第6章:七歳 —— 年の初め
その年の冬は、例年になく過酷だった。
毎朝、副宮の窓枠には厚い氷が張り付いていた。炉裏に火を灯しても、古びた壁の隙間から容赦なく吹き込むすきま風のせいで、部屋はいっこうに温まらない。セラフィナは二枚の毛布にしがみつくようにして眠ったが、目覚めるときにはいつも指先が凍りつくように冷たかった。
ヘレンは本宮へ、毛布の追加と傷んだ壁の修理を求める要請を送った。しかし、返ってきたのは「春になったら対応する」という、そっけない一言だけだった。
セラフィナが不満をこぼすことはなかった。この帝国の他の宮が、これほど不自由な暮らしをしていないという事実を、彼女は知らない。ただ、冬の朝は震えるほど寒いものだということ、そしてそれは昔からずっと変わらないということだけを知っていた。彼女にとって「寒さ」とは、ただ耐え忍ぶべき対象であり、憤るべきものではなかった。
だが、ある日のこと。炉裏のそばで本を読んでいると、指先がかじかんでページがうまくめくれなくなった。彼女はふと動きを止め、じっと自分の手を見つめていたが、やがて本を置くと、より温もりを求めて炉裏のすぐそばへと身を寄せた。
この冬の間、イゼキエルが姿を見せることはなかった。雪深く積もる中、誰にも気づかれずに一人で宮殿を行き来するのは難しいから、しばらく足が遠のくと事前に告げられていた。セラフィナは何も言わず、ただ小さく頷くだけだった。
それでも、彼は自分の代わりに本を届けてくれた。送り主の名は書かれておらず、使用人の手によって副宮の扉の前にただ置かれていた。だが、セラフィナにはそれが彼からのものだとすぐに分かった。なぜなら、表紙にはいつも、くしゃくしゃに丸められた小さな紙切れが挟まれていたからだ。そこには決まって、こう書き置きしてあった。
『第一章と第二章は退屈だから、第三章から読め』
セラフィナは言われた通りに第三章を開き、二ページほど読み進めたところで、結局、最初の第一章へとページをめくり戻した。
そして気づいたのだ。——第一章は、ちっとも退屈などではない、と。
本は冬の間、二週間おきに届いた。手紙がついていることもあれば、ないこともあった。セラフィナはそのすべてを読み終え、炉裏の脇にある古びた木製の棚へきれいに並べていった。ある日、それに気づいたヘレンが声をかけた。
「ずいぶんと大切に集めていらっしゃるのですね」
「届けてくれた人がいるのです」
セラフィナは短く答えた。
ヘレンはそれ以上深く追及せず、ただ頷いて自分の仕事へと戻っていった。だが、心の中ではこう思っていた。
(セーラ様は少し変わられた。どこか表情が生き生きとされて、言葉遣いも一段と丁寧になられた気がする)
遅い春だったが、それでも季節は巡ってきた。
外へ出ても凍えないほどに暖かくなった最初の日、セラフィナは真っ先に庭へと向かった。そして地面に直接しゃがみ込み、芽吹き始めたばかりのみずみずしい青草の感触を手のひらで確かめた。まだ冷たく湿ってはいたものの、あの冬の凍てつくような冷たさとは違っていた。彼女がそうして大地の温もりをじっと味わっていると、ヘレンが「土がまだ冷え切っているから、長く座っていてはいけません」と注意しにやってきた。
その二日後、イゼキエルが柵の向こうに姿を現した。セラフィナが扉を開けると、彼は冬の名残でまだうらぶれた庭を見回しながら中へ入り、いつもの大きな木の下へと腰を下ろした。
「寒くはなかったか?」
彼は何気ない風を装って、ぽつりと言った。
「ええ、少しだけ寒かったです」
「……部屋の様子はどうだ?」
「大丈夫でしたよ」
イゼキエルは、その言葉をまったく信じていないという目を向けたが、それ以上は詮索しなかった。彼は、以前届けたばかりの最新の本を取り出すと、二人の間に置いて問いかけた。
「どこまで読んだ?」
「もう読み終わりました」
「第三章はどうだった?」
「面白かったです……でも、私は第一章の方が好きですね」
イゼキエルはわずかに眉をひそめた。本を手に取り、しばらく第一章のページをめくっていたが、やがてパタンと本を閉じた。
「まあ……確かに、それほど退屈ってわけでもないな」
彼はついにそう認めた。
セラフィナはそれ以上何も言わなかったが、その顔から笑みを隠そうともしなかった。
セネスティア —— 年の初め
本宮の冬は、不自由という言葉からは程遠いものだった。
すべての部屋に巨大な炉裏が備え付けられ、重厚なカーテンが隙間風を完全に遮断している。さらに使用人たちが夜通し薪をくべ続けるため、セネスティアは常にふかふかの羽毛布団の中で心地よく眠り、温められた部屋で目覚めることができた。
今年の冬がいつもと違っていたのは、天候のせいではない。マイスターから課された、新たな試練のせいだった。
「今年からは、コントロールの訓練を始める」
マイスターは、三つの透明なガラス玉が入った木箱を机の上に置いた。
「ただ物体を動かすのではない。己の意のままに『静止』させるのだ」
「今までの訓練と、どう違うのですか?」
セネスティアはガラス玉を見つめながら尋ねた。
「これまではただ力を押し出すだけだった。だがこれからは、それを『捉え』なければならない」
セネスティアはガラス玉を一つ手に取り、その冷たさと重みを感じ取った。
「三つ同時にやってもいいですか?」
マイスターは小さな弟子を見据えた。
「まずは一つ、完璧にこなせるようになってからだ」
「私が聞いているのは……それが可能かどうか、です」
「いずれ、嫌でも分かるさ」
セネスティアはガラス玉を置くと、すぐに訓練に取り掛かった。そして始めてからわずか十分で、コントロールという行為が、力を押し出すことよりも何倍も困難であるという事実に直面した。力を放出するのは容易だが、狙った位置で物体をぴたりと止めるには、力を放出し続けながらも、同時にそれを引き留めなければならない。その矛盾した感覚に身体が混乱し、ガラス玉は何度も目標地点を通り過ぎて転がっていった。
「もう一度だ」
マイスターの声が淡々と響く。
十二回目にして、ガラス玉は目標のわずか二インチ手前でようやく静止した。マイスターは褒めもしなかったが、すぐに次を命じることもしなかった。しばらくその結果をじっと見つめた後、彼女は言った。
「十分間の休憩だ」
セネスティアは椅子の背もたれにもたれかかり、机の上に両手を投げ出した。胸の奥がじわじわと、かつてないほど疲弊していくのを感じていた。
「マイスター。毎日訓練すれば、いつになったらこれを完璧に操れるようになりますか?」
「お前がどのレベルのコントロールを求めているかによるな」
マイスターは少し考え、続けた。
「望むことのすべてを成し遂げられる領域……そこに天井などない。一生を訓練に捧げても、まだ到達できないと言う者もいるほどだ」
セネスティアは机の上のガラス玉を見つめ、ぽつりと呟いた。
「なら、好都合ですね」
「何がだ?」
「だって、これから先もずっと、やることがなくならないっていう意味でしょう?」
マイスターは何とも形容しがたい眼差しで目の前の少女を見つめ、やがて話を打ち切った。
「休憩は終わりだ。もう一度やるぞ」
モウェンは、娘の変化に気づいていた。
セネスティアは以前よりも静かに座り込むことが増えていた。それは悲しみに沈んでいるわけではなく、思考に没頭しているゆえの静寂だった。授業が終わると、彼女はよく窓辺に腰掛け、虚ろな目で外をじっと見つめていた。
「何を考えているの?」
ある日、モウェンが声をかけた。
「魔力がどうやって動いているのか、考えていたの」
セネスティアは振り返ることもなく答えた。
「マイスターは『感じろ』って言うけれど、自分が今何を感じているのか、よく分からなくて」
「お母様に説明してくれる?」
セネスティアは長い間考え込んだ。
「……身体の中に、何かがいるみたい。でも形がないの。そこにいるのは分かるのに、まっすぐ見つめようとすると、すっと消えてしまうの」
モウェンは娘の隣に腰を下ろした。
「それはきっと、かすかに光る星を眺めようとするときと同じね。時には少し斜めから視線を向けた方が、はっきりと見えることもあるのよ」
セネスティアは驚いたように母親を振り返った。
「お母様、どうしてそんなことを知っているの? 魔力を持っていないのに」
「本を少し読んだのよ」
モウェンは静かに微笑んだ。
「あなたに魔力があると知ったあの日から、魔法に関する本はすべて読んだわ」
少女は母親の顔をじっと見つめていたが、やがてまた窓の外へと視線を戻した。
「……ありがとう、お母様」
彼女は小さく、そう呟いた。
モウェンは何も答えず、ただ静かに娘の隣に寄り添い続けた。
セラフィナ —— 年の半ば
夏の盛りの頃、セラフィナは独学で算術の勉強を始めていた。
イゼキエルから届いた箱の中に、基礎的な数学の本が入っているのを見つけたのだ。そこには『気が向いたら見てみろ。気に入るかどうかは分からないが』とメモが添えられていた。
最初の足し算や引き算は、普段から石を数えていたこともあって順調だった。しかし、内容が複雑になるにつれて、次第に行き詰まるようになった。彼女は同じページを開いたまま何時間も没頭し、何度も読み返したが、どうしても理解できなかった。
「何かお困りですか?」
通りかかったヘレンが声をかけた。
「ここが、よく分からなくて」
ヘレンは本を覗き込んだ。
「算術、ですか……。私はこの手の分野はどうにも苦手でして。それなら、庭師の『ドーク』に聞いてみてはいかがでしょう? 彼は以前、庭園の会計を任されていたことがありますから」
セラフィナはすぐに行動を起こした。本を抱え、急いでドークのもとへと向かった。
それからの二週間、毎日の午後、庭の片隅でドークによる算術の講義が行われた。ドークは野菜や石を使って分かりやすく解説してくれた。教科書に沿った教え方ではなく、「どれだけの種を買うべきか」「一日に何回水をやるべきか」「収穫まであと何日待てばいいか」といった、実践的な数え方だった。セラフィナは、本の中の文字を追うよりもこの学び方の方がずっと自分に合っていると気づき、やがて、あれほど苦しんでいた残りの内容もすべて一人で読み終えることができた。
ある日、イゼキエルが机の上に置かれた算術の本に気づき、声をかけた。
「もう読めるようになったのか?」
「大体は、理解できました」
「じゃあ、理解できなかった部分は?」
「……最後の十ページくらいです」
彼は本を手に取り、しばらくページをめくっていたが、やがて決まり悪そうに告白した。
「……実を言うと、俺もその辺りはよく分からないんだ」
セラフィナは意外そうな顔で彼を見た。
「あなたも分からないのですか?」
「俺は算術を専門に学んでいるわけじゃないからな。家庭教師は歴史や統治のやり方ばかり教えてくる」
「あなたは、その勉強が好きなのですか?」
イゼキエルは少し考え込んだ。
「歴史は嫌いじゃない。統治も、まあ悪くはない。ただ、時々思うんだ。これは他人が決めたルールをただ暗記させられているだけじゃないかってな」
「そのルールは、変えられないのですか?」
「変えられるさ……十分な『力』さえあればな」
セラフィナはゆっくりと頷いた。
「なら……その力についても、学ばなければいけませんね」
イゼキエルは彼女をじっと見つめ、それから、滅多に見せることのない低い笑い声を漏らした。
「お前、時々親父(皇帝)みたいな口を利くんだな」
それが褒め言葉なのかどうか、セラフィナには分からなかった。だが、イゼキエルに悪気がないことだけは確かだった。
セネスティア —— 年の半ば
年の半ばを迎える頃には、セネスティアはガラス玉を完全に手なずけていた。
ただ静止させるだけでなく、宙に浮かべたまま、寸分の乱れもない円を描いて回転させることすらできるようになっていた。
マイスターはその様子を長い間見守った後、ようやく口を開いた。
「見事だ」
セネスティアはガラス玉を宙でぴたりと静止させた。
「三つ同時にやってもいいですか?」
「試してみるがいい」
少女はガラス玉を一度置くと、さらに十一のガラス玉を机の上に並べた。精神を集中させる。十二個のガラス玉が一斉に浮かび上がった。だが、それらは激しく震え、わずか三秒の後、一つの玉が床へと落下した。彼女は何度も、何度も挑戦した。そして最後の挑戦では、もう一つの玉が落ちるまで、なんとか五秒間耐え抜いた。
「そこまでだ」
マイスターが鋭く命じた。
「まだ、うまくできていません」
「今日はここまでだ」
セネスティアがしぶしぶ力を緩めると、残されたガラス玉たちが机の上に落ち、カチカチと軽い音を立てて転がった。ふと気づくと、自分の指先が小刻みに震えている。
「手が……震えてる……」
彼女は呆然と呟いた。
「限界を超えているからだ」
マイスターが厳しい声で言った。
「身体は悲鳴を上げているというのに、お前は無理に力を引き出そうとし続けた」
「もし、このまま無理を続けたら……どうなるのですか?」
「身体を壊し、元に戻るまで通常以上の時間を費やすことになるだけだ」
セネスティアは震える指先を見つめた。
「でも、命に関わるわけではないのでしょう?」
「セネスティア」
マイスターは、いつも以上に冷徹なトーンで彼女の名を呼んだ。
「私はお前を四年間教えてきた。お前は優秀で、何より呑み込みが早い。だが、お前の身体はまだ、たったの七歳だ。魔力はお前の成長を待ってはくれない。それは身体の成長を置き去りにして、遥かに早いスピードで膨れ上がっている。暴走すれば、その力自身がお前を破滅させるぞ」
その警告に、セネスティアは言葉を失った。
「私の言っている意味が分かるか?」
マイスターが念を押すように問う。
「分かります……。でも、それでも私はできるようになりたい」
マイスターは密かにため息をついた。
「分かっている……。そしてそれこそが、最大の cumulative(問題)なのだ」
ある日、イゼキエルは本宮の噴水のほとりで、一人ぽつんと佇んでいるセネスティアを見つけた。彼女は険しい表情で、湧き出る水を見つめていた。
「どうした? 何かあったのか」
彼は心配そうに声をかけた。
「別に、何も」
イゼキエルは彼女の隣に腰を下ろし、ふと気づいた。
「手が震えているぞ」
セネスティアは自分の手を見た。ピークは過ぎていたものの、震えはまだ完全に止まっていなかった。
「少し、訓練をやりすぎただけです」
「マイスターに止められたんだろう?」
「ええ」
「なのに、お前は続けたわけだ」
セネスティアの沈黙が、何よりの肯定だった。
イゼキエルはしばらく噴水の水を眺めていたが、やがて静かに言った。
「お前、親父が常にお前の成長を監視していることは知っているな?」
「知っています」
「知っていながら、自分の身体をそこまで痛めつけるのか?」
「それとこれとは、関係ないでしょう」
「関係大ありだ」
イゼキエルは声を潜めた。
「お前が無理な訓練のせいで倒れたりしてみろ。親父はマイスターに激怒し、彼女は元の場所へ送り返されることになるかもしれないんだぞ」
セネスティアはハッとして兄を振り返った。
「訓練をするなと言っているわけじゃない」
イゼキエルは立ち上がり、去り際に振り返ることなく言った。
「ただ、少しは周りの人間のことも考えろってことだ」
セネスティアは、長い間そこに一人で座り込んでいた。石の魚の口から絶え間なく流れ落ちる水を、ただじっと見つめ続けた。
翌日、彼女はマイスターのもとへ行き、指示通りに休養を取ることを告げた。
マイスターは意外そうな目を向けた。
「心境の変化か? 理由を聞かせてもらえるか?」
「ただ……その方が合理的だと思っただけです」
マイスターはそれ以上追求しなかった。それが彼女の本当の理由ではないことなど、百も承知だったが。
セラフィナ —— 年の終わり
年の瀬が近づく頃、セラフィナは副宮の古い倉庫の奥で、思いがけないものを発見した。
いつものように古い本を探すつもりで足を踏み入れたのだが、今回は無意識のうちに、いつもよりさらに深い、埃の積もった薄暗い隅へと進んでいた。そこには古びた木箱がいくつも積み重なっていた。
彼女が一番上の箱を開けると、中には綺麗に畳まれた布地が入っていた。しかし、それらは時の経過とともに黄色く変色し、ボロボロに朽ちかけていた。彼女は一枚ずつ丁寧に布を取り出していき、やがて箱の底に達した。
そこに、一条の銀のブレスレットが横たわっていた。
デザインはシンプルだが、どこか繊細で優美な気品を纏っている。留め金の裏には文字が刻まれており、今のセラフィナにはそれをはっきりと読み取ることができた。
『セラエル』
セラフィナは、ドアの隙間から差し込むかすかな光に埃が舞う中、倉庫の床にへたり込んだ。彼女はそのブレスレットを両手で包み込むように持ち上げた。身につけることも、置くこともせず、ただじっと見つめ続けた。
ヘレンが彼女を探し当て、倉庫の入り口で足を止めた。少女の手にあるブレスレットを目にした瞬間、ヘレンは長い間、言葉を失った。
セラフィナは顔を上げ、尋ねた。
「……お母様の、ものですね?」
ヘレンは彼女の隣の床へと、ゆっくりと腰を下ろした。それは、普段の彼女からは想像もつかない行動だった。
「……はい、左様でございます」
「どうして、まだここにあるのですか? 皇帝陛下は、すべての遺品を処分するよう命じられたはずなのに」
ヘレンは長い沈黙の後、静かに答えた。
「私が……密かにお隠し申し上げておりました」
セラフィナは真剣な眼差しをヘレンに向けた。
「なぜですか?」
「それは……」
ヘレンは一瞬言葉を詰まらせたが、やがて続けた。
「せめて、お妃様が生きておられたという証を、何か一つでも、後の世を生きる方に残しておきたかったのです」
セラフィナは手元のブレスレットに視線を落とした。四歳の頃から知っていたその名前。だが、それが実在する物の上に刻まれているのを見たのは、これが初めてだった。
「他にも、何かあるのですか?」
ヘレンはわずかに躊躇したが、やがて覚悟を決めたように次の木箱を開けた。
そこにあったのは、深い茶色の革表紙で覆われた小さな手帳(日記帳)だった。セラフィナはそれを壊れ物を扱うようにそっと手に取った。最初のページを開くと、少し斜めに傾いた、小さく繊細な筆跡が目に飛び込んできた。インクは歳月を経て色褪せていたが、十分に読むことができた。
最初の一行には、こう記されていた。
『今日、医者から「この子は産まない方がいい」と告げられた。……でも、私はもう決めているのだと、そう医者に伝えた』
セラフィナは、そこで読むのを止めた。
彼女はその言葉の重みに、長い間、ただ呆然と立ち尽くしていた。ヘレンが心配そうに身を固くするほどに。
やがて少女は静かに手帳を閉じ、それを膝の上に置いた。ヘレンに返す気配は微塵もなかった。
「これを、私が持っていてもいいですか?」
「それは元より、貴女様のものでございます」
ヘレンは答えた。
セラフィナは小さく頷いて立ち上がった。片手に手帳を、もう片方の手にブレスレットを固く握りしめ、彼女は涙を流すことなく倉庫を後にした。自分自身、泣くべきなのかどうかも分からなかった。
だがその夜、部屋の机に向かい、二つの品を並べて置いたとき、彼女は胸の奥にずっしりとした重苦しい塊があるのを感じていた。それは悲しみではなく、ましてや憎しみでもない。ただ、七歳の子供が名付けるには、あまりにも重すぎる「何か」だった。
彼女は、そのことをイゼキエルにすぐには話さなかった。
二日後、彼がいつものようにやってきて、庭で二人で過ごしていたときのこと。イゼキエルは彼女のいつもと違う様子を察知し、問いかけた。
「どうした、何かあったのか?」
「いいえ、何も」
彼はそれ以上しつこく聞かなかった。だが、いつものように本を開くこともしなかった。ただ、静かに彼女の隣に座り続けた。
セラフィナは長い間庭を眺めていたが、やがて唐突に言葉を漏らした。
「お母様の遺品を見つけたのです」
イゼキエルは動きを止めた。「……何を見つけた?」
「ブレスレットと、日記帳です。ヘレンが内緒で取っておいてくれました」
彼はしばらく沈黙を保った。「読んだのか?」
「最初の一行だけ、読みました」
「どうして途中で止めたんだ?」
セラフィナは少し考え、答えた。
「まだ……その先を知る心の準備が、できていないのだと思います」
イゼキエルは納得したように深く頷いた。無理に読めとも言わず、どうすべきだという助言もしなかった。
二人は、葉が色づき始めた木々の下で、ただ静かに時間を共有した。やがてヘレンが二人を呼びに中から出てくるまで、その静寂は続いた。
立ち上がり、去ろうとしたその時、イゼキエルは足を止め、振り返ることなく言った。
「お前が準備できたとき、自然と読めるようになるさ。……焦る必要はない」
セラフィナは彼の背中を見つめていたが、やがて、少し大きな声で呼びかけた。
「イゼキエル! ……私、最近剣術に興味があるのです。今度、剣の扱い方を教えてくれませんか?」
その夜、彼女は再び机の上にあの手帳を置いた。そして、蝋燭の淡い光の下で、その深い茶色の表紙を長い間、じっと見つめ続けていた。




