第61章 : (ほぼ)全勢力からのこだま
アイリンは魔法の映像スクリーンに向かって座り、その視線は『エラニス・ジェネレーション・ガンマ』の最終フレームでぴたりと止まったまま動かなかった。すらりとした指先が、すっかり冷めてしまったお茶のカップをそっと包み込み、画面に映し出されたレナの横顔をじっと見つめている。
「まさかここまで時代の主役として大々的に称えあげるなんて、思いもしなかったわね」彼女は小さく呟き、ふわりと薄い笑みを浮かべた。
傍らで静かに控えていたミライは、それに同調するように深く頷いた。「当然の結果と言えるでしょう。レナの戦闘力と潜在能力は、我々の予測を遥かに超えた領域へと到達していますからね」
「ですが、それに伴う懸念材料も少なくありません……」アイリンの表情が引き締まり、先ほどまでの穏やかな雰囲気が一瞬にしてかき消された。「名声が世界中に轟けば轟くほど、好奇の目を向けられるだけでなく、厄介な敵の悪意や脅威を引き寄せることになります」
ミライは小さく息をついた。「それこそ、これからの私たちが最も警戒し、備えなければならない部分です……特に、聖教国セレティカ側の不穏な動きには十分注意を払うべきでしょう」
一方、放送が無事に終わった豪華な専用私室では、アーセシアがソファに腰掛け、頭の飾りを一つひとつ丁寧に外し始めていた。一日中、カメラの前で完璧な笑顔と立ち振る舞いを維持し続けた疲労が、その瞳の奥にうっすらと滲んでいる。
「今年はエンデリアにすべての話題と注目を根こそぎ持っていかれちゃいましたねぇ」
側近の補佐官が、テーブルの上に散らばった書類を片付けながら苦笑交じりに漏らした。
「ふふ、それの何が悪いのよ」アーセシアは柔らかな微笑みを浮かべて言い返す。「強力で手強いライバルがいるからこそ、この世界は退屈せずに済むのよ。もし私たちだけの独壇場が永遠に続いたら……そんなの世界一退屈じゃない」
「ですが、エンデリアの急速な影響力拡大について、陛下はご不安ではないのですか?」
アーセシアは少しの間、思考を巡らせるように目を伏せた。「不安がゼロと言えば嘘になるけれど……今のところは、文化的な基盤や経済的基盤の面で私たちがしっかりと主導権を握っているわ。今後の動きと情勢を注意深く見極めていけば問題ないわよ」
四大大国のひとつ、アマラトスの宮殿では、皇帝が側近の長から番組の要約報告を淡々とした表情で聞いていた。その顔には感情の揺らぎが一切ない。
「我が子たちが、こうして世界規模で認められたというわけか……」彼はぽつりと呟き、広大な窓の外へと物憂げな視線を投げかけた。
「はっ。皇太子殿下、そして——」側近の長官は言葉を途中で詰まらせた。番組内で言及された「皇女」が、昨年に消息を絶った本来の皇女ではないという事実を、ふと思い出してしまったからだ。
皇帝はその小さな動揺を見逃さなかった。彼の表情がみるみるうちに暗く翳り、苦渋の色が濃くなる。「……下がってよい」
たった一人きりになった執務室で、皇帝はゆっくりと手を伸ばし、引き出しの奥深くに隠すようにしまわれていた古い絵画を取り出した。それは、かつてセラエルが慈しみを込めて描き上げた庭園の風景画だった。
「もし、セラフィナが今も傍らにいてくれたなら……このニュースを聞いて、彼女はいったいどんな顔をしただろうか」
一方、静まり返った私邸の自室にて、リセルロットは放送のアーカイブ映像を満足げな笑みを浮かべながら見入っていた。
「ここまでの賞賛と評価をいただくとはねえ」
そばに仕えるエリスが、誇らしげな声を弾ませた。
「これまでの地道な努力が、すべて形になって返ってきただけのことよ」リセルロットはいつもの優雅で穏やかなトーンで答える。
だが、その胸の奥底に隠された彼女の本心は、外側の穏やかさとは裏腹に、狡猾で計算高い笑みを浮かべていた。
——これほどの世界的な名声を手に入れれば、私の築き上げた基盤とこれからの計画はより一層揺るぎないものになる……。ここまでの地位に祭り上げられた女に、今後表立って異議を唱える者など誰も現れまいよ。
彼女は自身の思惑通りに進む現実を前に薄気味悪い笑みを漏らすと、何食わぬ顔でエリスに別の世間話を切り出した。
セネステリアもまた、自室で一人、自分自身が『千年に一人の天才』と大々的に持て囃され、祭り上げられているアーカイブ映像を見つめていた。
「面白いものだね……適当に暇つぶしとして書き殴った理論が、まさかここまでありがたがられるなんて」
彼女は冷めた笑みを唇の端に浮かべる。「私の本質を隠すためのカモフラージュとして生み出した代物が、まさか世界的な名声に化けるとはね。……まあいいさ。名声が高ければ高いほど、私の『本当の正体』を疑う者なんていなくなるんだからね」
その頃、ヴェレンコート伯爵邸では、エヴィリンとオドリアーナが同じく番組の録画映像を繰り返し観賞していた。彼らの表情には、誇らしさと、言葉にできない複雑な感情が入り交じっている。
「僕たちの可愛い妹が、すっかり世界中の有名人になっちゃったね」エヴィリンは画面に映るリセルロットから目を離さずに言った。
「そうですね……」オドリアーナは小さく呟いた。その声には、言いようのない切なさと距離感が滲んでいる。「ただ……なんだか今の彼女は、私たちの手の届かない遠くへ行ってしまったような気がして、少し寂しいんです」
彼らは知る由もなかった。自分たちが心から誇りに思っているその「妹」が、もはやかつての彼女とは似て非なる「別物」にすり替わっていることなど——。
そして、遥か彼方の西方の地。
四大大国のひとつに数えられる『エラーセル』の古びた神殿で、一人の老人が古めかしい魔法の石板に向かい合っていた。
「これほどまでに凄まじいエネルギーを秘めた新たな時代のうねりが、一斉に押し寄せるとはな……」
彼は独りごちるように呟くと、その老いた瞳に鋭く強烈な光が宿った。
老人はゆっくりと立ち上がり、闇に包まれた神殿の奥深くへと歩を進める。辿り着いた最奥の部屋では、数本の聖なるロウソクの灯りに囲まれた小さな揺りかごがぽつんと置かれていた。
その中で、一人の赤ん坊がスヤスヤと穏やかな寝息を立てている。ただ、奇妙なことに、赤ん坊の額にはかすかに銀色に発光する不思議な紋様が浮かび上がっていた。
「いよいよ、新しい時代の幕が上がるというわけか……」
老人は揺りかごの眠る幼子を見つめながら、低い声で呟いた。「古の預言が告げた通りだ……『五つの新たな波が同じ時代に同時期に現れし時、銀の光の壁の下に生まれ落ちし者が目覚め、世界の均衡を激しく揺るがし、すべてを塗り替えるだろう』と」
彼は皺枯れた老いた手を伸ばし、赤ん坊の額に浮かぶ紋様を優しく撫でた。その瞬間、銀の紋様が微かに明滅して彼の指先に反応する。
「だが、まだお前の出番ではない……」
眠り続ける我が子に語りかけるように、老人は静かに言った。「だが、そう遠くない未来に……この世界は、お前の名前を嫌でも刻み込むことになるだろうよ」




