第81章 : 上層部への衝撃
帝国軍の中央司令部の大広間は、息が詰まるような沈黙に包まれていた。鎧は砕け散り、全身傷だらけになった部隊長の騎士が、豪華な装飾が施された木製の執務机の前に膝まずいていた。その体は、まだ精神的な傷から立ち直れずに小刻みに震えている。
「三十人もの重装甲の兵士たちが、村人の罠と、たった一人の謎の男によって退けられただと……そう言いたいのか?」総司令官の低く威圧的な声が、不快感を隠すことなく響き渡った。
「は、はい、閣下!」騎士は苦しそうに唾を飲み込んだ。「そいつは……ただの人間ではありません! 奴が魂の威圧感を放った瞬間、我々は息絶えるかと思いました……それに奴は自らこう言ったのです。自分に勝てるのは、聖なる神官か、国王陛下だけだと!」
その報告を聞き、大広間に集まっていた参謀たちは驚愕し、ざわめき始めた。しかし、その混乱が広がる前に、大広間の黄金の扉が音もなく開かれた。
黄金の縁取りが施された純白の法衣を身に纏い、神官の象徴である銀の茨の冠を戴いた若者が、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。深海のように底知れぬ彼の視線が広間にいる全員を見渡し、やがて薄い笑みを浮かべた。
「どうりで……西の森で、かつて知る魂の波長が目覚めたのを感じたはずだ」神官は冷ややかな声で言った。「顔こそ忘れてしまったが、あの魂の波長を忘れることはない。お前たちが遭遇した男は……数十年前に姿を消した人物だ。かつて『時代の無敗の城塞』と呼ばれた男であり、あともう少しで『Eranis Generation Beta』に選ばれるところだった人物だ。ただ……」
神官は窓の外の景色に目をやりながら、ライアンという男についての伝説を語り始めた。
「昔、ライアンは天賦の才や貴族の血筋を持って生まれたわけではなかった。彼はただの孤児であり、魔法の力すら持たない普通の人間だった。しかし、彼を凡人から超越させたのは、魔法への深い執着、計り知れない忍耐力、そして存在の構造を理解する類まれな能力だった」
「ライアンは辺境の街の麻薬の売人から始まり、何年もの間、過酷な肉体訓練と知識の蓄積に費やした。それと同時に、古代の文献から自己の存在を磨き上げる術を学んだ」
「そして、帝国が災害級のスライムの魔物の大軍に直面した大戦が起きた。高位の騎士や魔術師たちが次々と命を落としていく中、若き日のライアンは単身で戦場に足を踏み入れた。彼は魔法への深い理解と物理的な体術だけを駆使してスライムの軍勢を圧倒し、たった一人で数千の軍勢を守り抜いたのだ」
「その勝利により、彼は『無敗の城塞』として名を馳せ、歴史に刻まれる伝説となった。しかし、最高の栄誉を受けた後、ライアンは国王が授けた地位、権力、そして黄金をすべて拒絶し、すべてを捨てて忽然と姿を消したのだ……今日に至るまで」
広大で静寂に包まれた王の広間では、蝋燭の揺らめく光が漆黒の大理石の柱に反射していた。国王は荘厳な玉座に座り、西の森の事件を記した羊皮紙の報告書を見下ろしていた。
国王を取り巻く空気は、極めて重苦しく、圧迫感に満ちていた。あからさまに威圧感を放っているわけではないが、その周囲の空気は重く沈み込み、真の支配者としての絶対的な威厳に満ちている。
「ライアン……」国王の低く響く声が広間に木霊し、重臣たちは誰一人として口を開くことができなかった。「十八年間も姿を消しておきながら……てっきり外界を捨てたものだとばかり思っていたぞ」
彼は過去の光景を思い返していた。大戦後、名誉勲章を受け取るために進み出たライアンの姿を。あの時、ライアンは国王の前に立ち、野心も、恐怖も、王座への忠誠心さえも全く感じさせない静かな瞳をしていた……。国王が授けるいかなる地位にも無関心な男だった。
国王にとって、ライアンのような存在は「目に見えない危険」であった。
たった一人で軍隊に対抗できるほどの強大な力を持ちながら、国家の議会や王の権力に一切従おうとしない男。それは、彼が精巧に築き上げた権力の礎に入る、一本のひび割れのようなものだった。
「国王陛下……」一人の高位の貴族が、媚びへつらうような笑みを浮かべて前に進み出た。「もしその男が、我が国に不法入国したしおりの逮捕を妨害するようであれば、奴も反逆の共犯者であると民衆に布告し、陛下の親衛隊を派遣して——」
「黙れ」国王は一言でそれを遮った。その貴族はビクッと体を震わせ、その場にへたり込んだ。
「災害級の魔物を一人で食い止めた男に、普通の軍隊が通用するとでも思っているのか?」国王の目には深い軽蔑の色が浮かんでいた。「これ以上兵士を送れば、四大帝国の一つであるこのゾエディア帝国の威信に泥を塗るだけでなく、民衆に我が国の力を疑わせることになるだけだ」
国王は玉座から立ち上がり、石の階段を一段ずつ下りていった。王の靴音がカツン……カツン……と広間全体に響き渡る。
彼は、巨大な帝都の景色が見渡せる大きな窓の前で立ち止まった。
「私が興味を惹かれているのは、ライアン自身ではない……」国王は遠く離れた西の方角をじっと見つめながら呟いた。「『しおり』という名のあの小娘の方だ……世界に全く無関心だったあのライアンが、なぜ自ら表舞台に立ち、身を挺してまであの娘を守ろうとするのだ?」
彼は拳を強く握りしめた。王としての強大な力が手のひらの周りに凝縮され、周囲の空気が揺らぎ始める。
「もし、あの『無敗の城塞』に再び帝国に刃向かわせるほど、しおりが重要な存在だとするならば……あの娘の力、あるいはその存在そのものが、私にとって決して手放してはならない重要な鍵であるということに他ならない」
国王は振り返り、参謀たちと総司令官を正面から見据えた。そして、絶対的な命令が下された。
「無能な装甲兵や騎士を送るのはもうやめにしろ」国王は力強い声で命じた。「聖なる神官に伝えよ……彼自身の判断で動くことを許可すると。そして、私の専属の影の近衛兵を状況監視のために同行させよ。ライアン……もし貴様がたった一人の小娘を守るために帝国を敵に回す道を選ぶというなら、貴様もあの森もろとも、すべて呑み込んで消し去ってやろう……」
「ははっ!」司令官たちは一斉に膝まずき、命令を受けた。
国王は背筋を伸ばし、夜の暗闇を見つめた。その唇には冷酷な笑みが浮かんでいた。
「宗教に抗う者たちに、勝機などない。ゾエディアを敵に回すということは、教会を敵に回すということだ。そして、世界最強の四人に匹敵する力を持つ、三人の英雄たちを敵に回すということなのだから」




