第88章 : 覚醒の朝
西の森の境界での戦いが終結してから、まる一ヶ月が過ぎ去った。
混乱と恐怖の気配は帝国から完全に消え去っていた。新たに設立された評議会は法を改革し、しおりに対するすべての汚名をそそいだ。西の森は自然の再生力によって、かつてないほど穏やかで青々とした姿を取り戻している。
小さな木造小屋の中、遅めの朝の光が木窓から差し込み、ベッドの上に柔らかいオレンジ色の光の筋を落としていた。
レナの美しい瞳がかすかに揺れ、やがてゆっくりと開かれた。最初に感じたのは、ふっと体が軽くなるような感覚、温かさ、そして以前よりもスムーズで完璧に循環する体内の魔力だった。
「ん……」
レナは喉の奥で小さく声を漏らし、ゆっくりと体を起こしてベッドに腰掛けた。
「目を覚まされたのですね、レナさん!」
聞き覚えのある甘く澄んだ声がベッドの脇から響いた。清潔な白いドレスを身に纏い、眩しいほどの笑顔を浮かべたしおりが、すぐに駆け寄ってきた。その手には温かい手ぬぐいと、淹れたての薬草茶の盆が載せられている。
「セラ……しおり……」レナはかすかに呟いた。声はまだ少しかすれている。「私……どれくらい眠っていたの?」
「まる一ヶ月間ですよ!」しおりは微笑みながら、温かいお湯の椀をレナに手渡した。「レナさんが全盛期の力を前借りして魔力回路が断裂したと知った時、私達みんな本当に驚いたんです……。でも幸いなことに、アイリンさんが魔力を送ってくださって、私も毎日レナさんの体に治癒の力を送り続けたので、傷はすっかり良くなりました」
レナはお湯を口に含みながら、驚きと共に自分の体の中を確かめた。『勤勉の罪』の副作用で引き裂かれていた魔力回路は力強く結合し、それどころか、しおりの純粋な光のオーラが、彼女の魂に長年蓄積されていた闇の澱みを完全に洗い流してくれていたのだ。
「ありがとう、しおりちゃん……」
レナは優しい声で言った。かつて冷たかった顔に、薄い微笑みが浮かぶ。
ギィ……。
部屋の扉が開き、ラフな格好をしたアイリンがいつものお茶目な笑みを浮かべて入ってきた。「やっと起きたわね、この怠け者殺し屋ちゃん〜。まる一ヶ月も他人の苦労も知らないでぐっすり眠っちゃって。私とミライがどれだけ大変な思いをして看病とお薬の準備をしたか分かってるの?」
「アイリン姉様……」レナは友人を見つめ、クスッと小さく笑った。「眠ってはいましたけれど、誰かがほぼ毎日のように私のベッドの横でサボって寝ていた気配は、ちゃんとおぼえていますよ」
「あら! しおりちゃんの治癒の光が温かくて、気持ちよくて眠くなっちゃうのが悪いのよ!」アイリンは大声で笑った。
その時、テラスの方から重厚だが足音を殺した歩みが近づいてきた。ミライが湯気の立つ緑茶のカップを載せたトレイを手に、部屋へと入ってくる。部屋中に香ばしい香りが広がった。
「予想していたよりもずっと回復が早いな、レナ」ミライは温かい笑みを浮かべ、ベッド脇の機にカップを置いた。「おかえり」
レナはミライ、しおり、アンドアイリンの顔を見渡した。これまでの人生で一度も味わったことのない、本物の温もりと絆。目の前の光景に、流石の腕利き殺し屋の瞳にも感動の涙が微かに浮かんだ。
「はい……ただいま戻りました、ミライ様」
四人は小屋の中で輪になって座り、笑い合いながら、この一ヶ月の間に外の世界で起きた変化について語り合った。そこには、これまでになかったような幸せと温かな空気があふれていた……。
しかし、その穏やかで静かな朝の中で…
フッ!
アイリンの手のひらの上に、黒と黄金の小さな次元通信の魔方陣が突如として眩しく発光した。彼女の顔からお茶目な笑みが瞬時に消え去り、一瞬にして真剣で緊緊迫した表情へと変わる。
「大陸横断諜報部からの緊急報です……」アイリンは静かな声で言った。
ミライは茶碗を置き、静かな瞳でアイリンを直視した。「何があった?」
アイリンは部屋にいる全員と視線を合わせ、重々しい声で言葉を紡いだ。
「東の大陸からの知らせです……。前国王が失脚し、『罪の特性』についての情報が漏洩したことで、『七つの大罪評議会』と名乗る謎の勢力が動き始めました……。彼らの次の目標は、完全なる美徳の真理の力を手に入れ、世界の頂点へと君臨すること……。その狙いは、しおりちゃんの身柄の確保です!」




