がケガを招くんだから…!!」
「うるさいなぁ。別にこんなことでケガなんてしないって」
「確かにそうかもだけど。でも普通に心配だから私の見えるところではちゃんとして?」
「恋雪姉みたいなこと言わないでよ」
お節介だと思われるかもしれないけど、妹のことを想うのは姉の役目だから仕方ない。末っ子の莉々恋には理解できないだろうけど。
「あ、そういえばお姉ちゃんとお母さんは?」
名前が出てきてようやく二人の存在を思い出した。
いつもなら二人ともリビングで出迎えてくれるのに、今日は珍しく二人とも不在だった。まあどうせあの姉のことだから部屋で勉強でもしているんだろう。母はちょっとわからないけど。
と、そんなことを考えていた時、タイミングをはかったかのように扉が開かれる。
「あら。お帰りなさい、百合」
「お姉ちゃん。ただいま」
噂をすれば姉上が現れた。流石にジャストタイミングすぎてびっくりしたが、それを顔に出さずに会話を続ける。
「テスト勉強してきたんでしょう?どうだった?」
「まあ何とか…?」
「そんな調子で大丈夫なのかしら?ウチのテストは結構難しいわよ?」
「それはわかってる…」
彼女の口ぶり通り、恋雪は百合と同じ高校に通っている。しかも生徒会長。入学からずっと成績トップで素行も良く、その上モデル顔負けの容姿だ。生徒会長になるにはこれ以上ない逸材だった。
「あなたも私の妹なのだから、普段からちゃんと勉強すれば上位になれるはずなのに…。どうしていつも詰め込むのかしら…」
何気ない姉の発言。
しかしそれが百合の心を想像以上に締め付けていることなど、知るよしも無いだろう。
「あはは…。わかってはいるんだけど、どうしてもやる気が出なくてね」
「百合姉、やる気は出すものじゃなくて絞り出すモノだよ!」
「なにその根性論」
「相変わらず言っていることが意味不明ね…。まあこれでも学年トップだから何も言えないのだけれど」
「そもそもあたしはスポーツ専門だし〜♪ついでに勉強しただけでトップになれちゃう天才でごめんね〜♪」
そう、この二人は間違いなく天才だ。恋雪はとある模試で全国一位になるぐらい頭が良く、莉々恋は去年の全国大会で年上を次々と撃破して一年生ながらベスト4まで上り詰めた天才だ。
勉学、そして運動に秀でた姉妹。しかしその間に産まれた百合だけは、普通の存在だった。勉強では姉に叶わないし、運動では妹に届かない。そういう度重なる冷酷な現実が百合のやる気を何度も削ぎ落とし、今に至っている。
でも百合はそれを本人たちに告げたりはしない。こちらを理由に自分が突き進む道に憂いを抱いてほしくないから。姉として、妹として、彼女たちの道を応援するだけで十分だから。
「二人とも、頑張ってね」
「あったり前だよ!!次こそは全国制覇!!」
「言われなくても、最善を尽くすわ。だからあなたも頑張りなさい」
「うん。頑張る」
どれだけ頑張っても届かない高い壁。何度よじ登っても高く積み重なる障害。
超えられない壁は希望を絶望に変えるだけだ。今の百合がそうであるように。
でもなぜか諦めることはできなかった。多分彼女らはこういう高い壁を乗り越えて今の力を手に入れたんだろうと、心のどこかで信じているから。きっとこう考えてしまうのも遺伝か何かなのだろう。逆境を前にするとなぜか心が奮い立つ。
(もう一回だけ、頑張ってみようかな)
こんな自分を認めてくれる恋人、そして支えてくれる姉妹のためにも。
燃え尽きるその日までに、もう一度だけ大輪を咲かせてみたい。




