第92章 風の中の初稽古
新たな一日を告げる朝の光が、山並みを覆う深い霧を照らし出した。冷たい風が服を通り抜けて肌を刺す。しおりは約束通り夜明け前に目を覚まし、野営地の脇にある開けた岩場に剣を手にして立っていた。
レナがリラックスした歩みで近づいてきたが、その瞳には一流の暗殺者特有の鋭利な光が宿っている。
「あなたが最初に学ぶべきことは、美しく剣を振るう型ではありませんよ、しおりちゃん」レナは距離を詰めながら言った。「重心の制御と、体内の力の流れを読み取ることです」
レナは手に持った木剣をしおりへと向けた。
「さあ、持てる力のすべてを込めて、私に攻撃を仕掛けてみなさい」
しおりは深く息を吸い込み、剣の柄を強く握りしめた。足の裏へ魔力を循環させると、目にもとまらぬ速さで駆け出した! 手にした鉄の剣が、風を切り裂きながら斜めへと振り下ろされる。
カキン!
レナがほんのわずかに身を躱し、木剣で軽くいなしただけで、しおりの体はバランスを崩し、岩肌を滑るように転倒してしまった!
「動きの速さは素晴らしいわ。でも、今のあなたの体と目が制御できる限界を超えてしまっているのよ」レナは手を差し伸べて彼女を助け起こした。「魔力は、体の中心を完璧に通さなければ何の役にも立たなくなってしまうわ」
朝の時間は、基礎的な教練とともに過ぎていった。少し離れた場所から、ミライとアイリンが微笑ましくその様子を見守っている。
「あの子は飲み込みが早いな」ミライが口を開いた。「エデンリアンの者たちと一緒にいた頃から、戦いの本能が呼び覚まされていたのだろう。今はただ、それを正しく整理してやるだけでいい」
朝の特訓を終え、一行はすぐさま出発した。三日目の道は勾配が急になり、山と山に挟まれた狭い渓谷へと入っていく。両側には高く険しい岩壁がそびえ立ち、視界を遮っていた。
「ここから先は『反響の谷』ですわ」アイリンが魔導通信機を操作しながら警告した。「魔力信号が届かなくなる死角であり、同時に絶好の隠れ場所でも——」
シュッ!
アイリンが言い終わるより早く、呪符が刻まれた一本の投げ矢が、ミライの目の前の岩に正確に突き刺さった!
「気をつけろ!」ミライが声を上げる。
険しい崖の上に、黒い外套を羽織った三つの影が姿を現した。全員の心臓を跳ねさせたのは、それが単なる奇襲だったからではない……彼らの左胸に、黄金色に輝く『七』の紋章が刻まれていたからだ!
「ようやく見つけたぞ……」外套の影の一つから、枯れたような声が響いた。「美徳の器……西の森の生き残りよ」
しおりは前へ歩み出た。彼女の体は今朝の特訓での感覚を正確に記憶している。剣を構え、純粋な魔力を刀身へと注ぎ込むと、眩い光が放たれた。
「七つの大罪評議会の者たちね……」アイリンも武器を抜き放ち、通信機で合図を送ろうとしたが、妨害波によって完全に遮断されていた。
「お前たち、一体何を探し回っているの!」レナは冷たい声を放ち、今にも刀を抜けるよう鞘に手をかけた。
崖の上の黒衣の男は嘲笑した。「今日はお前たちと戦うために来たわけではない……我らが指導者からの、警告の親書を届けに来ただけだ」
彼らの姿は徐々に漆黒の霧へと溶け込み始めた。しかし、その煙が完全に消え去る前に、凍りつくような残響が谷全体に響き渡った。
「美徳と罪は表裏一体……東の大陸の扉が開かれる時、しおり……お前は自らの足で、我らの元へと歩み寄ることになるだろう!」
風が吹き抜け、漆黒の霧を何処かへ持ち去った。後には静寂と、以前にも増して重くのしかかる謎だけが残された。
しおりは、未だ魔力の光を放つ手元の剣を見つめた。敵は退いたというのに、彼女は確かに何かを感じ取っていた……奴らの眼差しと、その力の気配。それは、かつてアイリスから感じ取った力と寸分違わぬものだった!
「奴らは私たちが想定していたよりも遥かに早く動き出している」ミライはしおりの隣に歩み寄り、決意に満ちた瞳で言った。「これからは、一秒たりとも油断は許されないぞ!」
ミライは眉をひそめたまま、岩に突き刺さった呪符の投げ矢を調べに向かった。分厚い布で包み、慎重に抜き取る。
「毒や魔力は仕込まれていましたか?」レナが刀を握りしめたまま近づき、尋ねた。
「致命的な毒はないが、空間追跡の刻印が施されている」ミライは淡々と答えた。「奴らは最初から我々を殺すつもりなどなかった。ただの探り合いさ」
アイリンは手元の通信機を見下ろした。遮断されていた信号が再び光を取り戻している。「通信が復旧しましたわ……奴らの一時的な空間封鎖は、あの黒い煙とともに消滅したようです」
皆が状況を分析している間も、しおりは元の場所でじっと立ち尽くしていた。彼女の手の中で刀身が微かに震え、燃え上がっていた純粋な光は、心の中の混乱に呼応するかのように徐々に弱まっていった。
(この気配……この重苦しく圧迫感のあるオーラは……)
「しおりちゃん?」彼女の異変に気づいたレナが歩み寄り、優しく肩に触れた。「どうかしたの? どこか怪我でも?」
しおりは小さく肩を震わせた。揺れる瞳で皆を見上げ、深呼吸をして意識を落ち着かせる。
「いいえ……怪我はしていません」しおりは消え入りそうな声で答えたが、やがて頭の中にある思いを言葉にすることを決意した。「さっきの魔力のイオン……気配が、アイリスの力とそっくりだったんです」
その言葉に全員の動きが止まった。ミライは真剣な眼差しで彼女を振り返る。「アイリス……君が話してくれた、あの罪を持つ者か?」
「はい……」しおりは頷いた。「少し違いはありましたが、あの空気を押し潰すような魔力の構造は、間違いなく罪の力特有のものです……。七つの大罪評議会は、本当に同じ系統の力を使っています」
アイリンは大きくため息をつき、腰に手を当てた。「ということは、私たちが掴んだ『七つの大罪評議会』の情報と、あなたが遭遇した原初の罪の所持者は、完全に繋がっているということですわね」
「そして何より重要なのは……奴らがしおりちゃんを直接の標的に定めたということだ」ミライが力強い声で付け加える。「奴らが口にした『美徳の器』という言葉が、しおりちゃんこそが奴らの何らかの計画を完成させるために探している存在であるということを、明確に証明している」
谷に再び静寂が降り降りた。周囲の空気は重圧に満ちている。しおりは剣の柄を強く握りしめた。以前の彼女であれば、恐怖に怯え、遠くへ逃げ出したいと思ったことだろう。だが、あの激闘をくぐり抜け、グループの皆から認められた今……彼女の心の中にある感情は、変化し始めていた。
「私は逃げません」しおりは予想外に毅然とした声で言い放ち、皆を驚かせた。
彼女は剣を胸の前に掲げ、ミライとレナの目を真っ直ぐに見つめた。「もし奴らの標的が私で、私の村と人々を滅ぼしたことに関わっているのなら……私はもっと強くなって、絶対に奴らを止めます!」
レナは温かく誇らしげな微笑みで彼女を見つめた。「とてもいい目をしていますよ、しおりちゃん」
「それなら、我々がいつまでもここに立ち止まっている理由はないな」ミライは満足げに頷いた。「暗くなる前にこの反響の谷を抜け、もっと安全な野営地を探そう」
「はい!」しおりとレナが同時に答える。
一行は再び前進を始めた。日は傾き始め、前途には七つの大罪評議会の潜む危険が満ちている。しかし、全員の心——とりわけしおりの心は——かつてないほど強固に一つへと結びついていた。




