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第87章 : 審判の調度

夜の暗闇が西の森を静かに包み込んでいった。羽虫の羽音と風が葉を揺らす音が、戦いの名残りである煙の匂いを綺麗に吹き消していく。


ベッドの上では、疲れ果てたしおりが深い眠りについていた。細やかな看病のおかげで、白かった頬には健康的な血色が戻り始めている。アイリンはベッドの傍らに腰掛け、水で濡らした冷たい手ぬぐいを彼女の額に丁寧に載せた。それから、愛おしそうな眼差しで少女の髪を優しく撫でる。


フッ……。


部屋の隅の暗がりから、音もなく一人の男の影が現れた。ミライは、未だ意識を失ったまま眠り続けるレナの体を抱きかかえ、反対側のベッドへと静かに横たえた。


「国境の外の荒野からレナを連れ戻してきたよ」ミライは眠る者を起こさぬよう声を潜めた。「脈拍は安定している。あの時、次元を越えて届けられたしおりちゃんの治癒魔導が寸前のところで生命を繋ぎ止め、断裂した魔力回路を塞いでくれたおかげだ」


アイリンは立ち上がり、レナの胸元に刻まれた罪の符牒を確かめた。彼女はミライの手をレナの胸の上に重ねさせ、体内の魔力の均衡を整える手助けをした。やがてレナの表情は和らいでいく。「ふぅ……『勤勉の罪』の全盛期の力を前借りしたせいで、レナの肉体は相当なダメージを受けているわね。魂の回復には、少なくともあと一ヶ月は眠り続ける必要があるわ」


「それだけの価値は十分にあったさ」アイリンは悪戯っぽく微笑んだ。「レナの罪の力による一撃がなければ、あの化け物の隙を突いて反撃に転じるなんて、簡単にはいかなかったもの」


同じ頃、帝都の中心にそびえる王宮。


謁見の間の空気は氷のように冷え切っていた。玉座に座る国王の顔色は蒼白で、その体は小刻みに震えている。たった今、総司令官から戦況の報告が届いたのだ。影の近衛兵部隊は全滅し、聖なる神官は身柄を拘束され、そして数万の兵士たちはライアンとしおりをまるで神のごとく称えているという。


場面は変わり、木造の小屋の前。


ミライはテラスへと足を踏み出し、夜風に揺れる本来の髪をなびかせながら、帝都の方角を見つめていた。アイリンが corporate その隣に寄り添うように立つ。


「国王とあの帝国を相手に、これからどうするつもりかしら?」アイリンは真剣なトーンで尋ねた。


ミライは手にした温かいお茶に軽く口を付けた。口元には、静かだが圧倒的な威厳を湛えた笑みが浮かぶ。


「この争いの歯車を回し始めたのは、国王自身だ……」ミライは冷徹な声で言った。「明日の朝……僕自身が王宮へ赴く。この帝国の未来に決着をつけ、すべてを終わらせるためにね」


新しい朝が訪れた。帝都の空は黄金色の朝日に照らされていたが、謁見の間の空気は息が詰まるほど重く静まり返っていた。近衛兵や高位の貴族たちは恐怖に身を震わせ、王座の下で平伏している。


コツ……コツ……。


広間の大扉から、重厚な足音が響き渡った。武器を掲げて遮ろうとする者は誰もいない。漆黒の長衣を纏い、威厳に満ちた瞳をしたミライが堂々と足を踏み入れ、すぐ後ろにはアイリンが従っていた。


玉座に座る国王は、引きつった瞳でミライを睨みつけ、震える声を振り絞って叫んだ。「お前……状況を仕組み、私を殺してこの帝国を奪うつもりか!?」


ミライは顔を上げ、冷ややかな笑みを浮かべた。


「あなたの金ぴかの王座や、儚い権力などには一切興味はありませんよ、国王陛下……」ミライの声が広間に深く響き渡る。「僕はただ、あなたが引き起こしたくだらない争いに終止符を打ちに来ただけです」


アイリンが軽く手をかざすと、周囲の空間が歪み、真実の映像が空中に映し出された。聖なる神官の裏切りと自白、そして家と国を守るために一致団結して戦ったしおりと数万の兵士たちの姿が、貴族や将軍たちの目に焼き付けられていく。


「国王陛下……あなたは強欲と恐怖に目を眩ませ、敵の思い通りに踊らされ、自らの民やしおりちゃんのような無実の人々を害するために軍を動かした」ミライは決定的な宣告を下した。「あなたにはもう、指導者としての正当性は欠片も残っていません」


貴族たちは深く頭を垂れ、ため息を漏らした。ミライの言葉に反論できる者など、一人として存在しなかった。


国王は玉座に崩れ落ち、自身の犯した致命的な過ちを悟って言葉を失った。「……ならば、私にどうしろというのだ?」


「王座を下りてください」ミライは明確に言い放った。「執政の権限は、忠実な将軍たちと貴族による評議会に委ね、新たな秩序を築くのです。そして、しおりちゃんや関係者に対するすべての汚名と懸賞金を取り消しなさい」


ミライは後ずさりし、背を向けて謁見の間を去る直前に、最後の一言を残した。


「もしこの約束が破られ、再び裏切られるようなことがあれば……次に潰れるのは王座だけではなく、この帝国そのものになりますよ」


声なき脅迫は確固たる真実として、王宮にいる全員の心に深く刻み込まれた。長きにわたる戦争と紛争は、『無敗の城塞』の絶対的な力によって完璧な終止符を迎えたのだった。


それから数日後。西の森の木造小屋。


夕方の柔らかい光が青々とした葉を照らし、穏やかな静けさが森へと戻っていた。完全に回復したしおりは、テラスへ出て新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。その顔には、眩しいほどの笑顔が戻っている。


変装を解いたミライが、温かいお茶のカップを手にして歩み寄り、いつもの優しい微笑みを向けた。


「温かいお茶が入りましたよ、しおりさん」


しおりはお茶を受け取り、感謝と温かさに満ちた瞳で彼を見つめた。「ありがとうございます……私やこの森のためにしてくださった、すべてのことに」


「ミライと呼んでくれて構いませんよ」彼は微笑み返し、夕暮れの風が吹く方角を見つめた。


「はい、ミライさん」しおりは嬉しそうに微笑み返した。

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