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第62章 : 禁忌の地の守護者

千年以上にわたる濃い霧に閉ざされた神秘の山脈の奥深く。そこには、世界のいかなる地図にも決して載ったことのない場所があった。アパクセス族と称される四人の強大な存在ですら、その中心核へと踏み込み、制覇できた者はいまだかつて一人もいない。


その静寂を切り裂くように、聖教国セレティカの聖職者の一団が音もなく行軍していた。先頭に立つのは、時代の『アルカイオス』として称えられた三人の英雄たちである。彼らは純白の法衣に身を包み、暗闇の中でひときわ眩い光を放つ金の瞳の紋章が刺繍されていた。


「古の記録によれば、この禁忌の地の中心には莫大なエネルギーが蓄積されている。それがあれば、聖教国はこの時代のあらゆる邪悪を完全浄化することができる」団長を務める男が、厳かで神聖な声色で告げた。「そして今度こそ、我々は過去最大の万全な準備を整えてきた」


聖職者の一団は、呪文の刻まれた古の石畳を踏みしめながら奥深くへと進み、ついに巨大な広間に到達した。広間の中央には巨大な魔法結晶がそびえ立ち、青緑色の眩い光を煌々と放っている。


「ついに……たどり着いたぞ」団長は抑えきれない歓喜に震えながら呟いた。


「ひひっ……」


広間の薄暗い隅から、甲高い笑い声が響き渡った。


「あれ……また変な侵入者がブルーベルのおうちに勝手に入ってきたよ? みずきお姉ちゃんから留守番を頼まれていたっていうのに!」


ミントグリーンと青が混ざり合ったゼリー状の少女の身体が、薄闇の中からふわりと浮かび上がり、ほのかな光を放った。くりっとした大きな鮮やかな水色の瞳が、不機嫌そうに聖職者の一団を真っ直ぐに睨みつける。


「ここはブルーベルのおうちなんだからね!」彼女は膨れっ面でぷるぷるの体を持ち上げ、両腕を組むようなポーズをとった。「他人の家に勝手に入り込んで、お宝泥棒しようったって、そうはいかないんだから!」


聖職者の一団の団長は、あまりの予想外の事態にたじろぎ、思わず後じさった。「伝説の霊スライム……!」


「ブルーベルは霊(おばけ)なんかじゃないもん! まあ、あながち間違ってないかもしれないけどさ!」彼女は鋭い声を張り上げた。「ブルーベルは『禁忌の地の守護者』なの! 最強の魔物種族、スライム様なんだから、変な名前で呼ばないでよね!」


圧倒的な強さを誇る三人の英雄たちが、それぞれ一歩前に踏み出した。全員が黄金の輝きを放つ聖なる武器をしっかりと握り締めている。


「聖教国の名において」一人の英雄が厳かに宣言した。「我らはこの聖なるエネルギーを回収し、邪悪を討滅せねばならん。そこを退いてもらおう!」


「邪悪だって?」ブルーベルは冷ややかに笑い飛ばした。「ちゃんちゃらおかしいわね! ブルーベルがこの二千年間ずっと守り抜いてきたエネルギーを、あんたたちが勝手に持っていっていいおもちゃだと思ってわけ!?」


二人目の英雄が聖剣を高く掲げた。「おとなしく退かぬというのなら……力ずくでも排除するまでだ!」


最初の一人が一瞬にして光速の如く疾走し、聖剣を力強く振り下ろした!


シュッ! ブルーベルはゼリー状の肉体をぐにゃりと歪め、その一撃をいとも簡単に紙一重でかわすと、素早く伸びた触手を鞭のようにしならせて鋭く突き出した。


「なんと速い……!」一人の英雄が驚愕の声を上げ、辛うじて体を逸らして回避する。


その背後では、数十人の高位聖職者たちが同時に呪文の詠唱を始めていた。何百もの聖なる光の矢が、あらゆる方向から一斉にブルーベルへと襲いかかる!


ブルーベルは一瞬でその身体を大きく膨らませ、聖なる光のエネルギーの一部を体内に吸収しつつ、残りの呪文を透明な肉体をそのまま通り抜けさせて無効化した。


「そんなショボい魔法なんて、ブルーベルには全然効かないもん!」彼女はそう叫ぶと、強力な猛毒のゼリー弾をばら撒き、聖職者たちへと激しく撃ち返した。


聖杖を手にした三人目の英雄が、長く複雑な呪文の詠唱を口ずさむ。その周囲には、恐ろしいほどの高密度な黄金の光が渦巻いていた。


「気をつけてくれ!」彼は警告の声を上げ、次の瞬間、破壊の極みとも言える巨大な光の奔流をブルーベルめがけて放った!


ブルーベルは分厚いゼリーの防御壁を展開してその直撃を受け止めた。しかし、聖なる光の奔流は圧倒的な威力で壁を一部ブチ抜き、彼女の小さな身体を大きく後方へと吹き飛ばした。


「ぐっ……」彼女はピリピリとした痛みに顔をしかめつつも、決して闘志を折らない。「なかなかの連発力じゃない……」


彼女は残されたすべての魔力を絞り出し、ゼリーの肉体を広間の隅々にまで一気に拡張させた。そして、無数の触手を狂ったように四方八方から聖職者たちへ叩き込む!


戦いは激化し、あたりは凄まじい破壊の渦に包まれた。双方が持てる最高の出力をぶつけ合い、一歩も引かない死闘が繰り広げられる。三人の英雄たちは巧みな連携で攻防を切り替え、聖職者たちは次々とバリアを展開して支援魔法を浴びせ続けた。


ブルーベルは不定形の利点を活かして躱し、圧倒的な手数を叩き出していたものの、これだけの数の強敵をたった一人で相手取るのは、さすがに彼女の小さな体に重く疲労としてのしかかり始めていた。


(今回はまるで、しつこいシロアリの群れみたいにしぶといわね……)心のなかで舌打ちしながら、彼女は飛んできた魔法の弾幕をギリギリのところで身をかわした。


数時間が経過し、双方ともに疲労の色が濃くなってきた。英雄の一人がついに片膝をついて荒い息を吐き、聖職者たちのほとんどは魔力を使い果たして戦闘継続が困難な距離まで後退せざるを得なくなっていた。


ブルーベル自身も激しい息を漏らし、聖なる力による侵食で、透明なゼリーの体にあちこち細かい亀裂やひびが入っている。


「……ブルーベルの負けってことにしてあげてもいいよ。あんたたち、思ったよりやるじゃない」彼女は肩で息をしながら言った。


団長は、満身創痍となった部下たちを見渡し、苦々しい顔で歯噛みした。


「これ以上戦闘を続行すれば……得られる成果よりも、失うもののほうが大きすぎる……!」二人の英雄も消耗しきった声で撤退を進言する。


団長は悔しそうにため息をつき、しぶしぶと頷いた。「今回は……戦略的撤退とする。だが、これで終わりと思うなよ!」


「よく覚えておきなさい! 次に来るときは、もっと大勢の仲間を連れてきてギャフンと言わせてやるんだから!」


そのセリフを聞いたブルーベルは、もう立っているのもやっとという状態でありながら、ふんっと鼻を鳴らして笑った。「次なんて何度来ても一緒よ! ブルーベルがもっと痛い目にあわせて返り討ちにしてあげるんだから!」


聖職者の一団は、三人の英雄に支えられながら警戒を怠らずに広間から静かに撤退していった。その去り際、英雄たちの視線には、畏怖と拭いきれない屈辱の色が混じり合っていた。


静けさが再び広間に戻ると、ブルーベルは力の糸が切れたようにその場に崩れ落ち、ゼリーの身体は本来の小さなサイズへと戻っていった。


「はあ……疲れたぁ……」彼女は体に走るひび割れを見つめながら小さく呟いた。「これはすぐにお姉さまたちに言いつけに行かなくちゃ!」


古の広間は再び静寂に包まれ、巨大な青緑色の魔法結晶だけが、かつての激戦などなかったかのように、ただ静かに眩い光を放ち続けていた。


ブルーベルは冷たい石畳に寝そべったまま、天井に刻まれた古の文字をぼんやりと眺めながら息を整えた。


「この二千年間で……今回は一番キツい戦いだったかもなあ。やっぱり日頃からサボって鍛えなかったからいけないのかなぁ」


心の中でそう反省しながら、彼女はゆっくりとまぶたを閉じ、失った魔力を時間をかけて自然回復させるために深い眠りへと身を委ねた。


「まあいっか……。ブルーベル、今回もちゃんとおうちを守り抜いたんだからね!」

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