第7章:七歳 —— 年の終わり
ある朝、空がぼんやりとした白一色に染まる頃、イゼキエルが再び姿を現した。彼はいつもと変わらない様子で庭へと歩いてきたが、その両手にはいつものような本は一冊も握られていなかった。庭の真ん中で待ち構えていたセラフィナは、彼を真っ先に出迎えた。
「前に言っていた、剣のことだが……」
彼は腰を下ろすよりも早く、単刀直入に本題を切り出した。
「はい」
「どうして学びたいと思った?」
セラフィナは少し考え込んだ。いつもならすぐに答えが分かっているはずなのに、今回はすぐには言葉が出てこなかった。「それは……ただ、どんなものなのか知りたくて」
「それだけか?」
少女は視線を庭の柵の向こうへと投げかけた。「私は、この副宮で一人で生きていかなければなりません。もしも将来、何かが起きたとき……せめて、自分の身くらいは自分で守れるようになっておきたいのです」
イゼキエルはすぐには返事をしなかった。彼は、セラフィナにはその真意を推し量れないような複雑な眼差しで、じっと彼女を見つめていた。「教えてやることはできる」やがて、彼はそう口を開いた。「だが、俺自身もそれほど腕が立つわけじゃないぞ」
「私よりは、確実に上手に決まっています」
「それはそうだな」
彼は庭中を見回し、柵の脇にドークが積み上げておいた枯れ枝の山に目を留めた。「だが、ここには訓練用の木剣がない」
セラフィナは迷わずその枝の山へと歩み寄り、なるべく真っ直ぐな枝を二本選び出すと、そのうちの一本を彼へと差し出した。イゼキエルは受け取った枝を物珍しそうに眺め、小さくため息をついた。
「いいだろう。よし、乗った」
彼はまず、身体の構え方という基本中の基本から教え始めた。「何よりもまず、立ち方だ」イゼキエルは手本を示すように、自身の足幅を適度に広げ、膝をわずかに落として全体の体重のバランスを均等に整えた。「真似してみろ」
セラフィナは彼の姿勢を必死に模倣しようとした。
「もっと膝を落とせ」
言われるがままに位置を調整する。
「落としすぎだ」
再び微調整を試みる。
「……そのくらいでいい」イゼキエルは彼女の周囲をぐるりと回りながら、細かくチェックしていく。その姿は、かつて本の中で見た『先生』という存在を思い起こさせた。「今、どんな感じだ?」
「足が、少しじんわりと疲れてきました」
「それでいい。正しい構えができている証拠だ」
セラフィナは不思議そうに彼を見上げた。「疲れるのが、正しいのですか?」
「優れた立ち方というのは、筋肉を正しく使わせるものだ。何も感じないなら、それは立ち方が間違っている。俺を指導している騎士がそう言っていた」
セラフィナは納得したように頷き、そのままの姿勢を維持しようと努めた。ほんの二分が経過した頃には早くも足が小刻みに震え始めたが、彼女は何も言わずに耐えることを選んだ。しかし、イゼキエルはそれを見逃さなかった。
「休憩だ」
「まだ、それほど長く立っていません」
「休めと言っている」彼は淡々とした、しかし拒絶を許さない声で告げた。
セラフィナは大人しく力を抜き、足の疲れを払うように軽く足首を振った。「あなたの先生は、随分と厳しい方のようですね」
「俺はただ、自分が叩き込まれた通りにお前に教えているだけだ」
「その先生に、木剣で叩かれたりもするのですか?」
イゼキエルは一瞬沈黙し、それから答えた。「構えを間違えれば……当然、叩かれる」
「何度もですか?」
「最初のうちはな」彼はそれがごく当たり前のことであるかのように、平然とした口調で語った。「だが、最近は滅多にない」
セラフィナの視線は、彼の袖口へと向かった。先ほど彼が本能的に引っ張って隠そうとした手首のあたりだ。けれど、彼女はそのことにあえて触れない選択をした。「……続けてください」
それから二人は、一時間ほどの訓練に没頭した。イゼキエルは立ち方や枝の正しい握り方、さらには前進と後退のステップにいたるまで、根気強く修正を繰り返した。セラフィナの失敗は数知れず、手足の動きを連動させるべきところで、どうしても足が先に動いてから腕がついていってしまったり、枝を握る手に力が入りすぎて手首がガチガチに固まってしまったりした。それでもイゼキエルが声を荒らげることはなく、ただ正しい動きを何度も何度も実演してみせ、彼女に再挑戦を促した。そして七回目にして、セラフィナはついに足の踏み込みと腕の振りを完璧に同調させることに成功した。
「良くなったな」イゼキエルが小さく褒めた。
ほんの短い一言だったが、セラフィナにとってはどんな賛辞よりも特別に感じられた。なぜなら、普段の彼はそう簡単に他人を褒めるような性格ではないからだ。彼女は次の指示を待つことなく、自発的に今の手応えを再現するように同じ動きを繰り返した。
日差しが次第に強くなってきた頃、ヘレンが飲み物の入ったグラスを庭のテーブルにそっと置き、何事も邪魔せぬよう静かに奥へと引っ込んでいった。イゼキエルはその背中を見送った。「ヘレンは、俺がお前に剣を教えていることを知っているのか?」
「はい。ヘレンはここのすべてのことを把握しています」
「……誰かに密告したりはしないのか?」
「絶対にありません」
イゼキエルは歩み寄ってグラスを手に取り、一口飲むとそれをセラフィナへと差し出した。彼女もそれを受け取り、彼の後に続いて喉を潤した。「次は本物の木剣を持ってきてやる。この枝じゃ軽すぎて、重さの感覚が狂う」
「どうやって誰にも見つからずに持ち込むのですか?」
「マントの下に隠せばいいだけの話だ」彼はまるで造作もないことのように言ってみせた。
厚手のマントの下に訓練用の木剣を忍ばせ、王宮の回廊を平然と闊歩するイゼキエルの姿を想像し、セラフィナは思わずぷっと小さく吹き出してしまった。イゼキエルが即座に鋭い視線を向ける。「……何が可笑しい」
「何でもありません」
彼は不満げに彼女をしばらく見つめていたが、やがてぷいと顔を背けた。しかし、その口元がわずかに、本人も気づかないほど小さく綻んでいるのを、セラフィナは見逃さなかった。
同じ年の終わりの頃、マイスターはいつもの木箱に見慣れない新しい品を入れて持ってきた。セネスティアがそれを開けると、中にはもうあの透明なガラス玉は入っておらず、代わりに漆黒の小さな布切れが一枚、丁寧に畳まれて置かれていた。
「これは何ですか?」
「広げてごらん」
セネスティアはそれを手に取って広げてみたが、それはどこにでもある平凡な布切れに過ぎず、紋様もなければ、特別な魔力を帯びている風でもなかった。
「それを机の上に置きなさい」
少女はその指示に従った。「それから、どうするのですか?」
「今度は、それを『動かす』よう命じるのだ」
セネスティアは目の前の布をじっと見つめた。布を操る感覚は、ガラス玉のそれとは文字通り天と地ほどの差があった。布には明確な重量感がなく、魔力を引っ掛けるための中心点がまるで見当たらないのだ。彼女が以前ガラス玉に使っていたのと同じ要領で魔力を送り込んでみると、布はただ表面がかすかに波打っただけで、すぐにまた元の静寂へと戻ってしまった。もう一度試みる。今度は布の一端が勢いよく跳ね上がったものの、そのまま不格好にくしゃりと折れ曲がって重なっただけだった。
「どうして、こんなにも感覚が違うのですか?」
「ガラス玉には一定の形がある。ゆえに、魔力をどこに定着させればいいのかが直感的に理解しやすい。だが、布は違う。お前はまず、自身の魔力を均一に『広げる』術を学ばねばならんのだ」
セネスティアはその布切れを長い間凝視していた。「もし、この訓練をマスターしたら、私は他にどんなものを操れるようになりますか?」
「形の定まらぬ、あらゆるものだ」マイスターは一拍置いて、その答えを口にした。「例えば……気候、奔流、あるいは立ち込める煙といったものだな」
その回答は、セネスティアの思考の枠組みを根底から揺るがした。彼女は目の前の布へと、完全に色を変えた眼差しを向けた。少女は精神を極限まで集中させ、三度目の挑戦に臨む。今度は特定の局所に魔力をぶつけるのではなく、薄く引き伸ばした魔力の膜で、布の全面を優しく包み込むようなイメージを描いた。すると、黒い布は四隅を同時にふわりと浮かせ、机の表面から手のひら一枚分の高さまで綺麗に浮かび上がった。そして、まるで羽毛が落ちるかのように、静かに、滑らかに元の場所へと着地した。
マイスターはやはり言葉での称賛はしなかった。しかし、彼女は羽ペンを手に取ると、小さな手帳を開いて何事かを熱心に書き留め始めた。セネスティアが知る限り、この気難しい師がこのような形で記録をつけるのは、これが初めてのことだった。
その日の夜、モウェンもまたその事実を知ることとなった。娘が話したからではない。授業の全行程を終えたマイスターが、彼女に個人的な面会を求めてきたからだ。
「王女殿下の成長速度は、凄まじいものがあります」マイスターはいつもと変わらぬ、冷徹で落ち着いた声で告げた。「私がこれまで教えてきたどの子弟よりも、遥かに早い」
「それは……喜ばしいことのはずですね」モウェンは答えたが、その声に完全な歓喜の色は含まれていなかった。
「喜ばしいことです。しかし同時に、深く自覚し、警戒せねばならぬことでもあります」マイスターは一瞬、言葉を区切った。「これほど強力な力を持ち、早くに早熟する子供は、往々にしてその『力』を利用しようとする者たちの目を惹きつける。……子供自身の『存在』ではなく、力そのものを欲する者たちです」
その冷酷な警告に、モウェンは長い間、言葉を失って座り込んでいた。「それは……どういう意味ですか?」
「殿下は、他者が自分をどう定義するかを許す前に、自分自身が何者であるかを、しっかりと見出しておかねばならないということです」
モウェンはマイスターの目をまっすぐに見つめ返した。「では、今この時……私の娘は、自分というものを十分に理解しているでしょうか?」
マイスターは熟考した末に、答えを導き出した。「いいえ、まだです。……しかし、彼女は今、まさにそれを学び、模索している最中にあります」
マイスターが退出した後も、モウェンはいつもよりずっと長い時間、一人きりで部屋に取り残されていた。
セネスティアは、母親が師とどのような会話を交わしたのかなど露ほども知らなかった。彼女が知っているのは、その夜、モウェンが自分のベッドの傍らにいつもより長く寄り添ってくれたということだけだ。母親の口から奇妙な言葉が出ることはなく、魔法の授業について詮索されることもなかった。ただ、温かい手のひらが、愛おしそうに彼女の髪を優しく撫で続けていた。
セネスティアは暗闇の中で目を開けたまま、そこから離れようとしない母親の手の温もりを感じていた。
「お母様、まだ起きている?」彼女は微かな声で尋ねた。
「ええ、起きているわよ、我が子よ」
「少し、気になっていることがあるの。聞いてもいい?」
「何でもお聞きなさい」
セネスティアは一瞬の沈黙の後、問いかけた。「もしも私が、魔力を持たないただの普通の子供として生まれていたら……お母様は、今と同じように私を愛してくれた?」
髪を撫でていたモウェンの手が、ぴたりと止まった。
部屋を包む静寂が、わずかに質量を増して重くなったかのような錯覚を覚える。
「どうしてそんなことを聞くの?」モウェンは掠れた声で問い返した。
「ただの、思いつき」
モウェンは身体を横たえ、暗闇の中で娘と視線を合わせるように顔を近づけた。「お母様があなたを愛しているのは、あなたが私のかけがえのない娘だからよ。あなたに力があるかどうかなんて、そんなことはこれっぽっちも関係ないわ」
セネスティアは何も答えなかった。
「お母様を信じてくれる?」モウェンが念を押す。
「信じる」セネスティアは答え、それから再び小さな沈黙を挟んだ。「じゃあ……他の人たちはどうかしら?」
モウェンはすぐには答えを出せなかった。彼女はただ、暗い天井を長い間じっと見つめていた。
「それはね、あなた自身がこれから生きていく中で、学び、答えを見つけていかなければならないことよ」彼女はついに、静かにそう告げた。「誰があなたという『存在』そのものを愛してくれて、誰があなたの中にある『利益』を愛しているのか……それを見極めるためにね」
セネスティアはその言葉の反芻に沈み込み、やがて静かに眠りへと落ちていった。しかし、モウェンは暗闇の中で目を開けたまま、娘の隣に横たわり続けた。その手のひらは依然として娘の髪の上に置かれたままで、視線はただ虚空を見つめていた。そしてその夜、彼女が再び微睡みの中に落ちることは、二度となかった。
翌週、イゼキエルは約束通り二本の訓練用木剣を携えて戻ってきた。彼は厚手のマントの下から、それらを一本ずつ慎重に引き抜くと、庭のテーブルの上へと並べた。セラフィナは木剣と彼の顔を交互に見つめた。
「本当に、マントの下に隠してきたのですね」
「できると言っただろう」
「誰にも怪しまれませんでしたか?」
「使用人の一人が妙な目で見てきたが、あえて声をかけてくるような馬鹿はいなかった」
セラフィナは手を伸ばし、一本の木剣を持ち上げてみた。その重量感は、先日のただの枝とは比較にならないほど重く、彼女の手は即座にグリップのバランスを修正することを余儀なくされた。
「その握り方は間違っている」イゼキエルがすかさず口を挟む。「親指は側面に添えるんだ。上から被せるように握るんじゃない」
言われた通りに位置を修正する。
「力が入りすぎだ。少し緩めろ」
彼女がグリップを緩めると、今度は木剣が手から滑り落ちそうになった。
「そこまで緩めろとは言っていない」
セラフィナはただひたすらに、辛抱強く彼の指示に従って姿勢や手元を修正し続けた。その表情に、苛立ちや諦めの色は微塵も浮かんでいなかった。イゼキエルは、彼女が何度も何度も泥臭く試行錯誤を繰り返す姿をしばらく無言で見つめていたが、やがてぽつりと尋ねた。「お前は、嫌にならないのか?」
「私はまだ学び始めたばかりなのですから、できなくて当然でしょう?」
「だが、俺がこれまで見てきた奴らは、何度も失敗が続くと大抵は不機嫌になって投げ出すものだ」
セラフィナは少し考えた。「いちいち苛立っていたところで、何かができるようになるわけではありません。ただの時間の無駄です」
イゼキエルは目の前の少女をしばらく凝視していたが、やがてふっと視線を外すと、自身の木剣を構え直した。「……いいだろう。なら、次の型をやるぞ」
その日の訓練は、先週のそれよりも遥かに過酷で、長時間を要するものだった。イゼキエルからようやく「終了」の合図が出たときには、セラフィナの両腕と両肩はすっかり悲鳴を上げ、まともに動かせないほどに疲弊していた。しかし、それは彼女にとって全く新しい性質の痛みだった。早く消えてほしいと願うような不快な苦痛ではなく、自分が確かに何かを成し遂げたのだと身体が教えてくれる、確かな手応えとしての痛み。彼女は木剣を置くと、地面にそのままへたり込んだ。
イゼキエルもまた、彼女の隣に腰を下ろした。彼はヘレンが用意してくれたグラスへと手を伸ばし、水を飲み干すとそれをセラフィナへと回した。「お前、自分がどうしてそこまで剣に固執するのか、その本当の理由が分かっているのか?」彼が何の前触れもなく、不意に問いかけてきた。
セラフィナはグラスを受け取った。「前にも言いました。万が一のときに、自分の身を守るためです」
「だが、この副宮にはヘレンもドークも、ピターもいる」
「でも、あの人たちの誰も、戦う術は持っていません」
イゼキエルは一瞬、言葉を失った。「……お前は、何かを恐れているのか?」その声は低く落ち着いており、質問というよりは、彼女の心の奥を言い当てるかのような響きを持っていた。
セラフィナは庭の景色に目を向けた。「それは、そういう具体的な恐怖とは少し違います。……ただ、もし私たちが常に誰かに寄り添い、頼り切って生きていたとして、ある日突然、その人たちが目の前から消えてしまったら、どうなるのだろうと思うのです」
「俺が、ここにいる」
セラフィナは弾かれたように彼を振り返った。しかし、イゼキエルは気まずそうに顔を背けており、彼女と視線を合わせようとはしなかった。それでも、彼の言葉の響きには、冗談や気まぐれといった軽さは一切含まれておらず、絶対的な重みがあった。そして彼女もまた、その言葉に返すための適切な台詞を見つけられず、沈黙を守ることを選んだ。
しばしの間、二人の間に心地よい静寂が流れた後、イゼキエルは意を決したように立ち上がり、木剣を掴み直した。「まだ少し時間がある。次の型を試すぞ」セラフィナもすぐさま、彼の後に続いて立ち上がった。
イゼキエルが帰路につく間際、彼は二本の訓練用木剣を一本にまとめると、彼女に告げた。「これはここに置いておけ。毎回マントに隠して往復する必要もないだろう」
セラフィナは不安そうにそれらを見つめた。「ですが、もし誰かに見つかったら……」
「ただの削り出された木切れが二本だ。剣術を知らない者が一目見たところで、これが何のための道具かなど見当もつくまい」
彼女はその言葉に納得し、木剣を受け取ると、庭の隅にある枯れ枝の山の陰へとそれらを運んだ。周囲の自然の景色に完全に溶け込むよう、細心の注意を払って配置を整える。イゼキエルはその一連の動作を見届け、満足そうに頷いた。「上出来だ」
彼はそのまま庭の柵の門へと歩みを進め、セラフィナは彼が見えなくなるまでその背中をじっと見送った。副宮は再び、いつもの静寂に包まれる。しかし今、庭の片隅には二本の木剣が確かに眠っており、そして来週になれば彼がまたここへ戻ってくるという確信が、彼女の胸にはあった。
少女はもう一度、庭の隅の枝の山へと視線を戻した。
そして、迷うことなく歩み寄ると、一本の木剣を再びその手に取った。彼が熱心に教えてくれた通りの型を思い出し、記憶の残滓を頼りに、自分の手元の位置を何度も一人で微調整する。そうして、周囲の景色が刻一刻と夕闇の帳に包まれていく中、彼女は今日学んだすべての動きをなぞるように、一人静かに、何度も何度も木剣を振り続けのだった。




