35 案内されてしまった!
開幕早々色んなことがあったけど、一旦気を取り直してお家デートを再開する。
「着きました。ここが音楽室です」
「へ、へぇ〜…家に音楽室…」
葵について来てほしいと言われてついて来たは良いが、まさか家の中に音楽用の部屋があるなんて。ごく一般的な家庭出身の百合からすればそれはかなり異質な光景で、思わず目を見開いた。
「ねぇ、前から気になってたんだけど…もしかして葵ってお嬢様…?」
「お嬢様ですか?別にそんなことないですけど」
「そ、ソウデスカ…」
世間一般的に、家に音楽室があるような豪邸に住んでいる女の子はお嬢様って言うんですよ。これが世間知らずの箱入り娘というやつなのか!
「見せたいものがあるので、どうぞ中へ」
「あ、うん…」
しかも厳重に鍵までかけられてるし。中には一体どんな高級品が隠されているんだろう?
そんなワクワク感が百合の中で芽生えるのと同時に、葵が扉を開いて中に入って行った。そしてそれについて行くように百合も中に入り、今までで一度も見たことのない光景に驚愕する。
「こ、これって…」
最高級の天然素材、熟練の職人による御技。それら全てが集結した、圧倒的な存在感。広い部屋の中で一人孤独にそびえるそれは、素人目でも分かるほどの圧倒的な輝きを放っていた。
葵はそんな綺麗なピアノのそばに行き、そっと触れながら胸の内を明かした。
「私の母は、プロのピアニストなんです。こうやって家にグランドピアノを置いちゃうぐらいピアノが大好きな人で、夕方になると家に綺麗な旋律が響くんです」
虚な目でピアノを見つめる彼女だったが、直後に我に返ってニコニコと笑顔を浮かべた。
「あ、ごめんなさい。こんな話されても困りますよね」
「いや、私は全然…」
「もしよかったら弾いてみませんか?グランドピアノは音の響きが良くてとても気持ちいいですよ?」
「…じゃあ、弾いてみよっかな…」
彼女に言われるがままにピアノの前に立った。
しかしそこでこの状況が身の丈に合っていないことに気がつき、身体が勝手にピアノから一歩引いてしまう。
「や、やっぱムリ…!!プロが使うようなピアノに触れるなんて恐れ多すぎるよ…!!」
「そんなの気にしなくて良いですよ。そう簡単に壊れるほど脆くないですから」
「そういう問題じゃなくて…!!」
何となく神聖な気がして、穢れた心を持つ百合にそれに触れる勇気は湧いてこなかった。
それが葵にとっては少し不満なようだったが、彼女は仕方なさそうにこちらにやってきた。
「わかりました。無理強いはしません。じゃあせっかく百合さんがいることですし、私が弾くのでそばで見ていてください」
「え?弾けるの?」
「はい。一応中学生の頃まではしていたので」
「そ、そうなんだ…」
そんなの全然知らなかった。やはりつくづく彼女のことを知らないんだと思い知らされる。
そしてそれに少し悲しみを抱いている百合は、ここからも彼女の知らない姿を目撃することになる。
「………」
「……っ」
ピアノの前に立った瞬間、スイッチが入ったように黙り込んだ。そして一度大きく呼吸来た後、こちらを向いて上品に一礼した。
「リクエストはございますか?」
「え?」
「知っている曲なら何でも弾けますよ」
「何でも…!?」
ピアノのことは詳しくないけど、普通何でも弾けるなんて自信持って言えるモノなの?
もしかしたらとんでもない人に惚れられてしまったのかもしれないという感情が百合の中で湧き起こり、上手く頭を回すことができなくなる。
「あ、えと…お任せで…」
「かしこまりました。では、弾かせていただきますね」
流れるような動作で椅子に座り、そしてピアノをじっと見つめた。
そして一呼吸置いた後、彼女の美しい手捌きが炸裂した。
「……!」
一音聴いただけでも圧倒されてしまうような旋律が、百合の前で響き渡った。




